誰かに選ばれたのではなく、自ら選んでここにいる
そうして熟考に熟考を重ねた結果、俺がノアブレインに貸し出す「追放スキル」は、以下の四つになった。
一つ目は、言わずもがなの「失せ物狂いの羅針盤」。俺が自分で使ったうえで目的地の方角を指さすこともできなくはなかったが、都度進行方向を修正するくらいならノアブレインに任せた方がずっと早くて確実だからな。
二つ目は、「旅の足跡」。周囲が何もない、だだっ広い空間ということで俺には使い道がなかったのだが、ノアブレインに委譲することで正確な現在位置や移動経路などがわかるようになったらしい。俺やティアが見ても一面の黒だけなので、これもノアブレインに託した方が有用だろう。
そして残りの二つは、「不落の城壁」と「吸魔の帳」である。これに関しては俺自身が持っておくかどうか最後まで迷ったのだが、どのみち船が沈んでしまえばどうしようもないことや、俺なら回避や迎撃できる攻撃も、全長三〇メートルもあるノアブレインでは受けるしかない場面があるかもと見越してのことだ。
ちなみに、ノアブレインの主動力は「神の欠片」の力だが、それ以外にも魔力で動いている部分がないわけではない。なのでノアブレイン自身が制御、管理する分にはともかく、俺が適当に「吸魔の帳」を使ってしまうと何らかの悪影響が出る可能性もあるってところも委譲のポイントだな。
逆に、「追い風の足」や「不可知の鏡面」は渡さなかった。「追い風の足」の加速は有用ではあるがエネルギー消費が大きいらしく、「不可知の鏡面」による透過はそれに輪をかけて燃費が悪いうえに、使うと俺達まですり抜けて落ちてしまう可能性があるとのことなので、この辺は俺が持っておくことにした。
その他も色々話し合ってみたが、まあ有用なのはこのくらいだろうということで落ち着き……そして一〇日後。当初「神」の元に辿り着いているはずだった時間を大幅に超過しながら壁際を進む俺達の前に、遂に白い格子のほころびが見つかった。
「本当だ、あの辺だけ白い線がないわね?」
「ようやくか……大分かかったな」
位置的には、内側から見た箱の角とでも言うべきだろうか? 周りが全部黒で奥行きなどが全く認識できないため極めてわかりづらいが、十字に交差するはずの一部が抜け、不自然な隙間があるのが見て取れる。
「にしても、ありゃ脆弱っていうか、穴が開いてんじゃねーか? ならそのまま通れそうだが……」
『確かに穴が開いていますが、当船が通れるほどの大きさはありません。あの部分を穿孔する必要があると思われます』
「そっか。ならやってみるしかねーだろ。いけ、ノアブレイン!」
『オーダー受諾。船体前方に螺旋掘削フィールドを展開。穿孔作業を開始します』
俺の指示を受け、ノアブレインの前方に収束した黄金の粒子が、螺旋に渦巻く円錐を描き出す。そのまま本来ならば白い線が交わっているであろう、だが何もない真っ黒な場所に突っ込んでいくと、ガリガリと見えない何かを削り始めた。
「いけそうか?」
『作業進行率一〇……一一……一二……終了まで残り四分二〇秒』
「大丈夫そうね」
「そうだな」
ティアの言葉に、俺は「ここに関しては」という言葉を飲み込む。大幅な遠回りに加え、明らかに多量のエネルギーを消費してるであろう次元に穴を開ける作業……果たして目的地に辿り着くまで保つのかどうか。心配だが、補給する手段がないのだからどうしようもない。
空間を削る螺旋、そこから飛び散る火花のようなものは、俺達の命とほぼ同義。それがすり減っていくのを黙って見つめること数分。
『穿孔完了。ただいまより、封印世界からの脱出を試みます』
「おう、頼むぜ」
『オーダー受諾。ノアブレイン、発進』
白い格子の横を通り過ぎた瞬間、周囲が再び完璧な闇に変わる。それを更に進んで行くと突如として視界が開け、そこには今まで俺達が見ていた「世界の姿」とは明らかに違う景色が広がっていた。
「うわぁぁぁぁ……ひょっとして、あの光ってるのが全部世界なの? 目がチカチカしちゃうわね」
