『一緒に行こう』
今回からしばらく、ルナリーティア視点です。ご注意下さい。
「うっ、ううん…………?」
目が覚めたとき、そこはいつもの真っ白な部屋だった。ぼーっとする頭で周囲を見回せば、そこにはいつもの椅子とテーブルに、遠くには扉が一つ……一つ?
「あれ? エド、扉が……………………っ!?」
無意識にそう口にして横を見たが、そこには誰もいなかった。何処に行ったんだろうと考えたところで、私の中に記憶が戻ってくる。
息が止まり、目の前がチカチカする。パンと両手で自分の頬を叩き、蹲って下を見ながら頭の中を必死に整理していく。
覚えている、覚えている。私はちゃんと、全部覚えてる……ということは……
「……まずは一つ、乗り越えられたってことね」
噛み締めるように、そう言葉にする。どうやらエドの目論見通り、記憶を維持したまま最初まで戻れたようだ。
何でそんなことができたのかは、私にはわからない。聞かなくてもいいと言ったし、そもそも悠長に説明を聞いている暇だってなかった。だから私はエドの指示通り、エドが殺されてからエドの残した剣で神様を刺し貫き、「一緒に行こう」の力で一緒に戻ってきたのだ。
――「多分今回が、今までで一番長い別れになる」
エドの言葉が、頭の中に蘇ってくる。背中を向けているエドの顔は見えなかったけれど、きっと苦笑していたに違いない。エドはそういう人だ。辛くても悲しくても、いつだって皮肉げに笑って流す。
だから偶に、本当に辛いときに泣いて頼ってくれることが、私は嬉しかった。それは歪な感情かも知れないけど……ううん、違うわね。頼ったり頼られたりするのが相棒だもの。頼られたら嬉しくなっちゃうのなんて普通よ、普通。ましてや私は、エドよりお姉さんなんだし!
「っと、そんな事してる場合じゃないわね」
寂しさを誤魔化すために変な方向に向き始めた気持ちを整え、私はその場で立ち上がると改めて周囲を見回した。いつもの通りかと思ったけれど、こうして見てみると割と違うところがある。
「ふむふむ、扉が一つしかないのはいいとして、本棚もないのね?」
以前エドから、「勇者顛末録」は私とここで再会した時から出現するようになったもので、それ以前には存在していなかったと聞いたことがある。
となると、今回は出ないのだろうか? 毎回それまでの冒険を振り返りながらあの本を読むのを楽しみにしていたので、ちょっと寂しい。
他には、テーブルの上に水晶玉も置かれていなかった。大分前から気にしていなかったけれど、完全になくなってしまったということは、やっぱりもう新しい力は手に入らないということだろう。
「あ、そうだ。そっちも確認しておかないと」
そう思いつき、私は自分の力を……エドのおこぼれみたいな感じで身につけた不思議な力を確認……しようとして、ほぼ全ての力が自分一人だと確認すらできないことに気づいた。
「ハァ、私って本当に、エドと一緒にいることが当たり前だったのねぇ」
とりあえず「共有財産」だけは使えることを確認できたけれど、残りの能力は誰かがいないと使えない。でもまあ、それは追々でもいいだろう。確認する機会は、きっとこの先幾らでもあるはずだから。
「さて、それじゃ最後の難問に取りかかりましょうか」
テーブルの側の床の上に、一人の子供が眠っている。私はそこに近づくと、そっとその子の肩を揺すって声をかけた。
「ほら、起きて? そろそろお目覚めの時間よ?」
「うぅん…………」
思ったよりもずっとあっさり、子供が声を上げて目を開く。その眠そうな目が私を捕らえると、まっすぐにこちらを見ながら、子供特有の高い声で話しかけてくる。
「お姉さん、誰?」
「私? 私はルナリーティアよ。貴方は?」
「…………アレン」
「そう、アレンって言うの。一人で立てる?」
「うん……」
