刃を突きつけ合う間柄は、時に肩を組むより理解し合える相手となる
ただ呼吸するだけで全身に氷が走るような空気のなか、部屋の中央に浮かんでいるのは蝋燭をセットされた銀色に輝く燭台。その周囲は淡い光に包まれており、また部屋全体が光っているのか、まるでここだけ昼の太陽の下であるかのようだ。
「ねえ、エド?」
「ああ、こりゃ間違いないだろ」
こっそり話しかけてきたティアに、俺は大きく頷いて返す。これほどの存在に対する心当たりなんてたった一つだけだ。
「これこそ灯火の――」
「何だよ、どんなスゲェお宝かと思ったら、単なる燭台かよ!」
と、そこでこの空気とか目の前のそれに何の重圧も感じていないらしいピエールが、無造作に燭台に手を伸ばす。
「ちょっ!? おい、ピエール!」
「うるせぇ! お宝ってのは早い者勝ちだと昔っから決まってんだよ! 銀製なら多少の値は……うあっちぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」
燭台に触れた瞬間、ピエールが大声で叫びながら手を離す。
「何だこりゃ!? スゲェ熱いじゃねぇか!? くっそ、なら左手で……」
「いや、辞めた方が……」
「うぁっちぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「……ピエール、アンタ馬鹿なのかい?」
呆れた目で見下すレベッカをそのままに、ほんのりと赤みを帯びた金属製の鉤爪を振り回しながら、ピエールが床の上をのたうち回る。そりゃ体にくっついてる金属部分が熱くなったら大変だよなぁ。外せるわけじゃないんだろうし。
「水! 水! 水かけてくれ! ふーっ! ふーっ!」
「仕方ねーなぁ……」
腰の鞄から水筒を取りだしてかけてやると、ジュワジュワと音を立てて鉤爪から湯気が上がる。すぐにそれが収まると、ようやくピエールがホッとした表情で立ち上がった。
「くそっ、ヒデぇ目に遭ったぜ!」
「もう触るなよ? 水かけてやらねーからな?」
「でも、どうするのエド? そんなに熱いんじゃ私達だって触れないでしょ?」
「そうだな……なあ船長、今度は船長が持ってみてくれません?」
「は!? 何でアタシが!? 熱いってわかってるのにやるわけないだろう?」
俺の提案に、レベッカが怪訝な顔をして答える。普通に考えればそうだが、俺の予想はちょっと違う。
「いや、さっきも船長が押したら扉が開いたじゃないですか。ならこれも船長なら持てるんじゃないかなーって。熱いってわかってるんですから、ヤバかったらすぐ手を離せばいいわけですし」
「まあ、そりゃそうだけどねぇ……」
「やれやれ! お前も熱い思いしやがれ!」
「うるさいよピエール! まあでも、触ってみるくらいなら……」
思ったよりもすんなりと説得されたレベッカが、ゆっくりと燭台に手を伸ばしていく。まずはちょんと指先で触れ、次に少しずつ指を巻き付け……そして最後にギュッと燭台の柄を握りしめ、己の胸に引き寄せていく。
「……別に熱くも何ともないよ?」
「はぁ!? 何でだよ!? お前だけズリぃだろうが!」
「知らないよそんなこと! なあエド、さっきからの口ぶりと言い、アンタひょっとして何か知ってるのかい?」
「知ってるって言うなら、船長達だって知ってるでしょう? それ、多分『灯火の剣』ですよ」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」」
あっさりと言った俺の言葉に、レベッカとピエールの声が重なる。二人ともまじまじと燭台……灯火の剣を観察し、ピエールがもう一度触ってまたその熱さにのたうち回っている。
「くそっ、やっぱりアチぃぞ!? 何でレベッカだけが平気なんだ!?」
「そりゃ、きっと船長がお伽噺に出てくる勇者だからじゃないですか?」
「勇者!? こんなダルンダルンの胸とケツをした年増の女が、勇者!? ダッハッハッハッはぁぁぁっちぃぃぃぃぃぃ!?」
「なるほど、勇者なんてのはどうでもいいが、こいつはなかなか便利だね」