「ははは、そうだな……そうか、これが本当の世界なのか」
眩しいほどの光の粒が、川の流れのように輪になってゆっくりと動いている。しかもその輪は何重にもなっており、世界の総数が幾つなのかなんてのは考えるのも馬鹿らしい。
これを見てしまえば、さっきまで広大だと思っていた俺達の世界が、如何にちっぽけな箱の中だったのかを理解せざるを得ない。なるほど確かに、こんな景色を産み出せる奴からすれば、俺なんて羽虫どころかノミ一匹にすら到底届かない小物だろう。
「……ふへっ」
「どうしたのエド、変な声だして」
「いや、これからこの景色を産み出した奴に会いに行くんだなぁと思ったら、流石にちょっとビビったというか。むしろティアは随分落ち着いてるな?」
「そんなことないわよ。強いて言うなら、驚きすぎて逆に冷静になっちゃったとか? あとは……ちょっと情けない話だけど、相手が凄すぎて理解が追いつかないって言うのもあるのかしら」
「あー、そっか。まあそうだよなぁ」
自分の一〇倍、一〇〇倍凄い相手ならその凄さも伝わってくるが、一兆倍と一京倍の差までくると、どっちも凄いとしか思わなくなる。俺の魂が混じってるし、勇者パーティの一員として相応しい猛者ではあっても、あくまでも普通のエルフの強さしかないティアからすれば、そんな感想も止むなしだろう。
「ねえ、エド? 私――きゃっ!?」
何かを言いかけたティアの体を、俺はやや強引に抱き寄せる。
「ちょっと、何?」
「悪い悪い、ちょっと勇気というか、やる気を補給したんだよ」
「えぇ? 何よそれ……フフッ」
ニヤリと笑う俺を見て、鼻がくっつきそうな距離にあるティアの顔にも笑みが浮かぶ。
「いいじゃねーか。でかすぎる敵を前にビビるのなんて、よくあることさ。勇敢な怖い物知らずほど先に死に、臆病で慎重な奴ほど生き残る。負けてもいいなら逃げ出したいところだが……最後に勝利が欲しいなら、ここが踏ん張り処だ。
なあティア、俺がここにいられるのも、ここから一歩踏み出せるのも、ティアがいてくれるからだぜ?」
「あら、そう? エドなら何だかんだ言って、自分だけでもどうにかしちゃうんじゃない?」
「ハッ! そんなことができるのは、世界に愛された勇者様くらいさ。俺みたいな敵役は、それっぽい理由がねーとあっさり退場させられちまう。
なのでお嬢様におかれましては、是非とも俺をこの舞台に繋ぎ止める楔になっていただければと」
「……それは私でいいの?」
「ティアじゃなきゃ駄目なんだ」
まっすぐ見つめる翡翠の瞳を、俺もまたまっすぐ見つめ返す。
出会う順番が違ったならば、俺の隣には別の誰かがいたかも知れない。他の誰かと背中を合わせ、ここまでやってくる可能性だってあったのだろう。
だが、そうはならなかった。俺はティアと出会い、ティアは俺についてきてくれて、だから俺達は今ここにいる。互いの意思で隣に立つことを選んだ俺達の関係は、運命に定められた唯一無二なんかよりずっと尊いと心から信じられる。
「目標はもう目の前だ。一緒に行こうぜ、相棒!」
「ええ! 頑張りましょう、エド!」
星の川で作られた輪が幾つも重なる中心に輝く、一際白く巨大な何か。この距離では単なる白い球にしか見えねーが、おそらくあれこそが「神」を名乗る存在の居る場所なんだろう。というか、あれだけ目立ってて違ったら逆に驚きだ。そんな意外性は期待していないので、是非あそこに居て欲しい。
「よーし、ノアブレイン! 目標に向かって全速前進だ!」
『当船は既に前進しております。これ以上の速度を出すのはエネルギー効率の観点からお勧めできません』
「お、おぅ? そうか……じゃあ、うん。そのままで」
『張り切って空回りするのは、格好悪いですよ?』
「その突っ込み、いる!?」
「フッ、クックックッ…………エド、格好悪い…………っ」
「ティアまで!? あー、もういいよ! とにかく行け! いい感じに行け!」
『オーダー受諾。いい感じに進みます』
ばつの悪い気配を思い切り背に背負いつつ、俺達は一路、神がいると思わしき場所へと進んで行った。




