適材適所の配分は、替えが効かないということでもある
津波のように押し寄せる「羽付き改」の猛攻を、俺達を乗せたノアブレインはひたすらに突き進んでいく。だが敵に近づくということは、それだけ敵の攻撃が激しくなるということだ。もはや白い壁になりつつある正面目標からは今も絶えず「羽付き改」が出現しており、その密度も徐々に増している。
『チッ、こいつは厄介だね! 坊や、どういうことだい!?』
『ひっ!? すみません、でもここが一番緩いんです!』
『これでかい!? ったく、たまったもんじゃないねぇ!』
操舵室から聞こえてくるレベッカとトビーのやりとりは、甲板で戦う俺達全員の内心を代弁しているかのようだ。実際雨のように降り注ぐ光の矢と、直接乗り込んできた「羽付き改」の処理は、とっくに追いついていない。
「ぐっ、うぅぅ…………あぁぁっ!?」
と、そこでパリーンと派手な音を立て、アメリアの張っていた青い結界が砕け散った。自身が突き飛ばされたかのように甲板に倒れ込むアメリアに、慌ててリーエルが駆け寄っていく。
「アメリアさん!? すぐに治癒を……」
「いや、必要ない。どうやら……ここが私の限界のようだ」
アメリアの体が薄くなり、点滅を始める。それは勇者達の体を構成している「創世子」が、力を使い果たしたことを意味している。
「すまないな、エド君。できれば最後まで付き合いたかったが……」
「いえいえ、十分助けてもらいましたよ。アメリアさんがいなければ、この船はとっくに壊れてたでしょうから」
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」
倒れたまま上半身だけ起こして言うアメリアに、俺は跪いて声をかける。するとアメリアは俺の方に腕を伸ばし、その手でそっと頬に触れてきた。
「大丈夫。私達の国を守ってくれたように、君達なら世界だって守れるさ。朗報を期待しているよ、エド君」
「任せて下さい!」
「フフッ、頼もしいな……」
疲れた顔に笑顔を浮かべたアメリアの体が、黄金の粒子となって消える。その事実をほんの一瞬目を閉じて噛み締めると、俺はすぐに立ち上がって戦闘に戻っていった。すると隣で魔法を放ち終えたティアが、そっと俺に話しかけてくる。
「ねえ、エド。アメリアさんをもう一度呼ぶことは……できないのよね?」
「ああ。『勇者顛末録』は一冊しかねーからな」
勇者の全てが記録された「勇者顛末録」こそ、今この場にいる彼らの本質だ。それを抜いて器にガワを被せても、単なるそっくり人形ができあがるだけである。
そして「勇者顛末録」に代わりなどない。情報そのものはアガスティア・アーカイブにあるので、ここで失われたからといって勇者の生き様、魂が消えるということはないが、この場で自在に複製を手に入れられるような、そんな軽い存在ではないのだ。
ちなみに、勇者達に後付けで力を補充するのも不可能だ。死にそうな人間のところに別の人間を連れてきて、そいつの寿命を継ぎ足してくれって言うようなものだからな。神ならできるんだろうが、生憎と終焉の魔王にはそういう権能はないのだ。
「さあティア、気合い入れ直せ! こっからは更に厳しくなるぞ!」
「わかってるわ! アメリアさんの頑張りを無駄になんてしたくないもの!」
鉄壁を誇ったアメリアの防御がなくなったことで、敵の攻撃が倍も激しくなったかのように錯覚する。そしてそれは、確実に俺達の戦力を削っていった。
「チッ、やっぱり俺じゃ足手まといだったか……」
力を使い果たしたジンクが、荒い息を吐きながらその場に膝を突く。そもそも勇者としての力を目覚めさせていなかったジンクが無理矢理に戦闘に加わっていたわけなので、力の差分を埋めるための消耗が極めて大きかったせいだろう。
「やっぱりまだまだか……マオちゃんのこと、守りたかったな……」
