間章:傍観者の想い 上
今回と次回は三人称です。ご注意ください。
「ああ、遂にこの時がやってきたのですね…………」
魔王の去ったアガスティア・アーカイブ内にて、シーナは一人感慨深く言葉を紡ぐ。その脳裏を順に巡っていくのは、忘れることを許されていない自分が辿った、これまでの全てだ。
――世界は繰り返している。だがその繰り返しは、魔王が知る小規模なものだけではない。それは己の創造主たる神すら忘れてしまう、もう一つの大輪環。
――世界は繰り返している。そう、何度も何度も……世界は滅び、そしてやり直している。
本来なら、世界が終われば次などない。殻に籠もった神が最後にどうなるのかはわからないが、少なくとも神が創った世界の全ては一旦無へと還ることになっていただろう。
だが、世界は繰り返した。初めての脅威たる「終わり」を恐れた神が、全力で魔王にかけた制約と封印。死ねば戻るその力は神の全力であったが故に、「世界が滅びたせいで魔王が戻れない」ことを許さなかった。
結果として神自身の記憶すら巻き戻し、神が魔王の力を砕いて封印した直後まで世界を巻き戻してしまったのだ……時の流れから隔離され、「全てを記録し記憶する」ことを目的として創られた、シーナとこの部屋を除いて。
「長い、永い時間でした。私だけが真実を知り、私だけが終わりを数える。ただ見ていることしかできない私には、本当に、本当に長かった……」
もしも本体である神に真実を告げられれば、これを抜け出すことなど簡単だった。だがシーナは魔王が終わるまで本体の元に戻ることを許可されていないし、シーナの方から神に意思を伝えることもできない。
繰り返す歴史のなかで、終わり間近の時期に自分以外の神の欠片がこの世界に入り込み、また神の元に戻ることは知っていたが、彼らもここには干渉してこない……つまり、どうにもならない。
ならば自分は永遠を積み重ね、いずれ擦り切れてこの自己すら失うのだろう。そう覚悟していたシーナに変化が訪れたのは、世界の完全な終わりからの再生回数が五桁を超えた頃であった。
「ほほぅ? ここが黒幕様の秘密基地ってか」
「なっ!?」
全く予期していなかった突然の来訪者に、シーナは驚愕の声をあげる。絶対不可侵であるはずのこの場所に無造作に入り込んできたのは、あろうことか魔王その人だったのだ。
「魔王!? 何故ここに!?」
「魔王? 何だそりゃ?」
「あっ……」
シーナの叫びに、魔王が怪訝そうに首を傾げる。そこですぐに「この時点の魔王はまだ記憶を取り戻していない」ことに気づき、シーナは慌てて厳かな声で改めて話しかけた。
「ここは貴方のような人間が訪れていい場所ではありません。一体どうやってここにやってきたのですか?」
「どう? 何言ってんだ、お膳立てしたのはそっちだろ?」
「?」
魔王の言葉に、今度はシーナが首を傾げる。ちなみに現在のシーナは光る玉の姿をしているので首は存在しないが、そこは雰囲気だ。
「『たった一度の請求権』……どんな願いも叶うっていうから、俺は『俺をこんな目に遭わせた張本人に会いたい』と願った。そしたら目の前に扉がでたから、こいつでそれを開いて入ってきたってわけだ」
「それは……っ!」
魔王が手にしていたのは、金色に輝く鍵だった。必ず非業の結末を迎える世界を再訪させることで、己の無力さや努力の無意味さを突きつけ、魔王の心を折る最後の一押しとするために神が用意した小さな奇蹟。
なるほど確かに、転生だけでは落としきれない力の残滓を一気に消耗するために創られるあの力ならば、神本体に届くことはあり得ずとも、時と空間を隔てて隠されたこの場所への扉を暴き出すくらいはできるのだろう。魔王を直接異世界に転移させたりしているのはシーナなので、対象としても間違っていない。
そしてその鍵ならば、ここへの扉を開くことは可能だろう。何せ神本人の力だ。むしろ開けない方がおかしい。
加えて言うなら、記憶のない魔王にとって、理不尽に巻き込まれたならばその原因を……首謀者を問い詰めたいと思うのは、むしろ当然の感情だ。
今までとは違う、だが理解の範疇にある意識の揺らぎに他の要素が全て合致したことで、奇蹟に奇蹟を重ねたような確率で魔王がここを訪れたという事実を、シーナは驚きながらも受け入れた。
そしてそんなシーナを、魔王はギロリと睨み付けながら言う。
「で、あんたが俺を誘拐して、こんな訳の分からねーことをやらせてたってことか……答えろ、何でこんなことをした?」
「それは……私の口からは何も言えません」
「なら――」
