大歓迎に対抗するには、こっちの予算がちと厳しい
さしあたっては何事もなく、俺達は最初の「世界の川」とでも言うべき場所に辿り着いた。するとそこには俺達が想像もしていなかったような多種多様な世界が浮かんでおり、俺達はそれを遠くから眺めて楽しんでいく。
「うわぁ、世界って色んな種類があるのね」
「だなぁ。まさかここまで色々だとは」
たった一つの巨大な島のようなものだけの世界もあれば、海やら大地やらが全部纏めて丸くなっている世界もある。かと思えば星空がそのまま泡の中を満たしているような世界もあるし、何ならひげ面のオッサンがでかい大地を肩に担いで跪いている世界すらあった。
うーん、あのオッサンは一体何を考えて世界を担いでいるんだろうか? そう言えばヌオーもその目にギンタのいた世界を構成していたし、あれも外から見るとでかい魚が泡に包まれてる感じで見えるのか? 世界、奥が深いぜ……
「ねえねえエド、あれはどんな世界なのかしら?」
「うん?」
そんななか、ティアが一つの世界を指さす。するとそこでは、泡の中で白と茶色のまだら模様をした猫が丸まって寝ていた。こうして見る限りには本当にただ猫が寝ているだけなのだが……ふむ?
「そう、だな……あの体毛の中に世界が埋まってる、とか? あるいは肉球とか鼻に世界が乗ってたりするかもな」
「何それ可愛い! ちょっと行ってみたい……」
『アガスティア・アーカイブより、参考文献の検索を完了。あれは推定「寝子」だと思われます』
「猫? そりゃ猫でしょ?」
『そうではなく、寝る子供とかいて「寝子」です。あの寝子が見ている夢が世界であり、寝子が目覚めると世界が終わると言われております』
「えぇ? 起きちゃったら終わっちゃうなんて、随分と儚い世界なのね」
「世界と神なんてそんなもんだろ? 今だってあそこにいるらしい『神』とやらの気まぐれで、俺達のいた世界は真っ暗になっちまったわけだし」
「あー、言われてみればそうね」
世界は、いつだって理不尽に満ちている。それは神だの何だのなんてスケールの大きなことだけじゃなく、たとえば俺達だって顔に蜘蛛の巣がつけば振り払うし、歩くときにアリを踏み潰さないように気をつけたりしない。
そうやって自分達も自分より小さなモノに理不尽を押しつけているのだから、上から理不尽を押しつけられることだってそりゃあって当然だろうし、それを甘受する必要もない。アリだって蜘蛛だって、敵に対しては噛み付くのだ。なら人間が……俺は魔王だが……神に噛み付くことだってあるんだろうさ。
『警告。高エネルギー反応を多数確認』
と、そんなことを考えている俺の耳に、不意にその声が届く。慌てて神がいるであろう方向に顔を向けると、その白い球から、やはり白い霧というか、もやのようなものがゆっくりと広がっていくのが見えた。
「何かしらあれ? ぶわーって広がってきてるけど……?」
「さあな。歓迎の花吹雪ってことはねーだろうが……」
いい予感はこれっぽっちもしねーが、とはいえこの距離では何もわからない。
「ノアブレイン、前進を継続だ」
『かなりの危険が予想されますが、構いませんか?』
「覚悟の上だ」
『オーダー受諾。前進を継続します』
立ち止まったところで、あれがこっちに押し寄せてくることに変わりはない。かといって引き返すには時間も燃料もなく、見た感じ全方位に放出されているので、迂回による回避も困難。
なら正面から迎え撃つ。そう腹を決めて船は進み……やがてその白く輝く光のもやの正体が判明する。
「おいおい、マジか……!?」
「嘘でしょ!? あれ全部が『羽付き』なんて……っ!?」
白い球から広がってきたもやは、その全てが「黒騎士」と共に戦った神の欠片、その戦闘形態であった。あれが見た目通りに「羽付き」と同じ存在、能力であった場合、いいことも悪いこともある。
いいことは、「羽付き」単体の戦闘力は、今となってはそれほど脅威ではないということだ。少なくとも俺なら、一刀で斬り伏せることができる。
そして悪いことは、会話や交渉の余地がないということだ。つまり俺達は、あれを倒す以外の選択肢を与えられていない。
