『ちょっとそこに座りなさい』
「相変わらず君は騒ぎばかり起こして……いい加減、少しくらいは落ち着いたらどうだい?」
「何よ、アンタにそんな事言われたくないわよ!」
疲れたような顔で首を横に振るアレクシスに、ルージュと呼ばれた女性が振り向いて抗議の声をあげる。その光景に、私の頭はすっかり混乱してしまう。
え、何でアレクシスがここにいるの!? 魔王がいなくなって、勇者じゃなくなったはずのアレクシスが、どうしてお城じゃなくてここに!?
「それで? 今度は一体何をやらかしたんだい?」
「アタシじゃないわよ! その子供がアタシにぶつかってきたから、お詫びにアタシの世話をさせてあげようとしたら、そこのエルフが余計な口を挟んできたのよ!」
「あー……一つ一つの言葉の繋がりがどうにも理解できないんだが、要はその白い子供を連れて行きたいということか?」
「そうよ!」
「……本気か? 一応は危険な旅なんだぞ?」
顔をしかめるアレクシスに、しかしルージュは胸を反らして鼻で笑う。
「ハンッ! 天才のアタシからすれば、危険でもなんでもないわよ。むしろアレクシスと足並みを合わせるなら、足手まといがいて丁度いいくらいじゃないかしら?」
「ほぅ? なら好きにするといい。ただしどうなっても僕は知らないからな」
「勿論、好きにさせてもらうわ。ほらアンタ、行くわよ!」
「ちょっ、ちょっ!? ちょっと待って! 何で私達を置いて勝手に話を進めてるのよ!?」
再びアレンに手を伸ばそうとするルージュに、私は慌てて抗議の声をあげた。アレクシスが一緒にいるのなら悪い人じゃないのかも知れないけど、だからってこんな訳の分からない状況で、アレンだけ連れて行かせるわけがない。
「アンタ、まだ口を挟むわけ? いい加減にしないと、本当に燃やすわよ?」
「いい加減にするのはそっちでしょ!?」
「何よ!」
「何なのよ!」
「……お姉ちゃん達、怖い」
「何だこの地獄は……」
にらみ合う私とルージュ。その後ろではアレンが怯えたような声を出し、アレクシスが途方に暮れて空を仰ぐ。そのまましばし不毛な言い争いが続き……最後にやってきた人物の登場によって、あっさりと解決するのだった。
「本当に何をやっておるのだお主達は!?」
「「……………………」」
路地から少し入ったところにある、やや高級な酒場の個室。四角いテーブルの一辺に二人並んで座る私達の前で、筋肉質の男性が床に座らされたアレクシスとルージュに向かって大声で怒鳴りつける。ルージュはともかく、アレクシスに正座を強要できる人なんて、きっと世界中でもこの人だけだろう。
「ルージュ、お主は何故天下の往来で誘拐まがいのことをしようとしておったのだ?」
「誘拐じゃないわよ。アタシがお世話させてあげるって言ったんだから、喜び勇んで了承するのが当然でしょ?」
「そんなわけあるか!」
「あうっ!?」
ゴチンと、ルージュの頭に追加の拳骨が落ちる。涙目で頭を抑えるルージュが恨めしげな視線を男性に向けるが、男性の方は意に介さずアレクシスの方に顔を向ける。
「お主もだアレクシス! 何故お主がいて、そんなことを許しておったのだ!?」
「……僕は何もしていない」
「何もしていないのが問題だと言っておるのだ! この馬鹿者めが!」
「うぐっ!?」
アレクシスの頭にも、追加の拳骨が落ちる。そんな二人に大きくため息を吐くと、男性がクルリとこちらに振り返り、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「すまんな二人とも。ワシの方でしっかり叱っておくから、ここは許してくれぬか?」
「あ、はい。アレンを無理矢理連れて行ったりしないのであれば、私達は別に……ねえ、アレン?」
「うん」
「そうか、よかった! ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。ワシはこの二人と一緒に旅をしている、ゴンゾという者だ。よろしくな」
そう言って、ゴンゾが右手を差し出してくる。私の主観だと百数十年ぶりに握ったその手は、昔と同じくゴツゴツと固くて……でも優しい感触がした。
「私はルナリーティアです。よろしくお願いします、ゴンゾさん」
「アレン、です……よろしく……」
「うむうむ、ルナリーティアにアレンだな」
私に続いてアレンの小さな手も優しく握ったゴンゾが、笑って私達の正面に座る。ちなみにアレクシス達は、まだ正座させられたままだ。恨みがましげにこちらを見てくるので、正直ちょっとだけ居心地が悪い。
「迷惑をかけた詫びだ、ここの支払いはワシ等が持つから、好きなものを飲み食いしていくといい。どうだアレン? 何か食べたいものがあるか?」
「全部食べたことないから、わかんない……」
「むぅ……? そうか、ならば全部試してみればいいな!」
アレンの言葉に何を感じたのか、そう言ってゴンゾが本当にメニューに乗っていた料理を全部注文してしまった。テーブルの上に所狭しと並ぶ料理の山に、私もアレンも目を白黒させてしまう。
「うわ、いっぱいある……」
「気になるものがあれば食ってみるといい。もっと食いたければお代わりもあるぞ?」
「あの、いいんですか? こんなに沢山……」
「構わんさ。余ればワシが食えばいいだけだからな」
戸惑う私に、ゴンゾが事もなげにそう言って笑う。流石のゴンゾでもこんな量は食べられないと思うけど……それとも私が知らないだけで、実は食べようと思えば食べられるのかしら?
