『踊る足取り』
それからしばらくの間は、私達とアレクシス、ゴンゾの間には微妙な空気感があった。理解、納得、寛容、それらは一見するととても近いけれど、実際には全て別のものだから、それはもう仕方が無い。無理にこっちの都合を押しつけるのは、それこそ我が儘だものね。
でも、そんな日々は長くは続かなかった。私とアレンに対して、ルージュがいつも通りの態度で接してくれていたからだ。そんな私達を見て、アレクシス達と離れていた距離が一歩一歩と近づいていき、半月もしないうちに私達は元のパーティへと戻ることができたのだ。
そこにはルージュなりの気遣いとか、計算もあったんだろうか? 正直私には、そこまで深い心の機微は読み取れない。でも、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、私はルージュを好きになった。勿論表向きは色々言い合っていたけど、仲良く喧嘩するって感じかしら? とにかく毎日がとても楽しくて……だからこそ、半年なんてあっという間に過ぎてしまった。
「ここでいいのか?」
「うん。ありがとうゴンゾ」
人里離れた森の中で、私は仲間達にそう告げる。「この先にはエルフの集落があるけれど、そこには同族か、もしくは特別な理由がある人しか入れない」と伝えたからだ。
勿論、そんなのは真っ赤な嘘。でも私は間違いなく……多分エルフだし、アレンが特別であることは、もうみんなが知っている。だから深く事情を詮索されることなく、みんなが納得してくれた。
いえ、実際には納得してくれていない人もいる。だから手前の町まででいいって言ったのに、結局全員でここまで来たのだから。
「ねえ、アレン。本当に行くの? アンタがその気なら、アタシと一緒に――」
「いい加減にしないかルージュ。人には誰だって事情があるものだろう?」
「そうだけど! でも、ここでアレンを手放すなんて、そんなの勿体ないじゃない! せっかく礼儀作法だって随分と上達したのに……」
「そのうち飽きるだろうと思っていたのだが、確かにお主は最後までアレンの面倒を見ていたな……ふむ、この際だから聞いてしまうが、どうしてお主はそこまでアレンに入れ込んでいたのだ? まさか惚れたというわけではあるまい?」
ニヤリと笑って問うゴンゾのはげ頭に、ジャンプしたルージュがベチンと平手を叩き込む。
「そんなわけないでしょ! 何、アンタアタシのことを子供に懸想する変態だとでも思ってたわけ!?」
「そうではないが、あの手のかけ方は尋常ではないぞ? まるで血の繋がった弟の世話をしているようだったが」
「えぇ……そんな感じだった?」
意外そうな顔をするルージュに、私達は揃って頷く。当のアレンは特に気にしていなかったけれど、私から見てもルージュがあそこまでアレンの世話を焼く理由は、ずっと気になっていたところだ。
「で、どうしてそこまでアレンに拘るんだ?」
「うーん、そう言われても……というか、自分でもよくわからないわね。ただ何となく……そう、本当に何となくなんだけれど、『今度は逃がさない』って感じがしたっていうか……」
「今度? お主、以前にも同じような事をしたことがあるのか?」
「ないわよ! だから自分でもわからないって言ったでしょ! あとは、そうね。アンタにアレンを任せるのは、何か納得いかないわ!」
「え、私!? 何で私の連れなのに、ルージュがそんなことを言うわけ?」
「……何となくよ!」
「えぇ……?」
理不尽に怒りをまき散らすルージュに、私は困惑してしまう。何となくアレンが気になるとか、何となく私が気に入らないとか、どういうことなのかしら?
