偽物だからといって価値がないとは限らない
他作品とはなりますが、本日は拙作「「威圧感◎ 戦闘系チート持ちの成り上がらない村人スローライフ」の四巻の発売日となっております! 電子書籍オンリーとはなりますが、全編書き下ろしならぬ書き直しで新規エピソードも追加されておりますので、続刊のためにも是非ともご購入いただけると嬉しいです。
「うおっ!?」
世界移動の完了直後、俺は思わず声をあげてしまう。今回も微妙な空白を挟んでからの移動だったので特殊な場所だとは思っていたが、これは流石に予想外だ。
「……………………」
俺の目の前には、揃いの服を着た一二歳くらいの子供達が大量に整列している。そしてそのなかでも俺の正面にいる少年は、これ以上無い程の驚きの表情を浮かべて俺の事を見つめている。ってか、これは……っ!?
「ぐっ……」
「あっ!?」
俺が思わず頭を押さえたことで、目の前の少年が小さく声をあげてこちらに手を伸ばしてくる。
が、俺はそれを気にする余裕がない。この光景、この少年、確かに見覚えがある……というか、思い出した。思い出したが……
(どういうことだ? 何でここに出た!?)
ここは第〇二八世界。俺の記憶が訴える事実にひたすら戸惑う俺だったが、すぐにそんなことなどどうでもいいほどの事実に気づいてしまう。
(ティアがいない!?)
繋いでいたはずの手の先には、何の温もりも存在しない。自分だけがここに飛ばされたという事実に目の前が真っ暗になりそうになるが、焦る気持ちを鋼の意思で己の内に押しとどめる。
(落ち着け。確かに俺の身に降りかかってることは理不尽の塊だが、それを考えても意味がない。まずはとにかく落ち着いて、状況を把握するんだ。そのためには……)
俺の前には、どうしていいかわからないといった顔でこちらを見ている少年がいる。既に一周目のことを思い出している今、俺が取るべき態度は一つだ。
「我が名は人の精霊、エイドス。この私に何用だ?」
「ひ、人の精霊!?」
名乗りを上げた俺に、目の前の少年が改めて驚きの声をあげる。加えて周囲も「人の精霊?」「そんなのいるのか?」などとざわめいているが、それを聞き流して俺は重ねて少年に呼びかける。
「どうした? 私に何か用があったのではないのか?」
「あっ!? え、えっと……我が名はミゲル! 汝を喚び出した召喚者にして、汝との契約を求めるものなり! 我が力と名の下に、我に従い跪け。人の精霊、エイドスよ!」
促すような俺の言葉に従って、柔らかそうな茶髪をパッツリと切りそろえた気弱そうな少年が俺の顔に杖を突きつける。するとその先から淡い光が俺の体に降り注ぎ……そして何も起こらない。
まあ、俺は精霊じゃねーんだから、効果が無くて当然だ。が、それを知らないミゲルや周囲の生徒達からすれば、この光景は本来ならばあり得ない、大失敗の光景となってしまう。
「あ、あれ? 失敗? こ、この場合はどうすれば……」
「契約は結ばれた。我が主よ、私に何を求めるのか?」
故に俺は、焦るミゲルの前にあたかも魔法が成功したかのように跪いてみせた。一周目の時、この作法を知らずにただ呆けるだけだった俺のせいで、ミゲルは学園内でかなり酷い扱いを受けることになったのだが、今後の俺の自由を確保するためにもそんなことはさせない。
そんな俺の思いを余所に、契約が成立したと思い込んだミゲルは無邪気に喜び……そして首を傾げる。
「や、やった! それじゃ……人の精霊って、何ができるの?」
火や水などの普通の精霊であればともかく、俺が知る限り実在しない「人の精霊」に何ができるかなどミゲルにわかるはずもない。ならばこそ問うてくるミゲルに、俺はできるだけ精霊っぽく事務的な口調で答える。
「私は人の精霊なれば、人にできることしかできない」
「人にできることって……じゃああの木を燃やすとか、土を盛り上げて壁を作るとかは……?」
「木を燃やせというのであれば、火打ち石などで火を熾して燃やそう。壁を作れというのであれば、地面を掘ってその土を重ねよう。それでいいのか?」
