「念のため」を出し惜しむ奴は、大抵くだらない事で失敗する
「フフフ、我が主がやる気を出してくれて良かった。ではそろそろ私から質問をしてもいいだろうか?」
何故だか手を握ったり開いたりしてニマニマ笑っているミゲルに対し、俺は徐にそう問い掛ける。これまではこの世界をハッピーエンドに導くための行動だったが、ここからは違う。
「ん? 何?」
「この学園に、私のような不思議な精霊が他に召喚されていないだろうか?」
そう、これが俺の本命。一周目に見た限りでは、この世界に俺みたいな精霊は存在しない……というか、俺は人間なので当たり前だ。だがそれはティアにも言えることで、もし変わった精霊がもう一人いるのなら、それはかなり高い確率でティアということになる。
「ああ、いるよ。三日前にナッシュが召喚したんだ。その時は凄く珍しいって大騒ぎになったんだけど……今回僕が騒がれなかったのは、それがあったからだね」
「三日前……っ!?」
三日前と聞いて、俺は気づかれないように全身を脱力させる。ああ、本当に……本当に良かった。
一緒の場所に出なかった時点で、場所だけではなく時間もずれている可能性は考慮していた。これが激しくずれていた場合帰りはどうなるのかとか、そもそも出会うことができるかという問題に発展してくるわけで、それが三日程度で済んだというのはこれ以上無い程の朗報ではあるが……ならばこそ追加で確認すべきことがある。
「それでその……ナッシュというのは?」
「ナッシュは……何て言うか、やな奴さ。アイツが契約した精霊……ティアって言うんだけどね。普通の精霊は自分の属性の魔法しか使えないのに、ティアは何と六属性全部の魔法を使えたんだ! だからアイツ、最近はすっごく調子に乗ってるんだよ!」
「あー、そう、なのか……ちなみに、その精霊を手荒に扱ったりは……?」
「してないと思うよ? 大人になってからの本契約ならともかく、今の僕達の契約じゃあんまりにも嫌がることはさせられないと思うし……エイドスだってそうでしょ?」
「……そうだな」
実際の所、俺は一周目も今もその契約とやらの具体的な拘束力はわからない。何せ人間なので魔法がかからないのだから当然だ。
だがティアの場合はどうだろうか? 半精霊とも言われるエルフであることや熟練の精霊使いであることも考えると、ひょっとしたらあの契約魔法が有効かも知れない。ましてや突然見知らぬ世界に跳ばされ、俺がいないと混乱した状況であれば? 心配は尽きないが……とにかく本人に会って話を聞いてみるのが一番だろう。
「ねえねえ、それじゃ次は僕の質問に答えてよ! 精霊の世界ってどんな風なの? 僕、それを直接聞いてみたかったんだ!」
「うぐっ!? それは……何と言うか……」
今度は自分の番とばかりに目をキラキラさせて問うてくるミゲルに、俺は思わず眉根を寄せて言葉に詰まる。こんな短時間でいい具合のいいわけなど思いつかなかったわけだが、かといって子供だからと適当な嘘を言うのも……ならこれはどうだ?