「ハァ……そうか。ルージュの言いたいことはわかったが、『何となく』なんて理由でそれが通らないことくらい、自分が一番よくわかってるだろう? いい加減に諦めたまえ」
「むぐっ…………わ、わかったわよ。でも、アレン?」
「何? ルージュお姉ちゃん?」
実に不満そうに、でも渋々アレクシスの言葉に頷いたルージュが、軽く膝を曲げて目線の高さを合わせてから、アレンの肩に手を置いて言う。
「もしそこのエルフが嫌になったら、いつでもアタシのところに来るといいわ。アンタならいつでも大歓迎で、アタシの従者にしてあげるわよ!」
「えっと……ありがとう?」
「そうよ、光栄に思いなさい! このアタシがここまで気にかける相手なんて、アンタしかいない……」
「えっ、ルージュ!?」
不意に、ルージュの目から涙が零れた。驚いて声を上げてしまった私に、しかしルージュはキョトンとした顔を見せてくる。
「? どうしたのよ?」
「どうしたって、こっちの台詞よ! 何で泣いてるの!?」
「泣いて……アタシが? え、何で……?」
不思議そうに目を擦るルージュの姿に、私は何故だかとても胸が切なくなる。そしてそんなルージュの頭を、アレンがそっと撫でた。
「泣かないで、ルージュお姉ちゃん」
「…………平気よ、アレン。ありがとう」
「ね、ねえルージュ? 泣くほど一緒にいたいって言うなら、もうちょっとくらい一緒にいても――」
「いいわよ別に。もうスッキリしちゃったわ」
思わずそう言ってしまった私に、しかしルージュは妙にサッパリした顔で言う。それからもう一度アレンの顔をジッと見つめると、小さく笑ってアレンから離れた。
「そう、そうなのね。多分アンタは、そっくりだけど本人じゃないのね」
「ルージュお姉ちゃん?」
「フフッ、こっちの話よ。そういうことなら、この子はアンタに任せるわ! あ、でも、アレンがいつでもアタシのところに来ていいって言うのは撤回しないわよ? だから嫌われたくないなら、ちゃんと面倒みなさい」
「それは勿論そうだけど……何なの急に?」
今度は私を見てそう言うルージュに、私は混乱しっぱなしだ。何だかルージュの感情が、さっきからめまぐるしく変化しているような気がする。
だというのに、ルージュ本人だけは何もかもわかったような顔で笑っているのが、地味に面白くない。いや、ルージュの感情なんだから、ルージュ自身がわかってるのは当然なんだろうけど、一方的に振り回されてる感じが……むぅ。
「ほらほら、さっさと行きなさいよ!」
「わかったわよ……それじゃみんな、見送りありがとう。短い間だったけど、とっても楽しい旅だったわ!」
「ははは、確かに退屈はしなかったね。君達も気をつけていくといい。何か困ったことがあれば……助ける保証はできないが、話くらいは通るようにしておいてあげるよ」
「そうだな。ワシの筋肉でよければ、いつでも力を貸そう!」
「ありがとう、アレクシス、ゴンゾ。二人も元気でね……さ、行きましょうアレン」
「うん。二人とも、さよなら」
皆に見送られ、私はアレンの手を引いて森の奥へと入っていこうとする。するとその背に、ルージュの大きな声が届いた。
「アレン! このアタシから離れていくんだから、この先ずっと精一杯楽しく生きなさい! それと……ティア!」
「何?」
足を止めて振り返った私に、今までで一番挑発的で、でも一番綺麗な笑顔を浮かべたルージュが言う。
「アタシ、アンタにだけは絶対負けないわよ! それをよく覚えておくことね!」
「……フフッ。ええ、私だってルージュにだけは負けないわ! じゃ、またね」
二度と戻れない世界の住人に、再会なんてできるはずない。なのに私の口からはそんな言葉が飛び出して……この予感にどんな意味があるかは、いつかわかる日が来るんだろうか? もしも奇蹟が起きたなら……それは何とも楽しそうだ。
「お姉ちゃん?」
「何でもないわ。じゃ、帰りましょう。私達が最初に出会った、あの場所に」
みんなの視線が切れるまで森の奥に踏み込んだ私とアレンは、ギュッと手を繋いで懐かしの白い世界へと帰っていくのだった。




