「次がない」は脅し文句じゃなく、覚悟を決めるきっかけだ
世界の壁を黄金の螺旋でぶち抜いた、次元穿孔船ノアブレイン。そうして「世界の外」にでた俺達の前に広がったのは、光る紐で繋がれた泡のようなものが大量に浮かんでいる光景であった。
「これが世界を外から見た景色なのね……」
「あー、そう言えばこんなだったなぁ」
周囲の景色に圧倒されているティアに対し、俺はかつて「神の欠片」に入り込んだ時に見た光景を思い出し、ちょっとだけ懐かしく感じる。
「そう言えば、エドは見たことあるんだったわね。どう? 改めて見た感想は?」
「うーん……見えてよかったな?」
「えぇ、何それ?」
「いやだって、この船の光がそこまで届くとは思わなかったし。ぶっちゃけずーっと真っ暗な場所を進むんだと思ってたよ」
「ああ、言われてみれば、そういう心配もあったのね」
呆れた顔をしていたティアが、俺の説明に納得して頷く。世界の大きさだとか互いの距離感だとかが人間の理解を超えていて正直よくわからない感じなのだが、それでも世界と世界の間が何十メートルとかってことはないだろう。
とすると、視界が通ってるのはこの船、もしくは船を包んでる黄金の粒子に何らかの仕掛けがあるんだろうが……まあ見えているなら問題ない。何らかのリスクがあったとしても、何も見えない事に比べればずっとマシだろうからな。
「で、船……ノアブレイン、か? この後の予定はどうなってんだ?」
『当船は現在、二.八六Dnにて「不明領域」を航行中。目的座標への到着まで、残り一八六時間の予定です』
「でぃ、でぃーのっと? それは速い……のか?」
『……当船は現在、チョッパヤでイミフな場所を移動中。目的地への到着は、おおよそ八日後です』
「お、おぅ。そうか」
何だろう、心なしか馬鹿にされた気がするが、とにかく八日後には神のところに着くらしい。ならまあ、十分速いんだろう……多分?
「ねえ、その……船さん?」
『はい、何でしょうか?』
「っ!? やった! エド、聞いた!? 船の人が、私にちゃんと反応してくれたわ!」
詳しいことはほとんどわからなかったが、わかったことにして頷く俺の横で、遂に船から応答をもらえたことにティアが無邪気に喜ぶ。こんな場所でも、ティアは相変わらずのようだ。
「ははは、よかったなティア」
「ええ! それじゃ船さん……」
『私のことは、ノアブレインとお呼び下さい』
「そう? じゃあノアブレイン。その目的地以外の場所には行けないの?」
『現状は目的地がロックされているため、不可能です。ロックを解除すれば自由移動が可能となりますが、現状ではお勧めできません』
「え、何で?」
小首を傾げるティアに対し、頭の中に直接響く不思議な声が答える。
『余計な寄り道をした場合、エネルギーが足りなくなる可能性があります』
「えねるぎー……つまりお腹が空いて動けなくなっちゃうってことね? なら、それを補給することはできないの?」
『当船の稼働には、「創世因子」を多量に含んだ物質が必要となります』
「うっ、また新しくて難しい言葉が……」
謎の新単語の登場に、ティアが眉根に皺を寄せる。なら俺も興味あるし、ここからは俺が引き継ぐか。
「おいノアブレイン。さっきから言ってる『創世子』とか『創世因子』ってのは何なんだ?」
『「創世子」とは、この世界のあらゆるものを構成する物質です。それが「ある」か「ない」かの組み合わせにより、この世界に物理的に存在する全てが創られています』
「へー。つまり俺やティアの体も、その『創世子』とやらでできてるわけか?」
『そうです。そして「創世因子」とはその「創世子」を操る能力を持つ「創世子」です』
「あー……つまりあれか? あらゆるものを創り出す存在を自由自在に……そうか、それが『神』で、お前を動かしてるのは神の力そのものってことか」
説明されて、納得する。確かにこんな凄いものがただの魔力で動くとは思えない。となると現状こいつが動けてるのは後輩の置き土産のおかげで、そこから追加するなら別の「神の欠片」を調達すればいいんだろうが……
「そうなると確かに難しいな。残ってるのは俺が終わりを保留してる、あのルカだけだろうし」
まさか取りこぼしがあるなんてことはないだろう。それにルカ以外に神の力を宿した存在なんて…………うん?