私の言葉に頷くと、アレンがゆっくりと立ち上がる。白い瞳に白い髪、白い服を身に纏った、五、六歳と思われる、おそらく人間の男の子。その幼い顔立ちにはどこか見覚えがある感じで、私は思わずニンマリと笑ってしまった。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないの。ただアレンの顔を見て、嬉しいなって思っただけよ」
「嬉しい? 何で?」
「深い理由なんて無いわ。ただ貴方と会えた事が嬉しいの。それじゃ駄目かしら?」
「…………駄目じゃない」
膝を折り、同じ目線で語る私に、アレンが何処かぼんやりとした顔でそう答えてくれる。どうやら初対面で嫌われることはなかったようだ。ならばと私はアレンの肩に手を添え、更に話を続けていく。
「ねえ、アレン。よく聞いて。私達は今、とっても不思議な場所にいるの。沢山の世界と繋がっていて、でも順番にしか行けなくて……そんな世界の一番最後に、私はどうしても行きたいの。
だからアレン、貴方も一緒に行ってくれないかしら?」
「え? 何で? ボクはずっとここでいい……」
私のお願いに、アレンはそう言って俯いてしまう。だから私はグッとアレンに自分の顔を近づけ、楽しげに笑いながら言う。
「あら、そうなの? でも外に出たら、すごーく楽しい冒険が一杯待ってるわよ? 気持ちのいい草原でお昼寝したり、深い森でキノコを探したり、高い山から世界を見渡したり、広い海で泳いだり!」
「……………………」
「それに、お友達だってきっと沢山できるわ。知ってる? 世界には、凄く沢山の人がいるのよ? アレンみたいな人間が一番多いけど、ふわふわの毛皮に包まれた獣人とか、全身鱗だらけの魚人とか、あとはちっちゃいけど力持ちのドワーフなんかもいるわね」
「冒険……お友達…………」
「そうよ! どう? 楽しそうでしょ?」
「…………でも、怖い」
顔を上げかけたアレンが、そう呟いてまたしょんぼりと俯いてしまう。そんなアレンを、今度は優しく抱きしめた。
「そうね、きっと怖いことや辛いこと、悲しいこともあるわ。冒険は楽しいけれど、楽しいことだけじゃないもの」
「じゃあ、やっぱりボクは――」
「でも、大丈夫よ。だって私が、ずっと一緒にいてあげるから」
「…………お姉ちゃんが?」
「ええ。辛いときや悲しいときも、嬉しいときも楽しいときも、ずっとずっと一緒にいるわ。それでもまだ怖い?」
「…………ちょっと」
「そっか。ならお試ししてみるのはどう?」
「おためし?」
「そう。とりあえず一回だけ、一緒に外の世界に出てみない? そこで大冒険……できるかはわからないけど、まずは少し暮らしてみましょう? それで『もう嫌だ』ってなっちゃったら仕方ないけど、試してみないで諦めちゃうのは、勿体ないわよ」
「もったいない……」
「そうよ、凄く勿体ないの! だって世界は……」
アレンの体を抱きしめたまま、私は空を見上げる。そこにはただ真っ白な景色が広がるだけだったけれど……その遙か先には、私が一番会いたい人が待っている。
「世界はこんなにも、愛に溢れているんだから」
「……………………」
私の言葉に何も応えず、アレンが私を押しのけてしまう。ひょっとして伝わりづらかったのか、それとも何か嫌われることをしてしまったのかと少しだけ心配になったけれど……
「…………行く」
モジモジしながら、アレンが小さな手を差し出してくる。私はそれを満面の笑みで受け入れると、手を繋いで扉の前まで歩いて行った。
「さあ、アレン。この先が別の世界よ。ここって白ばっかりだったから、色が多くて驚いちゃうかもね」
「色が多いと、驚くの?」
「そうね、きっとビビビッてなっちゃうわ!」
「ビビビ……」
不思議そうな顔で呟く少年に、ティアはもう一度優しく微笑む。「ン」を与えられた「アレ」は、かつて魔王がそうであったように死んで記憶も力も失った。そうして生まれ変わった魂と共に、私はもう一度世界を巡る。この世に生きる喜びも苦しみも、等身大で感じられるように。
「じゃ、行くわよ! れっつごー!」
「ごー?」
キュッと握った幼い手の感触を確かめてから、私はその最初の一歩を勢いよく踏み出していった。




