利便性と安全性は、いつだって等価交換
目的地到着まで八日間というのは、短いようで長い。如何に幻想的な光景だろうと丸一日眺め続ければ流石に飽き……はせずとも慣れてくるし、ノアブレインは大きな船だが、その大部分は謎の魔導具で埋め尽くされており、興味本位で手を出すのは憚られる。下手に触って壊したりしたら取り返しがつかねーからな。
となると、俺達に出来ることは精々軽く体を動かして自己鍛錬をするとか、適当な話をするかくらいだ。幸か不幸か「白い部屋」を出たことで欲求が普通に戻り、食事や睡眠が必要になったので、それで時間を潰すことはできるようになったが、せっかく「世界の外」なんて場所を旅しているのに、それだけを楽しみにするのは残念すぎる。
まあそれでも、余計なトラブルに巻き込まれないのはいいことだと思うことにしていたのだが……
ビーッ! ビーッ!
「うおっ!? な、何だ!?」
それは出発から三日目の夜。頭の中ではなく現実で突如鳴り響いた音に、俺は慌ててベッドから飛び起きた。ちなみにノアブレインのベッドはしっかり手応えはあるのにモチモチと柔らかく体を受け止めてくる不思議な素材で出来ており、なかなかの寝心地が……って、違う!
「おい、どうした!」
『問題が発生しました。甲板までおいで下さい』
「問題? わかった、すぐ行く」
答えて部屋から出ると、ちょうどティアも部屋から出てきていた。ならばと二人揃って甲板に出ると、すぐにその問題というのが何かわかった。
「何これ? 壁っていうか、網?」
「だな。確かにこれは大問題だ」
船の正面すぐ側に、白い光が格子状に走っている。それは何処までも果てしなく続いており、これが俺と共に一〇〇の異世界を封じ込めているものなんだろうということが直感的に理解できる。
「なるほど、こいつが行く手を阻んでるってわけか……ノアブレイン、この壁をぶっ壊す方法はあるんだろ?」
『対象をスキャン開始。エネルギー密度を測定……完了。当船の残存エネルギーでは、破壊による突破は不可能です』
「は!? いや待てよ、壊せねーって、ならどうやって先に進むんだよ!?」
「網みたいな感じなら、あの隙間とか通れないの?」
『見た目は格子状ですが、隙間に穴が開いているというわけではありません。格子に見える部分数カ所を破壊できれば一時的に障壁を弱めて突破することは可能ですが、そもそも格子を破壊するエネルギーがありません』
「あぅ、そうなのね」
「まあ、弱い部分もぶっ壊せねーのに、一番固そうなところを壊せ、は無理だよなぁ」
ガッカリするティアに苦笑いを浮かべつつ、俺は俺で考えを巡らせる。
「でも、弱いところを探すってのはアリだろ。なら俺の『失せ物狂いの羅針盤』で……」
『それに関して、オーナーに提案があります。操舵室に移動していただけますか?』
「ん? いいけど……ティアも来るか?」
「そりゃ行くわよ! ここに一人で居ても、別に何も思い浮かばないもの」
「はは、そりゃそうだな。んじゃ行くか」
俺はティアと二人で船内に戻り、そのまま操舵室へと移動する。そこには中央正面に立派な舵輪があり、人が操れるようになっているようだ。とは言え俺には操舵などできないので、今はこの船自身に任せているわけだが。
そんな舵輪の左右には金属製の柱が立っており、その上には「白い世界」でお馴染みの水晶玉が一つずつ乗っていた。正面の大きな硝子窓には一点の曇りもなく、何とも邪魔くさい白い格子も丸見えとなっている。
「来たけど、ここで何をすればいいんだ?」
『右側の水晶に手を乗せ、当該の能力を発動してください』
「当該……『失せ物狂いの羅針盤』を使えばいいってことか? なら……っ!?」
俺が力を発動させた瞬間、俺の体からズルリと何かが抜けていく感覚が生まれた。それと同時に舵輪の前方に羅針盤が出現し、グルグルと回り始める。
『探査能力のインストールを確認。封印障壁の脆弱な部分を探査開始します』
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!? ちょっと待て! お前これ、俺の能力を奪ったのか!?」
『奪ったわけではありません。本人との合意の元に借り受けただけです』
「合意した覚えはねーよ! 現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』!」
いつも通りに力を発動させようとするも、俺の手の上に金属枠は出現しない。つまり今、俺はこの船に「追放スキル」を奪われたということだ。
「ふざけんな! これちゃんと返ってくるんだろうな!?」
『能力の権限を元に戻す場合は、左の水晶に手を置き、当該能力のアンインストールを実行してください』
「左? こっちか!?」
言われて、俺は左の水晶に手を置き、力を取り戻したいと念じる。すると舵輪の前方にあった羅針盤が消え、同時に俺の中に何かが入ってきて……
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』! ……おお、出た!」
手を離した俺が力を使えば、いつも通りに「追放スキル」が発動した。
「よかった……ビビらせんなよマジで。これ出し入れするのに回数制限とか、何かリスクはあるのか? 上限は?」
『インストール・アンインストール共に回数制限はありません。また能力の委譲を繰り返すことによる劣化などもありません。ただしオーナーと当船で能力を共有することはできず、当船が能力を有している状態で大破した場合、その能力が永久的に失われる可能性があります。
空きスロット数は一〇二四で、インストール時に必要なスロット数は能力により変わりますが、現オーナーの場合、どの組み合わせでも最低で三〇個まではインストール可能です』
「ほほぅ? そいつは何とも、悩ましい仕様だな」
要は俺の「追放スキル」を、このノアブレインの機能として使えるってことか。それ自体は極めて有用だと思うが、問題は「貸した追放スキルは俺自身で使えなくなる」というところだ。
「なら『失せ物狂いの羅針盤』と『旅の足跡』を貸すのは確定だな。船足を速めるって意味なら『追い風の足』も有効か。
念のためを考えるなら『不落の城壁』と『吸魔の帳』も貸したいところだが……」
船の安全を重視し過ぎると、肝心の俺が弱体化してしまう。今のところ襲撃のようなものはないが、これからもずっと平和だと考えるほど寝ぼけてはいない。
「あ、そうだ。『火事場の超越者』とか『終わる血霧の契約書』を貸した場合は、どうなる?」
『爆発します』
「お、おぅ、そうか。そうだよな」
『船は人間ではありません。気合いや根性で性能はあがりません。いきなり出力が一〇倍や一〇〇倍になったら、爆発します。絶対にやめてください』
「わかった! わかったって! やらねーから心配すんなって」
『よろしくお願いします。エルフのお嬢様も、よろしくお願いします』
「お嬢様!? わかったわ、エドが馬鹿なことをしようとしたら、お尻をつねって止めてあげるわね」
『ありがとうございます』
「フフーン、任せて!」
船におだてられたティアが、ご機嫌に耳を揺らして自分の胸を叩き……何故かちょっとだけ期待を込めた目を俺に向けてくる。
「……いや、しねーよ?」
「そりゃ本当にしたら駄目だけど、するフリくらいはしてもいいのよ?」
「何でだよ!? そんなに俺の尻がつねりたいのか!?」
「そんなことないけど……でもほら、頼られたら活躍したくなるじゃない?」
「それは俺の尻をつねる以外の場面でお願いします……お嬢様」
「むぅ、残念ね。でもお嬢様だから、我慢しておくわ」
「ははは……」
とんだお嬢様がいたもんだという思いに苦笑いを浮かべつつ、俺は頭の中で貸し出す「追放スキル」の種類を吟味していった。




