その軌跡には、無数の奇蹟が詰まっている
「こ、れは……………………」
戦闘中にも拘わらず、俺は手にした本に全ての意識を持っていかれた。周囲には「羽付き改」共がぶっとい光の矢を投げてきているが、それを一切気にすることなく、俺は本のページを開いて中を読んでいく。
そこに書かれていたのは、何とも醜く情けない、とある青年の話だった。家に帰りたい、ただそれだけを願う青年が、必死に勇者に媚びへつらい、そして最後は捨てられていく話。
もっとも、その青年はあっという間に死んでしまった。勇者なんて選ばれた存在が立つ戦場は、単なる雑傭兵でしかない青年がいるにはあまりに分不相応であるから、当然と言えば当然だ。
だというのに、物語はそこで終わらない。死んだ青年は最初に戻る。何度死んでも、殺されても、全ての記憶を失った青年の旅はひたすらに始まり続ける。
ページをめくってもめくっても、書かれているのは青年の死のみ。情けなく逃げ出したり、分を弁えず立ち向かったり、毎回その形は違うけれども、その結末は常に変わらない。死んで死んで死に尽くして……やがて青年の行動に、少しずつ変化が訪れた。
死が、少しだけ遠くなる。書いては消してを繰り返す青年の魂には、消しきれない記憶が少しずつ蓄積し、存在しない経験が徐々に青年に力を与えていく。それと同時に世界そのものの方にも魔王の力が溜まっていき、遂に力をつけた青年は死ぬはずだった相棒を助け、失われた記憶すら取り戻して世界を巡り……そして最後、光を失った世界の果てで、物言わぬ骸となった相棒を抱いて泣きながら死んでいった。
「……え? 死んだ?」
確かに、違和感はあった。俺が俺になる前の記憶はまだしも、はっきりと今の俺になった後の旅路ですら細部が違うのは、ちょっとした記憶違いでは片付けるには些か問題が大きすぎる。しかもそこにきて死んだだと? どういうことだ? 俺はちゃんと生きてここにいるんだぞ?
『警告。防壁の過剰展開によりエネルギー消費量が急速に増加中。早急な対処をお勧めします。エネルギー残量、五〇%』
ノアブレインの無機質な声が、俺の頭上を通り過ぎていく。俺に命中するはずの攻撃まで防いでいるのか、目の前で何度も黒い粒子が敵の攻撃を打ち消しているようだが、それすらほとんど意識が向かない。俺は夢中になって、未だ続いているページをめくっていく。
続きは、再び最初からだった。そしてそこに書かれている内容は、さっき読んだものと概ね変わらない。無論というかやはりというか、繰り返す度に細かい話の流れは違っているのだが、それでも結末は同じだ。死にまくり、死にづらくなり、死ななくなり、生き残ってやり直し……そして最後に「白い世界」に辿り着くと、暗闇に対抗する術がなくて終わる。
幾度も幾度も、それを繰り返した。バラバラと凄い勢いでページがめくれていき、その内容が濁流のように頭の中に押し寄せて……しかし不意にその流れが止まると、目を落とした先では「終わり方」に違いが生じていた。
「アガスティア・アーカイブ……?」
ノアブレインがちらっと、そんな単語を喋ったことがあった。その程度の記憶しかないが、とにかくその俺は奇蹟に奇蹟を重ねた偶然で辿り着いたらしい。その内容を読み進める度、俺の頭を激しい頭痛が襲ってくる。
忘れていたわけじゃなく、消されていた記録。思い出すのではなく、蘇る記憶。そうか、そうか。そうだったのか。確かに俺は、俺達は――――
『警告。消費エネルギー、更に増加。このままでは防壁が消滅します。エネルギー残量、三〇%』
シーナに鍵を託した俺が死に、再び弱い俺が時間をかけて少しずつ生き延びられるようになり……そして遂に、物語は「俺」に追いつく。
