立場が逆になってみると、その異常性がよくわかる
――第〇一二世界『勇者顛末録』 最終章 記す者の末路
かくて勇者チューリッヒが何をすることもないままに、真なる魔王の手によって魔王はこの世界より消滅した。だがチューリッヒの能力は、その後にこそ本領を発揮し始める。
共に遺跡を攻略した二人の仲間が去ってから二ヶ月後。三〇人の調査隊を引き連れたチューリッヒは、本格的にダシケターマ遺跡の調査を開始。そこには当時としてはあり得ない、現代と比べてもなお優れた技術が大量に用いられており、最終的にはいくつかの大国が共同で調査、管理する大事業へと発展した。
そんななか常に第一線で調査を続けるチューリッヒだったが、ある日を境にその行動指針が大きく変わる。遺跡や文明ではなく、遺跡に残されていた「神」の力を利用する装置の解析を一刻も早く進めるべきだと主張し始め、従来の宗教と「神」の定義を巡って争いになったり、「神の力を失えば人は絶滅する」などの発言を繰り返し始めたことで、チューリッヒの権威は急速に失墜していった。
長年彼の助手を務め、後に彼の後任として正式にダシケターマ遺跡、およびエラルトリア文明の研究を引き継いだニャムケットは、そんなチューリッヒを心配して何度も声をかけたが、チューリッヒの意思は変わらない。それどころかチューリッヒは笑って元助手に語りかける。
「ははは、そうだね。確かに今の私は、もう考古学者ではなくなってしまっている。何故なら過去を知ることよりも、未来に歴史を残すことの方にチュー力しているからだ。
だが私の言葉は、きっと彼らに届く。闇を切り裂く光に導かれるままに進み、喋る船を魔導の英知に繋ぐのだ。そこには積み上げられた過去の遺産と、次に進むべき未来がある。
大丈夫、私達がそれを知ることはないだろうが、記載されているはずなのだ。後は若い者に任せよう……頼んだぞ、世界に光を」
全く意味のわからない妄言を残し、偉大な功績を残した勇者チューリッヒは、誰に顧みられることもなくこの世界を去ることとなった。その傍らでは既にチューリッヒよりずっと大きな名声を得ていたニャムケットが、最後まで理解できなかった師の言葉を胸に、悔し涙を浮かべて拳を握りしめていたという。
「チューリッヒさん、どうしちゃったのかしら? それにこの終わり方……ねえエド、これって…………エド?」
「……………………」
不満げな声で話しかけてくるティアに、しかし俺は何も答える余裕がない。ゆっくりと動かした視線の先にあるのは、四角い石枠に収められた光る神の欠片だ。
「まさか、そういうことか? でも、そんなこと……」
「エド? どうしたのエド?」
「チューリッヒさんは……ここで俺達が『読む』ことを知ってたんだと思う」
「えっ!?」
俺の言葉に、ティアが驚きの声をあげる。当然だ、俺だって心底驚いている。
「そんなことあり得るの? あ、勿論エドが事前に教えていたなら別でしょうけど」
「いや、俺は何も言ってない。それに『勇者顛末録』のことを知っていたとしても、この発言は無理だろ」
ここに記載されているチューリッヒの言葉は、俺達がこれからどうするべきかを示唆するものだ。つまり俺達が知らない未来を、チューリッヒは知っていたことになる。それはまるで……
「まさか、チューリッヒさんも同じ時間を繰り返してるってこと? ほら、あのお姫様みたいに?」
「マーガレットとは状況が違いすぎる。というか、俺達とチューリッヒの立ち位置が本来とは逆になっているっていうか……すまん、これ以上は俺にもよくわからん」
二周目以降の俺を前にした各世界の勇者達は、こんな気持ちだったんだろうか? 自分の知らないことを相手が知っていて、都合良く導いてくれる……このもどかしさは何とも言葉にしづらい。
「ま、とにかくあれだ。こんな裏技を使ってまで俺達に伝えてくれたことに、どんな意味があるのか……試してみない手はねーな」
「そうね」
俺はぼんやりと輝く「神の玉座」を手に取り、ゆっくりと世界の外側を向けて移動させていく。するととある方向で、ほんの少しだけ光が強くなることに気がついた。
「こっちか。あー……ロープとか結んだ方がいい、か?」
「なら、私が持つわ」
「悪いな」
明かりがあるなら、仮にこの拠点を見失っても「失せ物狂いの羅針盤」で戻ることはできる。が、そもそもこの明かりがずっとあるという保証がない。ならば念を入れておいて間違いはないだろうと、俺は「彷徨い人の宝物庫」から取りだしたロープをティアに渡す。
