必須フラグをスルーしたら、何も起きないのは仕様です
拙作「威圧感◎」の書籍4巻発売記念として、本日よりそちらで番外編を短期連載開始しております。興味がありましたらそちらも読んでいただけると嬉しいです。
「はぁ。まさか本当にクラーケンを倒しちまうとはねぇ……」
勝ち鬨をあげた俺達の横を通り過ぎて、レベッカが巨大なクラーケンの死体を見て呆れた声を出す。気分的には小さな子供が「ドラゴンをやっつけてやる!」と言って遊びに出かけたら、本当にドラゴンを倒して死体を引きずってきたような感じなんだろう。
が、今の俺の関心はそんなレベッカには向いていない。戦闘中と変わらぬ警戒を周囲に放ち、世界の反応を注意深く観察し続けている。
(さーて、これでどうなるかな……?)
思えば、一周目の世界ではあまりにも何も起きなさすぎた。レベッカは一切勇者らしい活動などしなかったし、それっぽい事件も何一つ起きていない。船に揺られ、時々海賊っぽい活動をし、港についたら物資を補給してまた海へと漕ぎ出す……本当にそれだけだったのだ。
だが、それはおかしい。俺がこの世界に飛ばされたということは、この時代に間違いなく勇者と魔王が存在しているはずであり、状況からしてレベッカが勇者であるのはほぼ間違いないはずなのだ。
では、何故何も起きなかったのか? その原因を俺はずっと考えていて……そうして辿り着いた答えの一つが、「倒すべき敵から逃げ出してしまったせいではないか」というものだ。
一周目において、勝ち目の無いクラーケン……「霧の門番」から襲われているバロック海賊団を見捨てて逃げるというのは、実に常識的、あるいは一般的な行動だ。
だがもしここで勇者的な行動をしていたら? 倒すまではいかずとも、接触することで何らかの因縁めいたものが生まれ、それがレベッカが勇者として活動しだすきっかけになるのでは? そう考えたからこそ俺は今回クラーケンに戦いを挑んでみたのだ。
その結果は上々。レベッカの船の下っ端……勇者パーティの一員である俺とティアの力で、クラーケンは海の上に横たわっている。これで何も起こらないと、後は本気で何も思い浮かばないんだが……おぉぉ?
「お、おい見ろ! クラーケンが!?」
思考に沈む俺の意識が、ピエールの声で呼び覚まされる。見ればクラーケンの死体が溶けるように光の粒子へと変換されていっている。
「うわー、綺麗!」
「ほほぅ、こりゃまた……なあ船長、一応確認なんですけど、こういうことって他にもあるんですか?」
「あるわけないだろ。船を襲ってくる小型の魔獣なら何度も倒したことがあるけど、光る霧になって消えるなんて初めてだよ」
「光る霧……ですよねー」
ふむふむ、ならばこれは間違いなく特別なイベントってことか。どうやら大当たりを引けたようだ。
「見てエド! 光が!?」
「動き出した!?」
そんな事を話している間にも、舞い上がった光の霧が陸地とは反対方向へとたなびきながら移動していく。どう考えても俺達を誘導しているとしか思えない。
「船長! あの光、追っかけましょう! 絶対何かありますよ!」
「あれをかい? 確かにそんな気はするけど……よし、スカーレット号に戻るから、アンタ達も来な」
「「はい!」」
レベッカの言葉に返事をして、俺達三人はスカーレット号へと慌てて戻る。幸いにしてクラーケンの体全てが光の霧に変わるにはまだ少しだけ時間があるようで、今すぐに出れば十分に間に合いそうだ。
「ローハン! 物資の量はどうだい?」
「物資ですかい? この前港を出たばっかりですから、一月や二月は余裕ですぜ」
「グルード、船体の様子は?」
