それを捨てたか拾ったかで、この結末はひっくり返る
「ぐぬぬ……俺が妙な情けをかけて見逃したばかりに、切り捨てた欠陥品が貴様に情報を漏洩したというのはわかった。だがそれではその女が生き返った理由にならん」
「ハァ…………まあ順番だから、もう少し待てって」
歯噛みする首ルカに、俺はため息を吐いてから話を続ける。同一の存在でありながらわからない……わかろうとしなかったなら、俺が懇切丁寧に説明してやったところで結果は同じだろうしな。
「とにかく後輩のおかげで、お前が俺に……とりわけティアに面倒なことを仕掛けてきそうってのが事前にわかった。ならそれに備えて対抗手段を考えておくのは当然だろ? だから俺は、『お前にティアが殺される』ことを想定した対策をとってたんだよ」
前の世界で戦った感じから、俺とルカが本気でやり合った場合、まともにぶつかると俺の方が圧倒的に分が悪いというのがわかっていた。
だがそれでも、俺とティアが一緒にいるならば、どんな手段を用いられようとティアを守る自信がある。そういう意味ではティアを攫われ、別の世界みたいな俺の手の届かない場所に拉致監禁されるのが一番嫌で対処の難しいやられ方だったんだが……それを正直に伝えてやる必要はないとして。
「なあルカ。人の死ってのはどういう状態だと思う?」
「何だいきなり? ハッ! 神の使徒たるこの俺に、死の在り方を聞くとは、あまりにも――」
「いいから答えろって。お前にとっての『人間の死』はどういうもんだ?」
「……死とは、肉の器が魂を保持できない状態になることだ」
上から目線で……生首だが……気持ちよく語ろうとしていたところを邪魔され、首ルカがふてくされたように言う。そしてその答えに、俺も大きく頷いて同意する。
「そうだな、物理的な破損とか、病気や老衰なんかで肉体が魂を保持できない状態になると、そこから魂が離れちまう。それが人の死なわけだが……じゃあ死者の蘇生ができないのは何でだ?」
「決まっている。魂という高尚なものを、貴様等のような下等な存在が扱えるはずがないからだ」
「それもまあ、そうだ。体の方は、実は割と何とかなる。さっきみたいに死んだ直後なら回復薬や魔法で治すこともできるし、肉片を元にして新しい体を成長させるとか、大丈夫な部分を繋ぎ合わせて一人分の体にするとか、俺は詳しくは知らねーけど、とにかく手段は色々あるらしい。
なら話は簡単じゃねーか。最初からティアの意識っていうか魂っていうか、そういうのを別の安全な場所に退避させておけばいい。離れる魂がそこにないなら体が死んでも問題ねーし、あとは死体を十全な状態に治してから魂を戻してやれば、復活するのは道理ってもんだ」
「だからそれがあり得ないというのだ! どうやって人が人の魂を別の場所に保持などできる!? それにその女は、間違いなく人の意思と魂を持って動いていたではないか!?」
「そうだな。でも俺は、それをどうにかする手段があったんだよ」
「どうやって!?」
「ルカ……俺の後輩の方のルカだよ」
叫ぶ首ルカに、俺は静かにそう告げる。
「人格をなくしたルカは、俺の中で単なる『神の欠片』になった。そう、神の欠片だ……人の魂の代わりにするにゃ、十分以上の存在だろ?
