自分がどれだけ大きくなろうと、師匠はずっと師匠である
「これが最後の置き土産なのだ! 衝破肉球拳!」
手首を合わせて突き出された一対一〇個の肉球が震え、前方を塞ぐ「羽付き改」達を纏めて吹き飛ばしていく。その成果を見届けると、ワッフルはゆっくりと尻尾を振ってから光となって消えていった。
「お前達、強い。でも私達、もっと強い! 我らの未来、お前達なんかに邪魔させない! ウラァァァァァァァァ!!!」
雄叫びをあげたドナテラが、手にした棍棒で「羽付き改」に殴りかかる。守りを知らないその攻めは大量の光の矢を受けながらも止まることはなく、消える寸前まで敵を打ち倒し続けた。
仲間が、勇者が減っていく。だが確実に目標には近づいていく。焦燥感に身を焦がし、喪失感を踏み潰し、ただただ「神」のところに辿り着くためだけに邁進したその道程が、遂に終わりを垣間見せる。
『船体破損率、二六%。目標地点到着まで、残り三分です』
「あと少しだ! みんな、あと少しだけ頼む!」
眼前に広がる白い壁は、もはや見上げようと見渡そうとその全てが白に染まっているほどでかい。もしもこの中にいる「神」がこれに見合う大きさだというのなら、その体はどれほどに大きいのか想像もつかないほどだ。
というか、存在として大きいというのはわかっていたが、まさか物理的にもこんなにでかいとは……いや、今は考えまい。考えてもどうしようもねーしな。
「エド、前!」
「チッ、またかよ!?」
と、そこでティアの叫びに反応すると、目の前の白い壁からもう何度目かわからない白い霧が発生する。それは放っておけばすぐに「羽付き改」へと変わってしまうとわかっているのだが、霧の状態では俺の「終わりの力」も当たったところにしか発揮できないので、ぶっちゃけどうしようもない。
「マズいぞエド、この至近距離で大発生されては……」
ゴウの言葉に、俺は思わず顔をしかめる。だが何かを決める前に、船の中から大きな声が響いた。
『このアタシを誰だと思ってんだ! こんなもんで、アタシの進路を遮ることなんてできやしないんだよぉ!』
船の穂先に突然小さな火が灯ると、そこから広がった光が前方の霧をパッと晴らしていく。あれはまさか、灯火の剣の……っ!?
「船長! レベッカ船長!?」
『……ハッ。これでこの海は自由になった。あとは好きにやりな』
『操舵手の消失を確認。オートパイロットに移行します』
「船長……っ! ありがとうございました! ノアブレイン、全速前進!」
レベッカの置き土産に涙を堪えながら、俺は船に指示を出した。無人の野を行くノアブレインは何者にも阻まれることなく、遂に神の閉じこもった殻の直前に辿り着く。
『目的地付近に到着しました。オートパイロットを停止します』
「漸く、か……後はこれを、俺の『終わりの力』でこじ開けりゃいいんだろうが……」
目の前にそびえ立つのは、これ以上ない程に壁だ。見上げようと見渡そうと広がる、一面の白い壁。中と外を明確に分ける、絶対的な拒絶の証。正直こんなものをどうにかできる気はこれっぽっちもしないんだが……
「……ま、やってみるしかねーか」
俺は壁に対して垂直に「夜明けの剣」を構え、その切っ先を押し当てる。グッと力を込めて「終わりの力」を発動させてみると、ほんの少しだけ刀身が壁に食い込んだ手応えを感じられた。となれば、やり方はこれでいいんだろうが……
「いやいや、これどんだけ時間かかるんだよ!? もっとこう、ノアブレインのアレで削ったりとかできねーのか?」
『対象の創世因子の量が、測定限界値を超えています。当船のいかなる機能を以てしても、当該の物体を傷つけることは不可能です』
「あー、そう? そりゃどうも、ご丁寧に」
「むぅ、それが壺であるなら、俺が割ってやれたんだが……」
「流石にこんなでっかい壁は、私にも分析できないわね」
『あ、でも、もしこれの中が迷宮になってるとかなら、私が案内できるかも?』
『チュッチュッチュッ、そうだな。研究者としては是非とも中を見てみたいものだ』
「えっと……歌とか歌いましょうか? ちょっと元気が出るかも?」
「おいボンクラ! さっさと次の金属を持ってこい!」
「は、はい!」
何だかみんなが好き放題なことを言っている気がする。というか、師匠はまだマグナをこき使ってたのか……
「悪い、みんな。こいつが貫通するまで、俺と船を守ってくれ!」
「この僕に護衛依頼を出すというのなら、高くつくよ? そうだね……世界の未来を取り戻すってのでどうだい?」
「ハハッ、そいつは確かに破格だな!」
アレクシスの言葉に笑って返し、俺は剣に力を入れる。集中、集中、ひたすらに集中……無駄なく、ゆがみ無く、滞りなく、終わりの力を神の殻へと浸透させていく。
そんな俺の周囲では、更に過激になった「羽付き改」達と勇者達との戦闘が一気に激しさを増していく。だがそれでも、俺は防御も回避も迎撃も考えない。ただ俺がするべきことに、俺しかできないことに全力を注ぐのみ。
「ぐぅ!? だが、仲間の絆は割らせんぞっ!」
一瞬辺りに炎が吹き荒れ、ゴウの気配が消える。
「かつては復讐にしか使えなかった命、守るために潰えるなら本望!」
一瞬辺りに吹雪が舞い、ハリスの気配が消える。
だが俺は動じない。ここで動揺して彼らが命がけで稼いでくれた時間を無駄にすることなど許されるはずがない。心を細く、意識を一つに。一心不乱に作業を続ける俺に……しかし最後の最後で、看過できない変化が起きた。
ピシッ!
