予想よりも早かったが、戻れないなら進むしかない
「さてっと……」
ルカとの再会と別れを済ませたところで、俺はその場で振り返る。するとそこには驚きで固まっているチューリッヒとニャムケットの姿があり……「今回もルカがいい具合にしてくれていたらいいな」という淡い期待は、どうやら秒で崩れ去ったようだ。
「え、エド君!? 今のは……」
「あー、いや、えっとですね…………」
さっきの神の啓示云々もきつかったが、今回はそれに輪をかけて辛い。どう誤魔化せばいいか、頭から煙が吹き出す勢いで考えを巡らせていると、それに先んじてチューリッヒが話しかけてきた。
「ああ、いや。構わんよ、無理に話してくれなくても。言い淀むということは、私には説明しづらいことなのだろう?」
「へ!? それはまあ……でも、いいんですか?」
勿論、「じゃあ教えてくれ」と言われたら困るわけだが、それでも確認しないわけにはいかない。しかし俺の問いかけに、チューリッヒが苦笑して頷く。
「いいとも。確かに先程の君とあの謎の女性のやりとりには、これ以上ないほどに興味を引かれる部分が沢山あったわけだが……君達にとってあの会話は、私達に気を使うことすら忘れるほどに大事なものだったのだろう? それを追求するのは、人としてどうかと思うのだよ。
まあ、研究者としては失格なのかも知れんがね」
「チューリッヒさん…………」
「それに、会話の断片だけでもわかったことは幾つもあるからね! チュッチュッチュッ、まさか神と呼ばれるほどの超越的な存在が実在しているとは……それに神の使徒が器に入った? つまりエラルトリア文明では、誇張でも何でもなく、神の力を利用する技術が確立されていたというのか? これは調べ甲斐があるぞ!」
「ニャー。流石は先生。容赦はあるけど抜け目はないニャー」
「当然だろうニャムケット君! 凡人とはチュー意力が違うのだよ!」
「あはははは……」
なるほど、追求はしないが聞いたことを忘れるわけではない、と。何とも強かなチューリッヒの姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。そしてそんな俺の手を、そっとティアが握ってくる。
「これで本当に、ルカとの関係は終わっちゃったの?」
「んなこたーねーさ。いつが終わりかは俺が決める……今は一区切りついただけだよ」
「そう……うん、そうね」
たとえ二度と会えなかったとしても、終わらない限りは続いている。気を取り直し気合いを入れ直し、俺はチューリッヒに声をかける。
「それでチューリッヒさん。この後はどうしますか? すぐにここから出る方法を――」
「何を言ってるのかねエド君! せっかくここまで辿り着いたのだ。まずは室内をくまなく調べるぞ!」
「ですよねー。俺もお手伝いします」
「あ、私も!」
「勿論アッチも手伝うニャー」
「ありがとう二人とも。ニャムケット君は給料を払ってるのだから当然だが」
「フニャー! アッチも感謝して欲しいニャー! 追加のご褒美も欲しいニャー」
「まったく君は…………キャル缶を一つだけだぞ?」
「やったニャー!」
和やかな空気が広がるなか、俺達はその後一週間ほどかけて室内を調べ尽くし、最後にはチューリッヒ達の手持ちの食料がなくなったのをきっかけに、いつの間にか室内の奥に出現していた転移陣から遺跡の外に出た。
俺が「彷徨い人の宝物庫」を解放すればもう少しくらいなら滞在もできたが、そもそもこの規模の遺跡となるとちゃんとした調査団を組んで年単位で調べるのが基本のため、帰るのが数日延びた程度ではあまり違いがないと言われたからだ。
「おお、外の空気だ……何か新鮮だな」
「そうね。別にあっちの遺跡の中の空気が淀んでたってわけじゃないけど、やっぱり外は違うわよね」
転移陣の移動先は、俺達が本物の遺跡に飛んだ転移陣のあった隣の部屋であった。俺とティアが適当に背伸びや深呼吸をしていると、早速チューリッヒが足下を調べ始める。
「ふむ、ここに繋がっているのか……ならやはり、この遺跡を調べれば再度向こうの遺跡に行ける可能性が高いな」
「あ、そうなんですか? じゃあ……」
「うむ。私はこれから一旦町に帰り、正式な調査団を組む申請を出してくる。チュッチュッチュッ、これから忙しくなるぞ! ありがとうエド君、ルナリーティア君。君達には本当に世話になった」
「いえいえ、それはこっちも同じですから。それに――」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「なっ!?」
笑って「まだまだご一緒しますよ」と告げる前に、俺の頭の中でいつもの声が響いた。だがそれは完全な予想外で、思わずその場に固まってしまう。
何だ、どういうことだ!? 何でこのタイミングで……いや、タイミング的には間違ってねーけど、どうして今!?