「? どうしたのエド?」
「……いや、何でもない」
何となく、他にもそういう奴がいたような……それもつい最近会ったような気がしたが、そんなことはないだろう。ってかそれで忘れてたら間抜けもいいところだしな。
「うーん、でも、そういうことならあのルカを回収するのはあり、なのか? 神の欠片七七個分は、相当なエネルギー量になるんだろ?」
『当船には「コアユニット」に外部からエネルギーを取り込む機能が存在しておりません。「コアユニット」へのエネルギー補給の方法は、製造元のメーカーにお問い合わせ下さい」
「製造元って……そりゃ無理だな」
あれを作ったのは遙か昔に滅んだエラルトリア文明なので、問い合わせできるわけがない。「神の玉座」の予備、あるいは同型品はひょっとしたら存在する可能性もあるが、それを終わりかけのルカに使った場合どうなるのかも不明だし、貴重な時間とエネルギーを消費して試しに行くのは博打が過ぎるだろう。
「ってことは……失敗したら後がねーってことだな」
「ま、よくあることよ。失敗しなかったらいいんだし」
「だな」
俺の言葉にティアが悪戯っぽく笑い、俺もまたニヤリと笑って合わせる。失敗したときに備えて手を打てれば最高ではあるが、そもそも「失敗したら終わり」な状況だって幾らでもある。
ましてや今回は、次元を越えて神のところに乗り込もうって言うんだから、そんな作戦に次があると考える方がおかしい。むしろ失敗できないと明言されたからこそ、この一回に全力を注げるってもんだ。
「……ねえ、エド。私達、随分遠くまで来たわよね」
「……ああ、そうだな」
甲板の縁で世界を眺めながら、俺とティアが寄り添って立つ。
「ふふ、単に一言お礼を伝えたかっただけなのに、まさか色んな世界を巡るだけじゃなくて、世界そのものから飛び出すなんて……昔の私に言っても、きっと信じないでしょうね」
「そりゃそうだろ。俺だってそうだし」
一〇〇の異世界追放巡りも大概だが、世界が暗くなったのをどうにかしろと神に直談判しに行くなんて、それこそ荒唐無稽も甚だしい。たとえ小さな子供が相手であったとしても、こんなことを真剣に語ったら「嘘吐き」と罵られるか、「馬鹿にするな」と怒られるか……まあ、まともに相手はしてくれないだろう。
だが、俺達は「そんな話」の中心にいる。長い永い旅路の果てに、ここに二人で並んで立っている。
「それに、ちょっと不思議な気分」
「不思議? 何が?」
「だってほら、こういうのってそれこそ『勇者パーティ』の役割じゃない? なのに私達は二人だけで、どっちも勇者じゃないどころか、魔王とそのお仲間なのよ?」
「はっはっは、確かにそりゃおかしいよな」
ツンと伸ばした指を頭にくっつけ、角のように見せるティアに、俺は思わず大きな声をあげて笑ってしまう。たった二人の魔王パーティが世界を救うなんて、それこそ笑うしかない。
「世界を巡って仲間を集めて、みんなの力を結集しての、いざ最終決戦! っていうのがお約束だと思ってたんだけど……」
「俺達の場合はなぁ」
出会いも別れも沢山あったが、世界を越えたら繋がれない。それでも残るものはあり、そういうものが俺達をここまで連れてきてくれたのは間違いないが……然りとて二人きりというのは変わらないのだ。
「まあ、いいんじゃねーか? 俺達二人で始めたんだ……なら終わらせるのも、俺達二人で十分だろ」
「フフッ、そうね。頑張りましょう……ところで、神様のところに辿り着いたら、具体的にはどうするの?」
「ん? そうだな……さっき世界の壁に穴を開けたあれで、足の小指に突進するとか?」
「うわぁ、痛そう! それなら確かにこっちを意識はしてくれるでしょうけど、でも神様が怒っちゃうんじゃない?」
「そん時は反対の足の小指にも、ガツンと一発お見舞いしてやるよ」
ティアの肩をそっと抱き寄せながら、馬鹿なことを言って笑い合う。ゆっくりと世界が流れていく景色はどうにも現実離れしており……それが俺の胸に「旅の終わり」という言葉を、拭いがたいほどに強く強く感じさせてきた。




