『共有財産』
「よっと……ああ、よかった」
「何がよかったの?」
「フフッ、この世界なら、アレンをしっかり案内してあげられそうでよかったって思ったのよ」
「そっか」
私達が降り立った最初の世界は、私の生まれた世界だった。結局のところ私とエドが行ったことがある世界は半分どころか三分の一もないのだから、もし今回も順番が全く変わっていて、見たこともない世界に来たらどうしようかとちょっと心配していたんだけど、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
「ふむふむ、なるほど。ここに出るのね」
「ふむふむ……」
周囲を確認してみると、どうやらここは私とエドが初めて出会った町のすぐ側らしい。私の真似をして遊んでいるアレンの頭を軽く撫でると、私達は手を繋いで町へと歩いて行った。
その途中では幾人かの人とすれ違ったけれど、私が挨拶をするとアレンも真似して挨拶をして、周囲の優しい視線を受けながら、私達は問題無く町へと入る。するとそこには、今まで通り過ぎてきた沢山の町と同じように……でも何処か懐かしいと感じられるような明るい喧噪に満ちていた。
「うわー、人がたくさん……」
「そうね。迷子にならないように、手を離しちゃ駄目よ?」
「うん」
アレンの小さな手が、キュッと私の手を掴んでくる。その感触を確かめながら、私は改めて周囲の様子を確かめる。すると自分が知っているよりも、人々の顔に笑顔が多いような気がする。
(そっか、この世界にはもう『魔王』はいないんだものね)
私自身もアレクシス達と魔王を倒したことがあるけれど、それとは別に私がいないところでエドが魔王を倒したことで、この世界にはもう魔王がいない。あれだけ大きな脅威が存在しないなら、町の人に笑顔が多いのも当然だろう。
(でも、そうするとアレクシス達にはもう会えないのかしら……それはちょっと残念ね)
アレクシスは大国ノートランドの王子様だ。あの頃の私は魔王討伐を目指す勇者パーティの一員だったから当たり前に一緒にいたが、その前提が崩れた今、一般人である私と王子様のアレクシスの間に接点は何もない。
一応何か大きな手柄を立てたりすれば謁見を申し込むことはできるかも知れないけれど、かつての距離感でアレクシスと接することはもうできないのだ。
「あっ!?」
「きゃっ!?」
と、ほんの少し思考を彷徨わせていた私の腕が、不意に強く引っ張られた。見ればアレンが通りすがりの誰かとぶつかってしまったらしい。
「ちょっとアンタ、どこ見て歩いてるのよ!?」
「ごめんなさい! 大丈夫ですか!? アレンも大丈夫?」
「うん、平気……」
「大丈夫かじゃないわよ! このアタシにぶつかってくるなんて、いい根性してるじゃない!」
幸いにして、どちらも転んだりはしていないようだ。だが無表情なアレンが小さく答えたのに対し、ぶつかったであろう女性は激しくいきり立っている。身長は私と同じくらいで、燃えるような真っ赤な髪と意志の強そうな吊り目が特徴的な女の子だ。
「いい? アタシみたいな超天才の時間は、アンタ達みたいな凡人のそれとは価値が違うのよ! そんなアタシの行く手を阻んで足止めするなんて…………?」
捲し立てる女性が不意に言葉を止めると、アレンの顔をジッと見てくる。その視線に耐えかね、居心地悪そうにアレンが私の後ろに隠れたが、女性は気にせずアレンの顔をガシッと掴んでしまう。
「あうっ!? な、何?」
「……アンタ、どっかで会ったことがある?」
「え? 知らないけど……」
「そうなの? いやでも、うーん……?」
鼻がくっつきそうな距離でジッと見つめられ、アレンが困って視線を泳がせる。害を加えられるわけではなさそうだったので見守っていたけれど、流石にそろそろ助けに入るべきだろう。私はそっと女性の手を取ってアレンから外すと、二人の間に入るように体を滑り込ませる。