「? どうかしたのかね、エド君?」
「い、いえ何も! 本当にお世話になりました、チューリッヒさん。ニャムケットも、元気でな」
「ニャー。エド達も元気でニャー」
「え? エド!?」
関係を切り上げにかかる俺に、ティアが戸惑いの表情を向けてくる。そんなティアの手を握ると、すぐにティアが心の中に語りかけてきた。
『ちょっとエド、どうしたの? ここで別れちゃったら……』
『いや、いいんだ。今さっき条件達成の通知が来た。もう後何分かで戻っちまう』
『ええっ!? そんな、だって半年どころか一ヶ月だって経ってないのよ!? そりゃ確かに二人とは仲良くなったと思うけど、そこまで深く信頼されたとも思えないんだけど……』
その言葉に、俺も内心で深く同意する。確かに俺達とチューリッヒは協力して罠が満載された遺跡を突破し、それなりに打ち解けたとは思っている。
が、追放条件を満たせるほどに深い信頼を結べたかと言われれば、大いに首を傾げざるを得ない。そんなことはわかっているが……だからといってこうなってはもうどうしようもない。
『俺も不思議だと思うけど、でももう時間がねーんだ。考える暇もねーよ!』
『うっ、まあそうよね……わかったわ』
「それじゃ、二人ともお元気で!」
「短い間だったけど、一緒に旅できて楽しかったわ」
腑に落ちずとも納得してくれたティアと一緒に、俺はチューリッヒ達に挨拶してこの場を立ち去ろうとし……不意にチューリッヒが俺を呼び止め、何かを投げてきた。
「エド君! これを!」
「うおっ!? って、これは!?」
パシッと俺の手に収まったのは、神の玉座と呼ばれた石の器。てっきりチューリッヒが研究のために持ち出したのかと思っていたものだ。
「ダシケターマ遺跡で一番価値があるって言ってた遺物じゃないですか! 何でこれを俺に?」
「そうだニャー。先生、どうしたんだニャー?」
「わからん! 自分でもわからんのだが……私のなかの何かが、ここから先に歴史を進めたいと願うなら、それを君に渡せと騒ぐのだ! だからそれは君に預ける! どうか大事にしてやってくれ!」
そう言うチューリッヒの目に、ゆらりと黄金の光が宿っているのに気づき、俺は軽く息を飲む。
歴史を紐解き、過去の英知を未来へ運ぶ勇者チューリッヒ。その力が何かを感じ取った? だが何を? くそっ、わからねーことがドンドン増えるくせに、逆に時間はあっという間に過ぎていっちまう。
「わかりました。これ、大事に預からせてもらいます!」
「ああ、頼んだぞ! 過去から学び、より良い未来を目指せ、若者達よ!」
「さよならニャー!」
慌てて遺物を鞄にしまうと、チューリッヒ達に見送られ、俺はティアの手を引いて遺跡を飛び出した。そうして人気のないところでこの世界から「追放」され、帰り着いたのは……
「……えぇ?」
ただ一点の光すらない、完全な暗黒の世界だった。