「なっ!?」
ティアに次いで俺と共に長い旅を歩んできた、もう一人の相棒……「夜明けの剣」の刀身に、小さな亀裂が入ったのだ。
だが、それも無理からぬこと。そもそもこの「夜明けの剣」は、自分が魔王だと思い出してすらいない頃の、人間としての俺にドルトン師匠が打ってくれたものだ。むしろそれがここまで耐えてきてくれた方が奇蹟ですらある。
ならその旅路は、一足先に終わってしまうのか? 泣きたくなるほどの無念が胸の奥からせり上がってきて、俺は無意識に力を――
「おい、馬鹿弟子ぃ!」
「っ!? 師匠!?」
大声で怒鳴りつけられ振り向くと、ドルトン師匠が俺に向かって一本の剣を放り投げてきた。形状的には俺の「夜明けの剣」とそっくりながらも、燃えるように赤い背の部分から、深く静かな黒い刃へと色を変えていくそれは……!?
「えっ、まさかこれ……!?」
「そいつの銘は『黄昏の剣』だ! 知ってんだろ!」
「そりゃまあ……いやでも、どういうことですか師匠!?」
「いいか、よく聞け! 大事なのはバランスだ。ただ力を流すだけじゃなく、循環させてゼロに変えろ! テメェはそういう存在なんだろ?」
「……………………」
俺の問いを無視して一方的に言い放つ師匠の言葉に、俺は完全に言葉を失う。だが何も答えられずとも、師匠の言いたいことは理解できた。俺は即座に右手に「夜明けの剣」を、左手に「黄昏の剣」を握ると、両方の切っ先を神の殻へと押し当てる。
ただ「終わりの力」を垂れ流すだけじゃ駄目なのだ。闇夜に送り込んだ力は夜明けと共に回収され、明るい日差しが再び沈む時、またそこに力が送られる。
それは巡る永遠。終わりなき円環。故にそこには歪な負荷などなく、体を巡る血のように神の殻に終わりの力を通していく。
ピシッ……ピシッ…………
少しずつ、殻に入ったヒビが大きくなっていく。よし、いける! これなら……
「師匠! ありがとう……………………っ」
振り向いた先に、既にドルトン師匠の姿はなかった。だがそこに、俺は確かに満足げな笑みを浮かべた師匠の顔を見た。
「――ありがとう、ございました!」
最後の教えに、最高の贈り物に、俺は必死に涙を堪えて二本の剣に力を巡らせ続ける。そして遂に……
パリンッ!
「ティア!」
「エド!」
割れた穴が猛烈に俺を吸い込み始め、俺は「黄昏の剣」から離した手をティアに向かって伸ばす。すると「羽付き改」を食い止め続けてくれていたティアがこっちに走ってくるが、踏ん張るのが精一杯で動けない俺と、背を向けたティアに向かってそれぞれ光の矢が飛んできて……
「今この一時だけでいい! 俺に幻の勇者の力を!」
「この僕が、仲間をやらせるわけないだろう!」
一周目の時の装備に身を包んだマグナがティアの背を守り、俺に突き刺さりそうだった攻撃をアレクシスが弾く。
「アレクシス! それにマグナさん!」
「こっちは大丈夫だ!」
「フフッ、今度は僕が、君達を送り出してやろう。だから安心して行きたまえ!」
「二人とも……行きましょう、エド!」
「ああ、行くぜティア!」
飛び込んできたティアを抱きしめ、俺達は殻の中へと吸い込まれていった。