灯火の剣を鼻に押し当てられ、大笑いしていたピエールが三度床で転げ回る。哀れな……完全に自業自得だけど。
「くそっ、くそっ、くそ女がぁ!」
「何だいピエール、まだ焼かれ足りないのかい? 何ならアンタのダガーの鞘も焼いて……いや、それは嫌だね。金貨を山と積まれてもお断りだよ」
「誰がそんなこと頼むか!」
「アッハッハッハッハ! それじゃ、貰うものも貰ったし、そろそろ戻るかねぇ」
「ですね。流石にこれ以上のお宝はないでしょうし。行こうぜティア」
「ええ、行きましょうエド」
「おい待て、俺は何のお宝も手に入れてねぇんだぞ! もうちょっと……話聞けよ!?」
上機嫌なレベッカを先頭に、俺達は来た道を戻り始める。灯火の剣の蝋燭に着いた火はその見た目からは想像もできないほどに明るく、ピエールのフックを光らせなくてももう暗闇に困ることはない。
だが、そうやって遺跡を出ると、俺達の目の前に広がる景色は一変していた。手を伸ばせば指先が見えないほどの濃霧が辺り一面を覆っていたからだ。
「酷い霧だね。こりゃどうしたもんか……」
「ねえ船長さん。その灯火の剣って、霧を払えるんでしょ? なら試しにそれを振ってみたらどう?」
「あぁん? こうかい?」
ティアの言葉に、レベッカが灯火の剣を振るう。割と勢いよく振るったにもかかわらず先端の火は消えることはなく、代わりに周囲を覆っていた霧があっという間に消え去っていく。
「おいおいおいおい、スゲェじゃねぇか! まさか本当に灯火の剣なのか?」
「さあ? 少なくとも霧を払う力は本物みたいだねぇ」
「何でレベッカだけなんだよ!? 灯火のフックとかはねぇのか?」
「……それは流石に無いんじゃないかしら?」
荒ぶるピエールに、ティアが何とも言えない曖昧な笑みを浮かべて言う。もしそんなものがあるなら間違いなくピエール専用だと思うが……まあ無いよな。
「ちなみに船長。もし自分が勇者だとしたら、この後どうするんですか?」
「ん? 別に何もしやしないよ。アタシはアタシのままさ。まさかアンタ、アタシがこの剣を振り回して何処にいるかもわからない魔王と戦うとでも思ったのかい?」
「どうでしょう? でもそれをやれば歴史に名を残したりはできるのでは?」
「ハッ! そんなもんに興味はないねぇ。アタシは海賊。好きなように生きて好きなように死ぬだけさ。でもまあ、そうだねぇ……」
そこで一旦言葉を切ると、レベッカが霧の晴れた青空を見上げる。
「こいつで霧が払えるって言うなら、今まで霧の向こうにあって誰も行けなかった場所に辿り着けるってことだろ? 前人未踏の場所に踏み込んで、そこにあるお宝をタップリ集めて回るってのは随分と楽しそうだ」
「何だそりゃ、スゲェじゃねぇか!? おいレベッカ、それ俺にも一口噛ませろ!」
「へぇ? アタシのおこぼれに与りたいってかい?」
「何とでも言いやがれ! そのうちこう……熱くならない義手を作ったら、そいつを奪い取って俺のケツを舐めさせてやるからな!」
「……それを今ここでアタシに言うのが、何ともアンタらしいねぇ。まあいいさ。アタシが独り占めできるほど世界は狭くないだろうしねぇ」
「そうこなくっちゃ! よしよし、そうと決まればさっさと帰ろうぜ! まずはチャロス港だ!」
「アタシはチャロスには行かないよ? 小舟くらいは貸してやるから、途中からは自分で帰りな」
「ナニィ!? そこはほら……送ってくれよ。甲板くらい磨くぜ?」
「ハッハッハ、考えといてやるよ」
「…………ねえ、エド。あの二人って結局仲がいいの? 悪いの?」
いつの間にやら並んで歩いているレベッカとピエールの様子に、ティアがそっと俺に話しかけてくる。翡翠の瞳を疑問と好奇心に輝かせているようだが、それに対する俺の答えは肩をすくめることくらいだ。
「長年殺し合ってる関係のはずだけど……本人達にしかわからねー色々があるんだろ。世の中敵と味方みたいな簡単に割り切れる関係だけじゃねーってことだな」
「複雑なのね。見てる分には楽しいけど」
「ははは、そいつは同感だ」
仲良く喧嘩する二人を前に、俺とティアもまた談笑しながら船へと戻っていくのだった。