「な、なあゴンゾ? 僕達の分は……」
「お主達は、まだしばらく反省しておれ」
「ぬぐっ…………」
「あの、ゴンゾさん? このままジッと睨まれ続けるのも居心地が悪いですし、みんな一緒に食べたらどうでしょう? お料理もこんなにあるわけですから」
「む、そうか? ならばこちらの二人の寛大さに感謝しつつ、お主達も一緒に食うといい」
「ハァ、やっとか……」
「あ、脚が痺れて……」
私の取りなし……これ以上睨まれ続けるのがいたたまれなかっただけとも言う……を受けて、アレクシスとルージュも食卓につく。そうして全員で食事をしながら、私は改めてアレクシス達の事情を聞くことができた。
「へぇ、アレクシス……さんは、王子様だったんですね」
「そうだ。身分を明かしたからには、エルフといえどもきちんと僕を敬って……ぐっ!?」
「またお主は! とまあ、平和が長く続いたせいか、少々傲慢に育ってしまったようでな。このままでは安心して王位を譲れぬと陛下に頼まれて、ワシと一緒に世間を見て回る旅をしておるのだ。
なので、少なくともここにいる間は特に敬う必要はないぞ?」
「あはははは……」
またもゴンゾに殴られたアレクシスを見つつ、私は乾いた笑い声をあげた。確かにこうして話してみると、私の知っているアレクシスよりも少し子供っぽい印象を受ける。正直ちょっと意外だったけれど、魔王という圧倒的な脅威が無い世界で、大国の王子として育ったならそういうこともある……のかしら?
その後も私達は雑談に興じ、互いのことを話していく。魔法学園を卒業後、名を上げたいと研究職ではなく冒険者になることを選んだものの、性格が災いしてパーティが組めず燻っていたルージュが、アレクシスの「王子」という肩書きを利用しようと強引についてきたこと。反面教師に丁度いいかと仲間にしてみたら、変なところでアレクシスと気が合ってしまって問題児が二人に増えたこと。そして私達が「アレンに世界を見せる」という理由で旅をしていたことなどを話すと……ふとゴンゾが提案を投げかけてくる。
「ふむ、そうか……そう言うことなら、どうだ? ワシ等と一緒に旅をしてみんか?」
「ゴンゾさん達と、ですか?」
「うむ。見た限りお主もそれなりに強いとは思うが、それでも子供を連れての二人旅では、何かと困ることも多いであろう? その点ワシ等と一緒に行動すれば、少なくとも人数的なものはカバーできる。
それに、ルージュが何故かアレンを気に入っておるようだからな。子供の面倒を見させるというのは人格形成にいい影響を与えるし、それに何より、ワシもそろそろ常識人の仲間を増やしたいのだ」
「それは……」
お酒を飲んで上機嫌なゴンゾの言葉に、私は曖昧な笑みで応えておく。隣の二人が何も言わずにジョッキを傾けているのだから、寝ている熊の側で草笛を吹く必要はない。
「どうだ? 無論ワシはルージュとは違うから、無理にとは言わぬ。それに一緒に旅をすることに決めたとて、何か問題があればいつでも抜けてくれて構わぬ。なのでまずは、気楽に旅をしてみんか? せっかくの縁であることだしな」
「縁……」
ゴンゾの言葉を、口の中で転がす。確かに、これは縁だ。二度と会えないと思っていた仲間と再会しただけでなく、一緒に旅ができるのは……とてもとても魅力的な提案に思える。
とは言え、それを自分だけで決めるわけにはいかない。私は隣で黙々と料理を食べているアレンに視線を向け、優しく問いかける。
「どうする、アレン? 貴方はどうしたい?」
「……一緒に行ってもいいよ? 冒険、楽しそう」
「そう。ならお言葉に甘えちゃおうかしら」
「ガッハッハ! では決まりだな! ワシ等の新たな仲間に、乾杯!」
「かんぱーい!」
「…………フンッ」
「何よ、結局一緒に行くなら最初から…………わ、わかったわよ。乾杯」
「かんぱい?」
木製ジョッキをガチンとぶつけ合い、それぞれが色々な顔で中身を飲み干す。新しい旅も、どうやら随分と賑やかになりそうだ。




