夢にも欲にも果ては無く、世界は今日も続いていく
『世界転送、完了』
「はぁ、今回も何とか無事に終わったな」
無機質な声と共に俺の視界には見慣れた白い世界が広がり、やり遂げた充実感と開放感に大きく背伸びをする。横を向けばそれはティアも同じようで、初めてだった前回に比べれば幾分スッキリした表情を浮かべている。
「うぅ、私も冒険行きたかったなぁ」
「まだ言ってるのかよ」
「だって霧に閉ざされた誰も見たことの無い世界を、自分達の手で切り開いていけるのよ!? そんなの想像するだけで胸がドキドキしちゃうわ。ああ、何であの世界に行くタイミングが今じゃなかったのかしら?」
「あー、言われてみると、確かに」
おそらく俺達が帰った後こそが、勇者レベッカが本格的に活動する始まりになるだろう。普通に考えればそこに俺達が出て行って、冒険に同行を申し出るってのが一番わかりやすい感じではあるが……
「つっても、俺達が干渉した結果ああなったわけだからなぁ。一周目の話、ティアにもしただろ?」
「そっか。確か何も起きなかったのよね?」
「そう。あのクラーケンと関わらないことを選んだ時点で、レベッカはただの海賊として一生を終えることが決まったんだろうな。でもそれを俺達が変えたから、未来も変わった。
つまりはどうあがいても俺達があの時に呼ばれる目はなかったってことだ」
「むぅ、残念。ならあの後一体どうなったのかしら? ねえねえエド、早くあの本……ナントカって本を読みましょうよ!」
「はいはい、『勇者顛末録』な」
興奮した様子で急かしてくるティアに、俺は苦笑してテーブルの方に視線を向ける。するとそこにはご丁寧に一冊の本が乗っていた。一度普通に出現させただけに、今後はきっとこうなるんだろう。
「おぅおぅ、どうやら悔い改めたようだな。そうだよ、普通にそうしてくれりゃいいんだよ。どれどれ……あれ?」
俺が手にした「勇者顛末録」には、見覚えのある第〇〇二世界の文字が――っ!?
ガンッ!
「痛ぇ!?」
割と重い音を立てて、俺の頭に衝撃が走る。思わず頭を押さえながらバサリとテーブルの上に転がった本を見れば、そちらの表題にはしっかりと「第〇〇三世界 勇者顛末録」と書かれている。くっそ、やられた! てか、何だこの嫌がらせ!?
俺の脳裏に、俺のこの様を見て腹を抱えて笑っている神的な何かの姿がありありと浮かんでくる。マジでふざけんなよ、会ったら絶対ぶん殴ってやるからな……
「何やってるのエド?」
「……………………何でもねぇよ」
心底不思議そうな視線を向けてくるティアに、俺は隠しきれないふてくされ感を醸し出しつつ席に着く。そうして改めて〇〇三世界の勇者顛末録を手に取ると、肩越しに覗き込んでくるティアと一緒にその内容を読み進めていった。
「へぇ、船長さんって二代目だったのね」
「みてーだな。まあ予想できてたけど」
「そうなの!? 何で?」
「いや、だって何の後ろ盾もない女が海賊船の船長はやれんだろ」
何十人もの荒くれ男を引き連れるのはまだ力があればなんとかなるだろうが、船を一隻所有するのはかなりのコネと財力がいる。三〇前後でまっさらな状況から船を買えるなら、海賊より商人をやった方がよほど大成するだろう。
なので、レベッカの親が海賊で、早世した親から引き継いだってのは驚くほどのことじゃない。船員の練度も高かったし、実力を軽く見せたとはいえあの船の中でティアが襲われることがなかったってのを鑑みても、レベッカは先代の意思を引き継いだ部下に慕われる船長だったってことだろう。
「っと、ここが俺達が船を下りたところか。ほらティア、続き読もうぜ」
「あ、うん。そうね」
軽く横道に逸れた思考を戻し、俺は本に意識を集中させる。そこには正にレベッカの生き様がしっかりと刻まれていた。
――第〇〇三世界『勇者顛末録』 終章 「大広界時代の幕開け」
その手に「灯火の剣」をもたらした仲間と別れたレベッカは、部下達を率いて霧の海へと挑戦し始めた。未知の場所に眠る宝を狙う海賊達と時には争い、時には協力することで徐々に世界は広がっていき、やがてそれは世界を巻き込んだ大騒動となっていく。
