子供だからと侮ってはいけないが、かといって子供は子供である
「はい! ということで、今日から皆さんに授業をしてくれる、エイドス先生とティア先生です。では先生方、挨拶をお願いします」
「ティアよ。みんなに本格的な精霊魔法の使い方を教えるから、ちゃんと覚えていってね」
「エイドスだ。私は皆に人の可能性を教えよう」
学園の教室内。居並ぶ数十人の生徒を前に、俺とティアはそう挨拶をする。こうなった理由は勿論、先日持ちかけられた「授業をやってみないか」という提案を俺達が受け入れたからだ。その理由は、大きく二つ。
「はーい! アマル先生、いいですか?」
「はい、なんですか?」
精霊が教師をやるという前代未聞の事態に教室内がざわつくなか、先陣を切って手を上げた女生徒にアマルが答える。
「ティア先生の言うことはわかるんですけど、エイドス先生の人の可能性? っていうのは、具体的には何を教えてくれるんでしょうか?」
「ふむ、その質問には私が答えよう」
純粋に意味がわからないといった感じで首を傾げている少女に、俺はアマルから教壇の中央を変わってもらって話を始める。
「そもそも、人というのは様々な可能性を持っている。そんななかでここにいる皆は『精霊魔法が使える』という可能性を全員が秘めているわけだが……だがその才能が果たしてその人物にとって一番の才能であるかというと、必ずしもそうではない」
「…………?」
「はは、少し難しいか? ならば例を出そう。我が契約者であるミゲルだが、彼の精霊魔法の才能は正直なところ大したことはない。無論ここに招かれた者として適切な努力を重ねれば使えるようになるだろうが……おそらく一〇年修行を積んだとしても、来年の君たちにすら勝てないだろう」
「うわ、だっせー」
「昔は天才だって言われてたのにね」
俺の言葉に、教室の至る所からミゲルを馬鹿にするような言葉が聞こえてくる。だがそんな罵声を向けられても、ミゲルは卑屈になることなく堂々と俺を見ている。そうできるだけの自信をミゲルが持てていることに、俺は何とも誇らしい気持ちになりつつ更に話を続けていく。
「静かに。確かにミゲルには精霊魔法の才能はなかった。だがその代わりに有り余る程の剣の才能に恵まれている。皆のなかにはミゲルが毎日特訓をしていることを知っている者もいるだろうが……断言しよう。君たちが真剣に精霊魔法を学んだとして、一年後。一対一でミゲルに勝てる者は一人もいない。
五年、一〇年。時が経つほどにその差は隔絶し、二〇年後にはこの世界にミゲルの名を知らない者はいなくなる……そのくらいの才能だ。ああ、勿論ミゲルがしっかりと訓練を続ければ、の話だがな」
「ええ、うっそだー!」
「剣で精霊魔法に勝てるわけないじゃん!」
「ふふふ、それはいずれ実習にて見てもらうことにしよう。ここで重要なのは、精霊魔法を使う才能があるからといって、それだけに捕らわれる、あるいは拘るのは勿体ないということだ。
たとえば少女よ、君はそこそこの精霊魔法の才能があるが、君に眠る最も優れた才能は裁縫だ」
「へ? お裁縫!?」
こっそりと追放スキル「七光りの眼鏡」を発動して才能を見た俺の指摘に、質問者の少女が驚いた顔をする。
「そうだ。きちんと訓練をすれば、いずれ君はお姫様のドレスを縫うことすらできるようになるだろう……さて、それを聞いてどう思う?」
「え? えぇぇ!? えーっと……嬉しい、のかな? でも私、別にお裁縫が好きってわけじゃないし……」
「そうか。いや、別にそれでいいのだ。人には様々な才能があり、自分に眠る才能が自分の望んだ才能であるとは限らない。ただ私は人の精霊として、人の可能性……君たちに眠る才能が如何なるものであるかを教えるためにここにいる。
この場にいる君たちは、全員精霊使いの才能がある。だがそれに振り回され、それ以外の才能に目を瞑ってしまうのはあまりに惜しい。
人は可能性の塊だ。何でもできるし、何にでもなれる。目的地に辿り着く方法は一つではなく、精霊使いになることだけが全てではないのだ」
「…………???」
「ちょっとエ……イドス! 相手は子供なんだから、もっと短くわかりやすい感じで言わなきゃ駄目よ」
「お、おぅ、そうか? えーっと、じゃあ……あれだ。『今より強くなるにはどんなことをすればいいですか?』とか、『こんなことをやりたいけどどうしたらいいですか?』という感じの質問に、こんな方法があるよと教える……でどうだ?」