悔しげな表情を浮かべるユートの体が、黄金の光になって消える。魔王と和解しているせいで、ユートの力もやはり無理矢理に引き上げられていたからだ。
「エド、ジンクとユートが!」
「わかってる! でもどうしようもねーんだから、気にするな!」
「気にするなって、そんな……っ!?」
「ティアが自分で言ったんだろうが! ……あいつらの頑張りを、無駄にするな」
敵に襲われて怪我をしそうとかなら、守りようもある。が、単純に自分の力を使い果たしただけとなると、俺ではどうしようもない。やり方があるとすれば戦わせずに船の奥にでも待避させておくくらいだが、それは助けに来てくれたアイツ等の気持ちを侮辱する行為だ。
だがそれでも、握る拳には力が入る。あいつらの……ここにいる皆の覚悟と決意を、俺は未来永劫忘れない。
「…………ごめん、エド」
怒鳴るように声を荒げてしまった俺に、ティアが謝ってきた。唇を噛み締める横顔をそのままに、俺は俺は更に苛烈さを増す攻撃をしのいでいく。
「ごめんなさい、ここまでみたいです……」
「悪いエド、超! 限界だぜぇ……」
一人、また一人、櫛の歯が欠けるように、勇者達が光に帰っていく。その度に一人当たりの負担が増し、それが勇者達の活動時間を縮めていく。
『こりゃよくない流れだねぇ……? 坊や?』
『すみませんレベッカさん……僕もそろそろ…………』
『……ああ、そうかい。ならゆっくり休みな』
俺達の見えないところで、トビーが光に還っていく。ずっと敵の動向を分析していたアネモが代わりに操舵室に向かったようだが、被弾率は格段に上昇した。
『すみません皆さん! 私じゃこのくらいしか……』
「気にすんなアネモ! その分はこっちでカバーする!」
「ふむ、ならば私も少しくらいは、敵のチュー意を引く努力をしてみよう」
申し訳なさそうなアネモの声に、俺は努めて気楽な口調でそう叫び返す。加えてチューリッヒが鞄の中から何かを放り投げ、それが煙幕やら閃光やらを放つのだが……正直「羽付き改」の気を引いたり、邪魔をするのに役立っているようには見えない。というか、船の移動速度が速すぎるせいで、出現したそれらは一瞬で背後に流れてしまうのだ。
「……やはり無意味、か。せめてニャムケット君がいれば、もう少し役に立てると思うんだが」
『私も、シェルカーと一緒なら……いえ、そんな弱気なこと言ってたら、逆に怒られちゃいますね』
「チュッチュッチュッ、そうだな。我らは我らで、できることをせねば」
『少し荒れるよ! 全員、しっかり踏ん張りな!』
アネモとチューリッヒが慰め合うなか、響いたレベッカの声に合わせて船体が激しく動き始める。それでもかわしきれない光の矢が幾本も船体に迫ってきたが……不自然に船体が横移動し、辛うじてそれを回避する。
「ギョハー、ギョハー……人使いが荒すぎるギョー!」
「頑張ってくださいギンタ様! 私も頑張って未来予知しますから!」
どうやらマーガレットがほんの少しだけ未来を見て、ギンタが船体を押して移動させてくれたらしい。しかしギンタはともかく、マーガレットの力は本来そういうものじゃない。この場で円環の力は発動させようがないから、未来予知という歪んだ形で力を発現しているんだろうが……そんな無茶が長時間まかり通るとは思えない。
「船長! 多少船体がやられてもいいから、全力で突っ込んでくれ!」
『エド? いいのかい?』
「ええ! 賭けに勝つコツは、勝負所を見極めて一気にドカンと賭けることですから!」
『ハッハー! いいね、気に入った! なら全速でいくよ!』
「いいだろう、ならば私も、ここで全力を出し尽くす! 『勇者の号令』、死力を尽くして本懐を為せ! ……あとは、頼んだ」
「「「オーッ!」」」
最後の力を使い果たし、ニヤリと笑ったローレンツの体が消える。託された力が己の内で燃え上がるのを感じながら、俺達は吹き飛びそうな勢いで敵の直中へと突っ込んでいった。