だが、それでもなお世界は広い。たった一人で独占するのは勿体ないと考えたレベッカは、灯火の剣に備わった三本の蝋燭の一つを使い、世界中の道を切り開かんとする者に「分け火」を配った。それにより世界中の船乗り達は限定的とはいえ霧を払う手段を手に入れ、世は正に「大広界時代」へと突入する。
今この時も、海の果てでは霧が振り払われ、世界が広がっていることだろう。海賊達の挑戦は終わらない。いつか世界を奪い尽くし、剣があるならばいるだろうと考えられる「霧の魔王」を打ち倒すその時まで。
「へー、今回は魔王を倒してないのね?」
「みたいだな。まあアレクシスやワッフルと違って、レベッカは勇者として魔王を倒そうとしたわけじゃねーからだろ」
本を読み終えぽつりと感想を漏らしたティアに、俺もまた推測で答える。この本だと書かれた段階でレベッカが存命かどうかはわからねーが、仮に生きていたとしても最後まで魔王は倒さないのだと思う。
「そもそも船旅じゃ運良く水やら食料やらを調達できる場所に辿り着けない限りは航行距離に限界があるし、仮に途中の島やらに補給拠点を作るとなると、それこそ国策で何十年ってかかるだろ? ならあの世界で魔王が倒されるのは、それこそ何百年とか、下手したら一〇〇〇年後になったりしてな」
「気の長い話ねぇ。さしあたって危機に瀕してるって感じじゃなかったから、誰も必死になってないっていうのもあるでしょうけど」
「人間なんてそんなもんだろ。とは言えこのまま何もせずに何百年も過ごした結果世界が霧に覆われて、人が生きていける場所はあと少し……みたいになったなら、死ぬ気で努力してももう逆転もできねーだろうしなぁ」
そう考えると、確かに俺達の出た場所がレベッカの……というよりこの世界の分岐点だったんだろう。十分に余裕のあるこの段階で切り札たる「灯火の剣」を人類が手に入れ、しかも分け火によって無数の人々に拡散できたっていうのは途轍もなく大きな出来事だ。
良くも悪くも欲望というのは人を動かす。自分の存在を誰も本気にしないところまで持っていき、後は寝ているだけでも勝てる状況を作り出したってのに、まさか一手で戦況をひっくり返されるとは……霧の魔王とやらには同情を禁じ得ない。まあ同情するだけだが。
「ま、とにかく何事もなかった結果緩やかに滅んでいく感じだった世界が、俺とティアの活躍をきっかけに救われたってことだな。よし、謎もスッキリしたし、そろそろ次の世界に行くか」
「そうね。あ、その前に……えいっ!」
席を立った俺の前で、ティアがほのかに光っていた水晶玉に手をかざす。するとその光が消え、代わりにティアがプルリと体を震わせる。
「お、今度はどんな力を手に入れたんだ?」
「フフーン、それは勿論……内緒!」
「チッ、またかよ。まあ予想はしてたけど」
得意げに笑うティアに、俺は思わず苦笑して答える。ここは確実にティアの優位性が光る場所なので、その気持ちはわからなくもないが。
「それよりエド、次の世界はどんな場所なの?」
「あー……………………どんなだったかな?」
「えぇ、またわからないの?」
「仕方ねーだろ、一〇〇年も前のことなんて、そんなに覚えてられねーよ!」
一番最初とかの強く印象に残っている世界はともかく、四つめとなるともう考えても思い出せない。せめて一つ前の世界に強烈な印象があれば、まだなんとか……いや、そっちに引っ張られてやっぱり思い出せなかったりするだろうか?
「ふふっ、まあいいわ。なら今回も新鮮なドキドキが味わえるわね! あー、でも、箱の中に押し込められるのは流石にもう嫌かも……」
「流石に二回連続で箱なら覚えてるはず……?」
「何でこういう時だけちょっと頼りないのよ!?」
耳をピコピコ動かしてティアが抗議の声をあげるが、覚えてないものはどうしようもない。ならばせめてしっかりと手を繋いで……俺達は新たな世界の扉をくぐるのだった。