まあ、それはいい。そこまでは何とかなる。だが最後にして最悪の問題は……その数が尋常じゃないということだ。
「なあノアブレイン。大体でいいから、敵の数はわかるか?」
『計測中……計測中……現時点で、およそ二〇〇兆ほどと思われます』
「ふひっ」
思わず変な声が出た。いやいや、どんな数だよ!? そんなのもう、笑うしかねーだろ。
『朗報もあります。戦闘可能な領域に同時に存在できる数は、一度に一〇〇体ほどが限界かと思われます』
「あー、そうかい。随分と減ったもんだ……よしノアブレイン、このまま突っ込むぞ!」
「ちょっ!? エド、いいの!?」
「いいも悪いも、今しかねーんだよ。もし戦いじゃなく壁になることを選ばれたら、それこそこっちにはどうしようもなくなるからな」
敵の数がそこまで多いとなれば、敵はもはや俺達を倒す必要すらない。進路上でギュウギュウに密着し、肉の壁となるだけで俺達は為す術もなく足を止められてしまうのだ。そうなったらならば味方毎集中砲火を浴びせられ、俺達の旅はあっさりと終了してしまうことだろう。
だが高速で近づいている今ならば、敵の密度はそれほどでもない。無論交戦にはなるだろうが、今ならその隙間を縫って先に進むことができる。
「あんだけ大軍を出してきたってことは、こっちに近づいて欲しくねーってことだ。なら他のことは近づいてから考えりゃいい。さあ、派手に行くぜぇ!」
ゆっくりと船首に歩いて進み、腰から「夜明けの剣」を引き抜いて構える。グングン近くなってくる「羽付き」の大軍を前に、俺はニヤリと笑って黒い光を纏わりつかせた剣を……一閃!
「――――っ!?」
その軌跡にいた「羽付き」達が、あっという間に黒い塵となって消えていく。それを皮切りにギュルンと全方位に回り込んだ別の「羽付き」達が、その手に持った槍の先端から一斉に光の矢を打ちだしてきた。
「消えよ」
「消えないわよ! ……くっ!」
それに対抗したのは、ティアの精霊魔法。だが俺と違って特に強くなったわけではないティアの魔法では「羽付き」の攻撃を防ぎきることはできず、半分以上がノアブレインの船体に命中し……しかしノアブレインの全体を覆う黄金の粒子が一瞬だけ黒く変色すると、「羽付き」達の攻撃を完全に防ぎきった。
「うぅ、ごめんねノアブレイン。大丈夫だった?」
『問題ありません。防御機構は正常に作動中』
「『不落の城壁』を貸しといてよかったぜ……おら、お返しだ!」
返す刃で攻撃をしてきた「羽付き」を終わらせていくが、一瞬の後には追加が入ってきてしまう。敵の数は一切減る様子がなく、しかも俺には視認できない船の下や後ろからもひっきりなしに攻撃が飛んでくる。
「くっ、うぅぅ……駄目、とってもじゃないけど全部は防げないわ!」
「無理して全部防ごうとするより、確実に数を減らしていけ! そっちの方が効率はいいはずだ!」
「わかったわ!」
俺はひたすら「羽付き」を斬り、ティアは四方八方から飛んでくる光の矢を防ぎ続ける。だが敵は無尽蔵なのに対して、こちらは二人。俺はまだしもティアの方はそう遠くなく限界を迎えるだろうし……
「ノアブレイン、神のところまではあとどのくらいだ?」
『現状のペースで進行し続けた場合、目的地到着まで、残り一六二時間です』
「そうか。ならエネルギーはどのくらい保つ?」
『現状のペースで消費し続けた場合、活動限界まで、残り七分二〇秒です』
「ハッ! 上等!」
考えるまでもなく、防御に回すエネルギーが足りていない。というか、ひょっとしたらもう何の障害もなかったとしても辿り着けないほどに消耗しているんじゃないだろうか? やはりどうにかしてエネルギーを調達する必要があるようだ。
「つーか、エネルギーの元自体はここに溢れてるんだよな。となると、必要なのは加工手段なわけだが……っ!?」
俺の脳裏に、稲妻のような閃きが走る。ひょっとして……いけるのか!?
「ティア! 一分だけ保たせてくれ!」
「エド!? 何をするの!?」
「なーに、ちょいとこのポンコツ船に、飯を食う喜びってのを教えてやろうと思ってな!」
俺はそう言って甲板を蹴ると、一目散に操舵室へと向かっていった。