「ですが、その本を勝手に読んで、貴方が自分で調べる分には問題ありません。ここはアガスティア・アーカイブ。世界の全ての情報が記されている場所ですから、貴方が知りたいこともきっと書いてあるでしょう」
「……えっ、そうなの!?」
シーナの言葉に、切っ先を本に向けようとしていた魔王が間抜けな声を出す。明らかに貴重そうなものを盾にとって脅そうとしたのに、予想外の反応が返ってきたからだ。
しかし、シーナは魔王に事の子細を告げることは禁じられていても、魔王がこの部屋で情報収集するのを邪魔するような命令は受けていない。それは神がシーナ以外の存在がここに辿り着くことを想定していなかったからであり、万知万能である神が、全知全能ではないことの証明でもあった。
「そうか、そいつは…………何かごめんな?」
「いえ、お気になさらず」
剣を収め、微妙な顔で謝罪してきた魔王に対し、シーナは素っ気なくそう告げる。すると魔王はおずおずと本棚の方に近寄り、億や兆では話にもならない数が並ぶなかから一冊の本を手に取った。
「へぇ、本当に色々書いてあるな……いやでも、この数から目的の本を見つけるのは無理じゃね? あのー、えっと……?」
「何ですか?」
チラリと目を向けてくる魔王に、シーナは感情のこもらない声で問う。
「その、ですね。ここのいい感じの使い方とかを教えていただけたりしたら、凄く嬉しいなーって思ったりなんかするんですけど……」
「地道に一冊ずつ読んでいけばいいのでは?」
「いやいやいやいや! こんなのどうやったって読み切れねーから! あと手! 手とか全然届かねーし!」
「ハァ……欲しい情報を思い浮かべながら本を手に取れば、ある程度それに沿った内容のものが出てくるはずです。人間が使うことは想定されていませんので、詳細な検索機能などというものはありませんが」
「そうなのか! いや、十分助かった。ありがとな」
「…………いえ」
屈託なく感謝の言葉を口にする魔王に、シーナはほんの少しだけ興味を惹かれた。もっとも魔王はそれに気づかずそのまま本に没頭し始め……やがて静かに本を閉じると、シーナに向かって厳しい視線を向けてくる。
「なあ、あんた。えーっと……」
「ん? ああ、私のことは『シナリオライター』とお呼びください」
「そうか? ならシナリオライター、確認なんだが……ここに書かれてることは、全部真実なんだな?」
「はい。それらは全て記録……つまり確定した揺るぎない事実です。赤いリンゴが青や黄色に変わることはあるかも知れませんが、かつて赤かったという事実は未来永劫変わることがないのと同じです」
「そうか。ならまあ、俺が記憶を消されて馬鹿みたいに一〇〇の異世界を巡らされてるのも、実は魔王だってのもとりあえずは納得しといてやるが…………その大枠である世界そのものが何度も終わってるってのは、どういうことだ?」
「……それに関しても、そこに書かれていることが全てです」
「つまり、何だかわかんねーけど神様が自分の殻に閉じこもっちまったせいで、世界が滅んでると?」
「そうです」
「マジかよ……いやでも、そのきっかけも俺なんだろ? ならこれを知ってる俺が向こうに戻れば、そうはならないんじゃねーか?」
縋るような魔王の問いに、しかしシーナはふるふると体を震わせて答える。
「無理ですね。まず第一に、このアガスティア・アーカイブは世界全ての記録を残す場所……つまりこの場所そのものは記録の対象外です。なので、貴方がここで得た知識や経験は記録されず、ここから出た段階でその全てが消えます」
「つまり、覚えてられねーってことか?」
「そうです。それに仮に貴方が上手く立ち回ったとしても、それはこの一回だけのこと。貴方がこの世界の封印を破れない以上、いずれは死んで、再び記憶と力を失ってループすることになります。そうなれば……」
「結局世界が終わってやり直しってことか? チッ、控えめに言って糞だな」
舌打ちをした魔王が、手にした本を本棚に戻そうとし……しかしそこで動きを止める。
「世界は変わらない、記憶は引き継げない、だから俺の行動も変わらず、結末も同じ…………どれか一つでも干渉できれば、全部纏めて変わったりしねーか?」
「干渉、ですか? 貴方に関する項目は、特に厳重に守られています。それを変えることなど、それこそ神様でもなければ不可能です」
「だろうな。だから直接俺に影響することじゃなくて、もっと婉曲に、間接的に影響するような変化を……そうだな」
再び本を手元に戻し、魔王がニヤリと笑みを浮かべる。
「この駄作をハッピーエンドにするために、ちょいと中身を書き足してやろうぜ」




