踊らされるしか道がないなら、踊りを楽しむ方がいい
『コアユニットの接続を確認。格納を開始します』
「……んあ?」
すぐ側から聞こえた声に合わせて、俺もまた間抜けな声をあげる。あれ? 俺は何をして……?
「うぅん……エド? あれ? 私何してたんだっけ?」
「ティア。それは……うーん?」
隣で怪訝そうな顔をするティアと一緒に、俺もまた首を傾げる。何かこう、スゲー大事な話を聞いたような気はするんだが……聞いた? 誰に?
「ここには俺達しか……あ、いや、そうか。確か船を……ああっ!?」
そう言えばあのやかましい船を出したんだと思い出し、そこで思い切り声をあげてしまう。俺が持っていたはずの「神の玉座」……唯一の光源が、船の中央にパカッと開いた穴の中へと入っていこうとしていたからだ。
「おま、それ持っていかれたら真っ暗になっちまうじゃねーか! やめろ! 離せ!」
『動作中の機器に手を触れるのは危険です。作業完了まで離れてお待ちください』
「完了させるなって言ってんだよ! 中止だ中止! あぁぁぁぁ……っ!?」
俺が叫んでいる間にも、「神の玉座」はスッポリと船の内部に取り込まれてしまった。開いていた蓋が閉まれば辺りが再び闇に包まれたが、すぐに船に搭載されていたランプのいくつかが光を宿し、周囲の視界を取り戻してくれる。
「何だ、光るのかよ……焦らせやがって」
「この船の光はちゃんと見えるのね。それはよかったけど……持ち運びはできなくなっちゃったわね」
「だなぁ。どうすっかこれ……」
持ち運べる光源が、持ち運べない光源になってしまった。光量的にはこっちの方が上だが、利便性は大幅に低下。どうしたものかと考えていると、船から追加の言葉が流れてくる。
『コアユニットの搭載を完了。現在はスタンバイモードです。メインユニットを起動するには――ピーッ! ガガッ――鍵を使用してください』
「鍵? 鍵ったって……うん?」
何となく探った腰の鞄のなかで、カチリと指に当たるものがあった。そいつを掴んで取りだしてみれば、それは何処か見覚えのある黄金の鍵であった。
「何だこりゃ?」
「なによ、鍵持ってるじゃない! それを使うの?」
「そう、なのか? いやでも、何でこんなもん……? あっ」
ふと、俺の脳裏にかつての記憶が蘇る。主観では五〇年くらい前のことだが、あれを忘れるなどあり得ない。
「そうか、一周目の最後で……でも何でここに?」
行きと帰りの二回使う必要があった鍵だが、俺は「たった一度の請求権」を使ったので、帰りの分は使っていない。なのでこれが残っていること自体はおかしくないのだが……それが何故、今の俺の鞄の中に入ってるんだ?
「……まあいいか」
強い作為を感じるが、そんなのは今更過ぎて追求する気にもならない。そもそもチューリッヒのよくわからない伝言で船をここに出したことだって……出して何か……いや、出してすぐ「神の玉座」が取り込まれたんだっけか? とにかく、鍵を使わない限りこれで終わりっていうなら、使う以外の選択肢はないのだ。
「んじゃ、これを……使うって、どうすりゃいいんだ?」
『操舵席正面のパネルに鍵穴があります。そちらに挿入して回してください』
「操舵席のパネル……これか? んじゃ行くぞ…………っ!?」
鍵を差し込み、捻ろうとした瞬間、俺の中に大量の感情が押し寄せてきた。苦痛、絶望、恐怖、歓喜、望み、祈り、託し託された終わりの先への希望……心がグチャグチャにかき混ぜられ、動きを止めてしまった俺に……ふわりと背後から何かが抱きついてきた。
「大丈夫、大丈夫よエド」
「ティア? 何だよ急に?」
「何って、抱っこしてるのよ? だって、エドったら泣いてるじゃない」
「泣いてる……?」
言われて始めて、自分の頬が濡れていることに気づいた。そしてそんな俺の頬に、背後から抱きついたティアが自分の頬をすり寄せてくる。
「だから、一緒にやりましょ? 二人なら寂しくないし、二人なら何だってできるわ」
「はは、何だよそれ……なら、一緒にやるか」
俺の手にティアの手が重ねられ、ゆっくりと鍵を回していく。異常なまでに重くて固い手応えを越えて、ガチリという音と共に縦に差し込んだ鍵が横になった瞬間。
『次元を越えて飛躍するアトミスインダストリーより、お客様に最新情報をお伝えします』
「うぉ!? え、今このタイミングでそれやるのか!?」