「おお、何だよそれスゲーじゃん!」
「ふーん、何か便利そう」
ティアに怒られて言い直した結果、やっと子供達がいい反応を返してくれた。ぐぅ、威厳を保ちつつわかりやすく伝えるのは難しいな……いっそ俺も普通に喋っちゃうか? でもティアの「美の精霊」と同じで、今更引けないっていうのもあるしなぁ。
とはいえ、これが一つ目の理由。要はギリギリの才能でこの学園に来てしまったミゲルのような子供に、明るい未来を提示してやりたかったからだ。
精霊使いの存在が国防の要となっている以上大幅な方針転換は難しいだろうが、それでもここで実績を出せれば「才能に未来を潰される」という何とも皮肉な運命を少しでも改善できるかも知れない。
そしてそれは、もしミゲルが勇者として立つ日が来るならば、きっと力になるはずだ。仲間が全員精霊使いとかバランス悪いなんてレベルじゃねーし。
「では、少女の問いに関する私の答えは以上だ。他に何かあるかね?」
俺の言葉に、今度は誰も何も言わない。ということはひとまず俺の出番はここまでということだ。
「ならば、まずはティアから授業をしてもらうことにしよう。私の方は一人一人と話をしなければならないから、その後だな。ではティア、宜しく頼む」
「わかったわ! じゃ、早速授業を始めるわね」
俺が教壇の中央を譲ると、ティアが生き生きとした表情で話し始める。その様子に一部の生徒が驚いているのは、やはり初期の無口キャラのイメージがあったからだろう。
「まず最初に、精霊魔法は精霊の力を借りて発動する魔法だっていうのは、みんなわかってるわよね? だからみんな最初に精霊と契約して、その力を借りて魔法を発動させてる……ここまではいい?」
「「「はーい」」」
ティアの問い掛けに、生徒達が声を合わせて返事をする。それを聞いたティアはウンウンと頷き……そしてパンッと自分の胸の前で手を打ち合わせる。
「はい、そこから間違いです! 精霊魔法を使うのに精霊との契約は必要ありません! むしろ最初から精霊と契約するのは、精霊魔法を上達させるうえであんまりいい方法とは言えないわね」
「「「えぇぇぇぇー!?」」」
「ちょ、ちょっとティア先生!? それは一体……!?」
ティアの言葉に生徒達から声があがるが、何より戸惑っているのがアマルだ。だがそんなアマル先生にティアはニッコリと笑顔で話しかける。
「ふふ、こういうのは実際にやってみせるのが一番よね。ねえアマル先生。貴方はどんな精霊と契約してるの? それを見せてもらっていいかしら?」
「え? ええ、構いませんよ。いらっしゃいフロウティア」
アマルがそう呼びかけると、彼女の肩の上に水が集まっていき、やがて人の頭ほどの大きさの水球となる。俺には完全にただの水が浮いてるだけにしか見えないんだが……この流れだと、あれも精霊なんだろうな。
「あー、純属性の子なのね。これは少し大変かも知れないけど、でも先生なら大丈夫かしら? ねえアマル先生、試しに……そうね、風系の精霊魔法を使ってみてくれない?」
「風ですか? フロウティアは水属性ですから、それ以外の属性の魔法は使えませんけど?」
「いいからいいから! その子じゃなくて自分の中に魔力を集めて、それから私に続いて詠唱してね。『風を集めて打ち出すは――」
「えぇ? か、風を集めて――」
ティアの詠唱に続いて、アマルもまた詠唱を続ける。だが最後まで詠唱を終えたティアの手の上に小さなつむじ風が発生しているのに対し、アマルの手の上には何も現れてはいない。
「ほらほら、もっと魔力を送って!」
「で、ですがもう中級魔法くらいの魔力を消費してますよ? 初級どころか初歩の魔法でこれだけ魔力を注いでも発動しないなら、やはり……」
「いいから! とにかく集中を切らさずに、ガンガン魔力を送るの! 別にこの後何かと戦ったりするわけじゃないんだから、魔力を使い切っちゃっても平気でしょ?」
「それはまあ……」
「なら私を信じて!」
「……わかりました」
真剣な目をするティアに見つめられ、半信半疑ながらもアマルが更に手の上に魔力を注いでいる……らしい。正直俺には何もわからないわけだが、そうしてしばし時間が経つと、遂にアマルの手の上にほんの小さな風の渦が出現し始めた。
「えぇぇぇぇ!? そ、そんな!?」
「ほら、できたでしょ?」
驚愕するアマルを前に、ティアがしてやったりと微笑む。それはこの世界の根幹を支える常識がひっくり返った瞬間であった。