「破損ありません! いつも通りに航行可能です!」
「そういうことなら……みんな聞きな! アタシ達は今からあの光を追いかける! 世界で初めてクラーケンを倒したご褒美だ、きっととんでもないお宝があるはずだよ!」
「「「オォォォォォォォォーッ!!!」」」
レベッカの言葉に、船員達が声を上げて動き出す。そうしてスカーレット号が動き出すと、その甲板にこれぞ海賊というような芝居がかった服に身を包む、手がフックの男がぴょんと飛び乗ってきた。
「フゥ、間に合ったぜ」
「ピエール!? 何でアンタが!?」
「カーッ! 何言ってやがる! クラーケンを倒せた理由の半分は、俺達が奴を引きつけてたからだろうが! なのに俺達を放っておいて自分だけお宝をせしめようなんて、そんなの俺が許すはずがねぇだろうが!」
「だったら自分の船で勝手に着いてくりゃいいだろうが! 何でアタシの船に乗ってくるんだい!?」
「俺だってそうしたかったんだが、どうも割と破損箇所が多いらしくてなぁ。黙ってたらテメェ等を見失っちまうから、慌てて飛び乗ったってわけだ。
ああ、俺の船は応急処置が終わったらチャロスに戻っておけって指示してあるから、何の問題もないぜ?」
「アタシの問題は大ありだよ! ったく、今すぐ海に叩き落としてやりたいところだけど、そうすると今後の稼ぎが減っちまうだろうしねぇ……仕方ないから乗せてやるけど、あんまりでかい態度をとるんじゃないよ?」
「うるせぇ! 俺はバロック海賊団の船長、ピエール様だぞ!? 甲板くらいピッカピカに磨いてやるぜ!」
「「「磨くのかよっ!」」」
ツッコミの声が気持ちよく揃うなか、スカーレット号はゆっくりと光の霧を辿っていく。すると徐々に前方に霧が立ちこめ始めるが、どういうわけか光の霧の通った後だけは完全に霧が晴れている。
そんな霧の谷間とでも言うべき道を更に進めば、その先に待っていたのは割と大きな島。その島の周囲もまた霧が晴れており、少し手前のところでフワッと光の霧も消えてしまったため、どうやらここが目的地のようだ。
「接舷できそうなところはあるかい?」
「厳しいですね。砂浜はありますけど、吃水が浅そうなんでこれ以上近づくと船が座礁しちまうかも知れません」
「ならここからは小舟で行くか。行きたい奴は……」
レベッカの言葉に、その場に居合わせた全員が期待を込めた目を向ける。が、それら全てを遮るように俺とティアは堂々とレベッカの前に歩み出る。
「船長、まさか俺達を置いてはいかないですよね?」
「そうそう! あれだけ活躍したのに、ここで置いてきぼりなんてね?」
「わかってるよ。普通なら新入りがでしゃばるなって文句が出るところだろうけど、クラーケンを倒したのはアンタ達なんだから誰も何も言えやしないさ。当然アタシも行くから、そうすると後一人くらいだけど……」
「そんなの俺に決まってんだろうが!」
「あー、誰かいるかい?」
「テメェ、レベッカ! 甲板だって磨いてやっただろうが!」
いきり立ったピエールが鉤爪を振り下ろすも、レベッカがそれを腰の剣を抜いて軽く受け止める。当然ながらどちらも本気ではなかったのだろうが、苛立ちを露わにしたピエールにレベッカがあからさまに苦笑してみせる。
「ハァ、仕方ないねぇ。まあいいさ、アンタみたいなのを船に残しておいて、乗っ取られたら厄介だからねぇ。じゃ、悪いがこの四人で行ってくる。後の事は頼んだよ」
「お任せ下さい姐さん!」
「だから船長って呼びな! ったく」
お決まりのやりとりをした部下の頭をべしっと一発叩いてから、俺達は小舟に乗って島へと漕ぎ出す。久しぶりの全く先が分からない冒険……フフフ、楽しみだぜ。