懐かしい、遠い日の想い出が、俺の中を過ぎ去っていく。しょぼくれだった俺が「追放スキル」を身につけ、少しずつ出来ることが増えて……だが真実を知らない俺は、やっぱり何処にも辿り着けずに「白い世界」へと戻ってきて……
ティアを助けて、全てが変わった。幾つもの世界を渡り歩き、今度こそ本当に勇者達と仲間になって……
『警告。エネルギー残量の低下により、防壁の展開を停止します。可及的速やかにエネルギーを補給してください。エネルギー残量、五%』
「ねえエド、さっきから凄い勢いで警告が聞こえるんだけど、大丈夫なの!?」
「ん? ティアか。ははは、平気さ。何せ――」
言って、俺は自分の「勇者顛末録」を抱えたまま、左手で抜いた剣をトンとノアブレインの船体に突き立てた。その切っ先から発動した「終わりの力」は、ノアブレインの心臓部にある最後の封印を終わらせる。
見えるわけじゃないし、聞こえるわけもない。だがその瞬間、ノアブレインを目覚めさせたあの黄金の鍵が、カチリと音を立ててもう半回転するのを感じ……
『最終封印の終了を確認しました。「最高最後の大宴会」を解放します』
「えっ? えっ!?」
甲板上に、無数の光る球が出現する。それに合わせて俺が「勇者顛末録」を放り投げれば、バラバラになったページが光る花吹雪となって宙を舞い、光の球に吸い込まれていく。
「さあ、仕上げだ! 『半人前の贋作師』!」
船体に手を突いて、俺は力を発動させる。すると光る球がグネグネと歪み、俺の知っている仲間の姿を取っていく。
「わっふぅ!」
「へぇ?」
「超、参上!」
「ギョギョー!」
「――俺達は、二人きりじゃなかったからな!」
「みんな!」
現れた勇者達に、ティアが声を上げて抱きつく。これこそが真の切り札、かつての俺が残した起死回生の最後の一手。
俺の「勇者顛末録」には、俺が歩んだ全てが記録されていた。つまりそこには、俺が読んだ勇者達の「勇者顛末録」の内容も記録されていたということだ。
そして「勇者顛末録」とは、その勇者の生き様そのもの。ノアブレインが俺の貸した「見様見真似の熟練工」で創世子から器を創り、そこに彼らの全てが刻まれた「勇者顛末録」を魂として宿し、外見を俺の「半人前の贋作師」で整えたのが、ここにいる勇者達なのだ。
「凄い、凄いわエド! これなら……」
「ああ、もう怖いもんなんてありゃしねーよ! みんな、俺に力を貸してくれ!」
「いいだろう、ならばまずは私だ!」
俺の願いを聞き入れ、最初に動いてくれたのは勇者アメリア。彼女が剣を掲げると、ノアブレインの周囲に青い結界が張り巡らされる。それは「羽付き改」達の攻撃を易々と弾き散らし、光の矢はただの一発も俺達のところへは届かない。
「拠点防御は騎士たる私の最も得意とするところだ! もはや貴様等の攻撃が我らを傷つけることは敵わんぞ!」
「なら、次は私ね! むーん…………見えた! エド、今からアタシの言う通りにあのでっかいのを攻撃してみて!」
「キャナル? わかった!」
何やら唸っていたキャナルの指示通りに、俺は「羽付き改」を攻撃していく。羽を終わらせ腕を終わらせ、「羽付き改」が歪な形になったところで、キャナルが新たな指示を出す。
「さあ、あれなら吸収できるはずよ!」
「マジか!? ノアブレイン!」
『オーダー受諾。エナジードレイン、実行…………成功しました。エネルギー残量、一二%』
「スゲーじゃねーか! 流石キャナル!」
「ふふーん、そうでしょ? 報酬は三ツ星堂のふわふわシフォンケーキでいいわよ?」
「帰ったら幾らでも奢ってやるよ! さあ、一気に行くぜ!」
「「「オーッ!!!」」」
無数に重なる勇者の雄叫びに、世界の狭間が希望で揺れる。俺達の最終決戦、その幕が今ここに開いた。