「あの、すみません。私の連れがぶつかってしまったことは謝りますから、もう許してくれませんか?」
「そう、ねえ……いいわよ、許してあげる」
「ありがとうございます。じゃあ――」
「ただし! その子がアタシの荷物持ちとして働いてくれたらよ!」
「……えぇ?」
大きく胸を張り、アレンを指さして言う女性に、私は何とも言えない声を出す。そりゃそんな要求をされれば、こんな声を出すしかない。
「えっと、正気ですか? アレンはまだ子供ですけど……?」
「そうね。でも子供だって荷物くらい持てるでしょ? まあ荷物持ちっていうか、実質的には小間使いみたいなものよ。このアタシの身の回りの世話をさせてあげるんだから、光栄に思いなさい!」
「……お姉ちゃん、ボク、この人のお世話をするの?」
「いえ、流石にそれは……というか、何で急にそんなことを?」
「何よ、そっちが許してくれって言うから、わざわざ条件を出してあげたのよ? それに不満があるって言うなら、そうね……金貨一万枚で許してあげるわ」
「いちまっ!? 何でたかだか体がぶつかっただけで、そんなお金を払わないといけないのよ!?」
あまりの理不尽な要求に、遂に私も我慢の限界がきた。キュッと眉根を寄せて睨んでみたけど、相手の女性は余裕たっぷりのままだ。
「ぶつかったことなんて、もうどうでもいいのよ。それよりこのアタシの役に立てるっていう栄誉を蹴っ飛ばそうなんて、そんな無礼なことをする罰金が金貨一万枚だって言ってるの!」
「訳わかんないわ! ほら、アレン。もういいから行きましょ?」
「う、うん……」
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! 『フレア――』」
「それをするなら、私も手加減しないわよ?」
魔法の気配を感じて、私は一段低い声を出す。杖すら構えない短縮詠唱、それに殺気も感じないから、おそらく足下に撃って脅すのが目的だとは思ったけれど、それでも切っ先を向けられて黙っているほど、私もお人好しじゃない。
「…………アンタ、何者?」
自分の頬を風が撫でたことに、この女性も気づいたのだろう。一瞬大きく見開かれた目がスッと細められ、ごく自然に腰を落として戦闘態勢を取ってくる。その様子からわかるのは……この人、凄く強い。
「私はただの、旅のエルフよ。何者と言われても、他に答えようがないわ」
「へぇ、冒険者じゃないの?」
「あー…………今は違う、のかしら?」
手元にはないけれど、「共有財産」の中を探せば当時の冒険者証があるかも知れない。でもこんな往来で力を使うわけにはいかないし、そもそも見つかったとして、それが今も有効なのかどうかがわからない。
ただ、冒険者ギルドに私の登録が残っている可能性が否定できない。もし万が一それを調べるような流れになったとき、私の答えとギルドの記録が食い違っていると面倒なことになるので、ここでは答えを濁すしかなかった。
が、それはこっちの事情。普通の……というか、真っ当な人であれば、そんなところを誤魔化したりしない。ならばこそ女性は訝しげな目で私を見つめ、その手がゆっくりと腰に下げた杖に向かって動いていく。
「怪しいわね。ひょっとしてアンタ、賞金首だったりするのかしら?」
「まさか。少なくともぶつかっただけの子供相手に隷属か金貨一万枚かなんて要求をするような人ほど、恥のある生き方はしてないつもりよ?」
「言うじゃない。いいわ、その喧嘩も高値で買ってあげる。お代はアンタの――」
「まったく、今度は何をしているんだ、ルージュ?」
不穏な空気が広がり、周囲を人混みが囲み始めたところで、不意にその奥から聞き覚えのある声が聞こえた。そうして顔を現したのは――
「「アレクシス!?」」
私とルージュと呼ばれた女性の、驚きの声が重なる。そこにいたのは二度と会えないと思っていた、かつての仲間であった。