するとティアはロープの端をテーブルの脚に結びつけ、残りを抱え込んだ。
「テーブルでいいのか? 引っ張ったら簡単に動いちまいそうなんだが……」
「え? 椅子は動くけど、テーブルは絶対動かないわよ? エド、気づいてなかったの?」
「へ!?」
言われてテーブルに手をかけて押したり引いたりしてみたが、確かにただ置かれているだけだというのに、テーブルはこれっぽっちも動かなかった。ムキになって全力で押してみたが、俺の手のひらに赤い痕がついただけだ。
「ふぅぅ……なるほど、マジで動かねーな。どうなってんだ?」
「さあ? でも動かないんだから丁度いいでしょ?」
「そうだな。なら行くか」
理屈は、多分考えても無駄だ。俺は「神の玉座」を片手にその反応を見ながら歩き、そんな俺の腕をティアが片手で掴みつつ、もう片方の手でロープを伸ばしながらついてくる。
途中ロープの長さが足りなくなり、その都度新しいロープの端を結びつけること一〇回。何もない空間を五〇〇メートルほど進んだところで、遂に……と言うほど苦労はしてないが、俺達は目的地と思わしき場所に到着した。
「ここ?」
「多分な」
進む毎にほんの少しずつ強くなっていた光が、更に進むと弱くなり、引き返すと強くなる。つまりこの地点が、チューリッヒの書き残した場所ということだろう。
「じゃあここで、喋る船? を出すの? でも喋る船って?」
「なんだよ、忘れちまったのか? ほら、ギンタの世界で乗っただろ?」
俺の言葉に、ティアがしばし考え……そしてむすっとした表情になる。
「……ああ、あれね。でも私、船の人にお話ししてもらえなかったし」
「あっ…………よ、よーし! それじゃ早速出しちゃうぜ!」
そう言われてみれば、防犯上の理由だかでティアが話しかけても反応しなかったことを思い出した。とても良くない流れなので、俺はサクッとその話題を切り上げて「彷徨い人の宝物庫」から船を取り出す。
「さて、動くか?」
そうして待つこと、おおよそ五分。何とも気まずい沈黙を破り、遙かな未来の技術で作られた船が三度その声をあげる。
『一定以上の光量を確認。スリープモードを解除します』
「おお、よかった。で、魔導の英知に繋げって話だけど、マギネットとやらに接続すりゃいいのか?」
『船体チェック開始……異常なし。魔力残存量一三%、運行に支障はありません。マギネットへの接続を開始……失敗』
「へ!? 失敗!?」
俺が何かをする前に勝手にマギネットへの接続を試みた船が、やはり俺が何かをする前に失敗を告げてくる。が、この流れでそれを黙って受け入れるわけにもいかない。
「いやいや、そりゃねーだろ! もう一回だ! もう一回接続しろ!」
『オーダー受諾。マギネットへの再接続を開始…………失敗。魔力波の受信状況を改善するために、開けた場所での再接続をお勧めします』
「馬鹿言え、ここより何も無い場所なんてどんな世界にもねーよ! もう一回だ!」
『オーダー受諾。マギネットへの再接続を開始…………失敗』
「えぇぇぇぇ……?」
「エド、これどういうこと?」
「いや、どうって……」
困惑した顔で問うてくるティアに、俺自身もまた困惑顔で答える。どういうことだ? 何か解釈が間違ってる? 流石にあの内容が完全に嘘ってことはねーと思うんだが……
『次元を越えて飛躍するアトミスインダストリーより、お客様に最新情報をお伝えします』
「チッ。おい、考え事してるから、ちょっと黙れ――」
空気を読まずに広告を入れてくる船に、俺は思わず舌打ちしたが……
『ピッ……ガガーッ…………特異点EoEからのアクセスを確認。アガスティア・アーカイブへの強制転移を実行します。その場から動かずにお待ちください』
「は? おい、何だそれ――っ!?」
突如として、俺の足下に白く輝く魔法陣が出現する。すぐに飛び退けば何とかなりそうだが……
「ティア、来い!」
「きゃっ!?」
俺はティアを抱き寄せ、二人で魔法陣の中に留まる。
「エド、いいの?」
「こんな暗闇の中で悩んでるよりいいだろ。それに……」
「……フフッ、そうね。二人一緒なら、何処だって平気よね」
固く抱きしめ合った俺の耳元で、ティアが笑う。そうして数秒後、眩しいほどに光が強くなったところで……
『三……二……一……世界転移を実行します』
聞き慣れた声が頭の中に響き、俺達は何処かへと跳ばされていった。