「えぇ……?」
俺の答えに、ミゲルがあからさまに落胆した。人にはできない超常の力を振るうからこその精霊であり、ただの下男と同じ事しかできないと言われればその気持ちはわからなくもない。
が、ここで俺が変に力を見せるのは駄目だ。ティアの安否が確認できるまでは下手に目立つと身動きが取りづらくなるからな。
「はいはーい! みんな注目!」
と、そこでその場にいた唯一の大人の女性がパンパンと手を打ち合わせて子供達の注目を集める。それを確認した女性教員は、改めて自分の受け持つ生徒達の顔を見回してから言葉を続けた。
「先日に続いてちょっと変わった精霊と契約した子も現れたようですが、とにかくこれで全員の『精霊契約』が完了しました! 今日の授業はここまでとなりますので、後は寮に帰って自分の契約した精霊とじっくり対話してみてください。
その際もし何かわからないことがあったり、危険を感じるようなことがあったらすぐに先生を呼んで下さい。いいですね?」
「「「はーい!」」」
「はい、いいお返事です。では、解散!」
女性教員の言葉と共に、子供達が小さなグループに分かれて一斉に散っていく。が、唯一ミゲルだけは誰とも並ぶことなくたった一人で寮へと帰っていく。まあ正確には俺もついていってるので二人だが、ここでの俺は精霊だしな。
「ハァ。なんで僕の精霊はこんなのなんだろう……」
「それはちょっと失礼ではないか?」
歩きながら愚痴をこぼすミゲルに、俺は軽く顔をしかめながら言う。だがそんな俺を見返すミゲルの顔は何とも恨めしげだ。
「だって、エイドスは人と同じ事しかできないんでしょ?」
「うむ。私は人にできることしかできない」
「なら、空を飛んでみて?」
ミゲルの言葉に、俺はその場で軽くジャンプする。
「……水を出す……いや、やっぱりいいや」
俺が徐に股間に手を伸ばすのを見て、ミゲルがすぐにそう言ってくる。勿論本気でやるつもりはなかったわけだが……そんな俺を見るミゲルの目つきがより一層冷たくなった感じは否めない。
「ハァ、やっぱり駄目駄目じゃん」
「何が駄目だというのだ? 私は我が主にできること全てができるのだぞ? そして私にできることは我が主にもできるのだ。それがどれほど凄いことか、我が主には理解できないと?」
「できないよ! 僕と同じ事しかできない精霊なんて、それこそ役立たずじゃないか!」
「……つまり、我が主は自分を役立たずだと思っていると?」
「……………………そうだよ」
「何とも自虐的な主だな。そういうときはとりあえず腹いっぱい飯を食っておくのがいいと思うぞ?」
「それで解決するなら、人生楽なんだけどね」
「それで解決しないと思っているから、我が主の人生は辛いのだ」
「……………………」
「……………………」
互いに無言のまま並んで歩く。周囲では友達同士で自分の契約した精霊を見せ合い、楽しげに語らう者達が溢れているだけに、その孤独がよりくっきりと浮かび上がってしまう。
「…………ハァ、わかったよ。僕の負け。もう言わないよ」
「うむうむ、いい心がけだ。流石我が主だな」
沈黙に耐えきれず音を上げたミゲルに、俺は満足げに頷いて答える。最初の掴みとしては悪くない感じだろう。
「それじゃ、僕の部屋に行こうか。そこでお互いの話をしよう」
「うむ、いいぞ。私も我が主に聞きたいことがあるからな」
「僕だってあるよ! ねえ、精霊の世界ってどんななの?」
「あー、それは……まあ、部屋に行ってからだな」
「うん! ふふふ、楽しみだなぁ」
期待に目を輝かせるミゲルだったが、当然俺は精霊の世界のことなど知らない。どうせバレないと高をくくって適当な事を言ってもいいんだが……うむむ。
(こういう時にティアがいればな……)
勇者ミゲルから離れては、後の帰還がおぼつかなくなる。ならばこそここは冷静に、慎重に。焦燥を胸の内に押し込めながら、俺はミゲルの後について綺麗に整備された学園のなかを歩いて行った。