『次元を越えて 次元を越えて じげ、じげ、次元を……次元を……越えて……』
「って、おいおい、大丈夫かこれ? ここまできて故障は……うぉぉぉぉ!?」
突如、船から光の粒子が噴き出した。鍵から手を離し、ティアと一緒に慌てて船の外に飛び降りると、ふわりと浮き上がった船の周囲に光の線が走っていく。
『起動キーの挿入を確認。主動力機関を魔導炉から神核炉へと変更。アガスティア・アーカイブから当該データのダウンロードを開始します』
「うわぁ、綺麗! ねえエド、何かすっごいピカピカしてるけど、これ何が起きてるの?」
「わからん……何もわからん」
何だろう、あの「神の玉座」が関わると、何でもかんでもピカピカ光るようになるんだろうか? 戸惑う俺達の前で、船の周囲に引かれていた線がドンドン増え、大きな枠組みのようになっていく。
『フレーム形成完了。周辺空間の創世子を吸収開始……必要量の確保を完了。船体の再構築を開始します』
音声に合わせて、空中に浮かぶ船を覆うように新たな船体が創造されていく。その圧巻の光景に、俺もティアも目を奪われ続ける。
「キャナル達のいた世界って、こんなに凄いことができる技術があったのねぇ」
「いや、流石にここまでのことができるとは……」
「そうなの? でもできてるじゃない?」
「そうなんだけど……」
今ひとつ釈然としない俺の前で、船はドンドンできあがっていく。そうして一〇分ほどで完成したのは、全長三〇メートルほどの不思議な金属製の船であった。見るからに重そうだが、その巨体は吹き出る黄金の粒子の上に悠々と浮かんでいる。
『船体移行作業、全行程終了。次元、次元を、越えて、飛翔――ピーッ、ガガガッ』
平坦な音声が一旦途切れ、耳障りなノイズが走る。だがそれもすぐに落ち着き、船はその名を口にする。
『次元穿孔船ノアブレイン、スタンバイモードに移行します』
「ノアブレイン!? え、マジでか!?」
「のあぶれいん、ノアブレイン…………あっ、キャナルが言ってた船ね!」
世界の壁を越えて移動することのできるという、伝説の船。信憑性など欠片もない噂話のなかだけに存在するはずの船が現れたことに、俺は激しく動揺する。
「次元を越えて飛翔するって、そういう意味だったのか!? そんなことって……いや待て、謳われてる性能が本当だって言うなら、ひょっとしてこいつなら、『神』のところに行けたりするのか?」
神のところに辿り着けるなら、世界がこうなった理由がわかる……かも知れない。いや、何となく……何となくだが、そこに答えの全てがある気がする。
『安全確認の後、気をつけて乗船してください』
そうして考え込む俺の前に、船から光る階段が伸びてくる。試しに足を乗せてみると、しっかりとした感触があるようだ。
「エド、エド! これ、乗るのよね? 乗っていいのよね!?」
「そう焦るなって。ではお嬢さん、お手をどうぞ」
「フフッ、エスコートよろしくね」
はしゃぐティアを宥めつつ手を差し出すと、楽しげに笑ったティアがそこに手を乗せ、二人揃って階段を上っていく。そうして甲板に降り立つと、背後で光の階段が消え、同時にゆっくりと船が浮上し始めた。
『指定された乗員の搭乗を確認。ただいまより本船は、特異点EoG……通称「神」へと進路を取ります。大きな揺れが予想されますので……覚悟をしてください』
「覚悟ってなんだよ!? そこはもっとこう、安全を考慮した何かがあるべきなんじゃねーのか!?」
「いいじゃない、これぞ冒険って感じで!」
「ティア……ったく、仕方ねーなぁ」
動き始めた船は、おそらくもう止まらない。ティアはやる気で、目的地も俺の望む先。となればこれが誰かの敷いた道であろうと、乗ってやるのが男ってもんだ。
「あーもう、わかったわかった! なら……次元穿孔船ノアブレイン、全速前進だ!」
『オーダー受諾。船体前方に螺旋掘削フィールドを展開。穿孔作業を開始します』
集まった黄金の粒子が船の先端で渦を巻き、何もない空間をガリガリ削って穴を開けていく。結構な揺れが船を襲い、思わずふらつきそうになったが……
「ねえエド、私今、最高にドキドキワクワクしてるわ!」
「ああ、俺もだ!」
『穿孔完了。この世界から離脱後、次の掘削地点への移動を開始します。ノアブレイン、全速前進』
今までのどんな冒険でも体験したことのない、極上の未知。俺とティアは笑顔で互いを支え合いつつ、胸の高鳴りを共有するのだった。