「人の精霊である私の住んでいた場所は、他の精霊とは違うと思うぞ? それでもいいか?」
「勿論だよ! っていうか、むしろそっちの方が聞きたい! エイドスはどんな場所に住んでたの? 僕が喚び出す前は何をして過ごしてたの?」
「そうか。ならば……私が暮らしていた場所は、一面真っ白な世界の狭間だな。そこは数え切れない程の他の世界と繋がる扉があり、私はその扉を通って他の世界に行くと、そこで出会った人達を助けては元の世界に帰るという生活を繰り返していた」
まさか雑傭兵時代の話をするわけにもいかず、俺は今自分が置かれた状況の話をしてみる。するとミゲルは気に入ったのか、身を乗り出して続きをせがんでくる。
「へー! じゃあ僕の所に来てくれたのも!?」
「ああ、そうだ。我が主が喚ぶ声が聞こえたので、そこからこの世界にやってきたのだ」
軽く嘘だが、まあこのくらいはいいだろう。ミゲルの発動した召喚魔法陣が世界転送の出口になっていたのだから、まるっきり嘘というわけではないのかも知れねーしな。
「そうだったんだ! うわー……あ、待って。今の話が本当なら、エイドスはここ以外にも色んな世界に行ったことがあるの?」
「ああ、あるぞ。聞きたいのか?」
「うん! 教えて教えて!」
「ははは、いいだろう。なら――」
ミゲルにせがまれるままに、俺は異世界での活躍を盛り盛りにして話していく。それは夕食をとってからも続き、ようやくミゲルが眠気に負けてベッドに倒れ込んだのを確認すると、俺は部屋の窓を開けて寮の外へと出た。
「うーん、もう少し待つかな?」
空に浮かぶ二つの月を眺めながら、俺は手入れされた芝生の上に寝転がる。世界によって月の数や並び方は違うんだが、ここのは双子のように寄り添っているのがいい。今の俺には何とも感傷的だ。
「……さて、そろそろか」
そうして深夜まで時を待つと、俺は改めて手の中に「失せ物狂いの羅針盤」を出現させる。
「捜し物は、ティアだ」
俺が小さく呟けば、羅針の檻には即座に床に寝ているティアの姿が浮かび上がった。周囲に映り込む景色からこの学園の寮内にいるのはほぼ確定。ならば後は遅れて現れた羅針の差す方向に進むのみ。
「『不可知の鏡面』」
夜警がいることを警戒し、俺は追放スキルで己の姿を消す。そのままミゲルの部屋にとって返すと、扉をすり抜け廊下を進み……
(いや、近ぇなオイ!?)
声を出しても聞こえないのをいいことに、俺は思わず突っ込んでしまう。羅針の指し示した部屋は、何とミゲルの部屋から左に一〇移動しただけだったのだ。こんな距離で見回りに合うも何も無いので、スキルを無駄遣いしてしまった感が否めない。
別に一日経てばまた使えるようになるわけだが……うぎぎ、この敗北感をどうしてくれようか。
(ま、まあいい。念のためってこともあるしな。それにこれなら扉を開けなくても部屋に入れるし、うん)
軽く自分に言い聞かせながら、俺は扉をすり抜けて室内に入る。そこはミゲルの部屋よりも五割増しほどの広さがあったが、それでも流石にベッドが二つおけるほどではない。
そして、だからこそ床の上では外套にくるまったティアが眠っている。柔らかい絨毯も敷かれている室内なのだから冒険中の野営に比べれば天国のような環境ではあるんだろうが……何と言うか、ちょっとだけ腹が立つ。
いや、まあ? 俺だって外でいいって自分で言ったし、ティアも子供を床に寝かせるような奴じゃないから、自分で言い出したのかも知れねーけど……でも、な?
(ナッシュの股間に花瓶の水でもこぼしておいてやろうか……いや、それは後だな)
大人げない復讐心を棚に上げて、俺はそっとティアの側に近寄る。ティアの視点でも三日、俺に至っては別れてから一日すら経っていないわけだが、最初の不安が強かっただけに俺の胸をキュッと何かが締め付ける。
(ティア、ティア)
俺は発動したばかりの「不可知の鏡面」を早速解除し、ほんの僅かにティアの体を揺する。その程度でも勇者パーティの一員として活動していたティアはすぐに意識を覚醒させ……そして間近にあった俺の顔をみてその目をまん丸に見開く。
「エっ……ふがふが」
(ばっ!? おま、声がでけーよ!)
叫びそうになったティアの口を、俺は慌てて手で塞ぐ。するとすぐにティアも状況を思い出し、その口を動かすこと無く俺の頭にその声を届けてきた。ティアの追放スキル「二人だけの秘密」だ。
『エド! 無事だったの!?』
『それはこっちの台詞だ。ティアこそ大丈夫だったのか?』
『それに関しては色々と話をしたいところだけど……まずはこれを言わせて』
『ん? 何だ?』
口を塞いでいた俺の手を外すと、そのままティアが俺に抱きついてくる。引き倒された俺の頭がティアの胸に埋まった瞬間、何処か懐かしく安心するような香りが俺の鼻をくすぐった。
『おかえりエド。ただいまエド』
『ああ、おかえりティア。ただいまティア』
予期せぬ離別を乗り越えた俺達は、互いの温もりが移るまで、ただ静かに抱きしめ合っていた。