つっても、それだけじゃ単に死なないだけで、生きているように動いてはくれない。だから俺は、ルカに……神の欠片に俺の力を混ぜた」
漸く動くようになった手を動かし、自分の胸に重ねる。俺がルカに混ぜたのは、魔王ラスト。「接触禁止の厚化粧」の発展能力として残っていた「可能性の残滓」を掛け合わせ、そこに俺が「一つ上」の力で「半人前の贋作師」を使い、ラストの人格を見た目だけ……上辺だけ再現したのだ。
「そうして創りだした疑似魂とでも言うべきものを、俺はずっと自分の中に抱えていた。で、ティアと離れるときはティア本人の魂を特別な力で俺の中に移し、代わりにその疑似魂をティアに入れてたんだよ。
つまり、俺とお前が二人で話したことをティアは一緒に聞いてたし、お前が操り、俺が斬り殺したティアに入っていたのは入れ替えた偽物で……その時本物のティアは、俺の中で全部を見てたってことだ」
ティアの「心は一つ」による魂の保護と、それを利用した完全な蘇生。それが可能だと確信できていたのも、神の欠片から知識を得たおかげだ。とはいえ流石に試してみるわけにはいかねーし、できるとわかっていても実行するのは相当に覚悟が必要だったが……
「そうね。自分の首が落ちるのを見るのは、凄く不思議な気分だったわ」
「ははは……」
俺の頭を撫でながら悪戯っぽく言うティアに、俺の方が苦笑させられる。あの時剣を振るう俺に最後の一押しをしたのは、他ならぬティア自身だ。俺の中でティアが「大丈夫だから、ひと思いにやっちゃって!」と伝えてきたからこそ、俺は剣を振るうことができた。
まあ本当に最悪の場合でも、ティアの魂が入ったままの状態でこの世界を追放されれば、「白い世界」にてティアの体が再生されるということもわかっていたのでここまで踏み込めたわけだが……それにしたって、ティアは本当に凄いと思う。
そしてその凄さ……覚悟があったからこそ、ルカを騙しきって勝利を掴むことができたのだ。
「そんな、そんなことが…………っ!」
「ははは、驚いただろ? ちなみにこの無茶が通ったのは、お前が……ってか後輩のルカが、俺の故郷を創った時にティアを『魔王』にしてくれたからだ。その後押しがなかったら、ティアに魔王の力を押し込むのは無理だっただろうからな」
「ぐぅぅ、またしても……またしてもあの裏切り者が……くそっ、くそっ、くそっ! こんなことならもっと早く切り捨てておくべきだった! いや、そもそも最初から受け入れるべきではなかった! 寛容故に受け入れた一点の汚れが、純白の我らを救いようもないほどに汚染してしまったのか!」
「何とでも好きに思えばいいさ。とにかく俺はお前の裏をかいて、こうして勝つことができた。まともにやったら勝てねーし、仮に追い詰めても逃げられる。こっちが罠にはまったと見せかけて、自分の勝利が絶対だって確信できる状況を用意しなきゃまともな反撃すらさせてくれねーとか、こっちからしたって糞みてーな状況だったぜ」
今度こそ、俺は小さく肩をすくめてみせる。それから体に力を入れると……よし、どうやらそろそろ起き上がれそうだ。
「エド、もう平気なの?」
「ああ、まあ何とかな。ちなみにだが、自滅技を使って死ななかったのも、ティアに入ってた『神の欠片』をこっちに回収し直したからだぜ。お前等が俺の力を封じられるのはわかってたから、それを上手に利用させてもらったってわけだ。
安心しろ、お前が捨てたそれは、俺がこれからも大事に使わせてもらう」
ポンポンと自分の胸を叩いてやれば、そこには確実に白い力が蠢いている。完全に自分の力として取り込むこともできなくはないが、今はまだコイツはコイツとして残しておきたい気分なのだ。
「ふ、ふふふ……いいだろう。今日のところは俺の負けを認めてやる。だが次こそは……」
「は? 何言ってんだ? お前に次なんてあるわけねーだろ」
不敵な笑い声をあげる首ルカに、立ち上がった俺は上から見下ろして声をかける。だが首ルカに怯んだ様子は全くない。
「貴様こそ何を言っている? 確かに『呼び出し不可の最終演者』は発動しなかったが、ただの魔王である貴様に真の不変など使えるはずがない! いつか必ずこの身は燃え尽き、そして再び始まることだろう! その日を怯えて待つがいい、神様に仇為す愚かなる魔王よ!」
「あー……まあ、うん。そうだな。じゃ、精々頑張ってくれ……出るのはあっちか?」
騒ぐ首ルカをそのままに、俺はティアと一緒にいつの間にか出現していた白い光に向かって歩き出す。するとティアが背後で騒ぎ続ける生首を振り返ってから、俺に話しかけてきた。
「いいの、エド? あのままで」
「いいさ。他にどうしようもねーしな」
確かに、俺が「終わらないようにした」力は、完全に止まっているわけじゃない。勢いで永遠とか言ってみたが、実際にはほんのちょっとずつ奴は終わりへと向かっている。
だが、奴が完全に終わるのは、それこそ何千年とか何万年とか、そういう未来の話だ。本当の永遠を知る神の視点なら取るに足らないつかの間なんだろうが、今の俺の感覚であれば、そんな先のことなど知ったことじゃない。そんなのはそうなった時に改めて考えればいいだけのことなのだ。
「それよりティア、体の調子はどうだ?」
「ええ、平気よ。でももう一回やりたいとは思えないわね」
「そりゃ俺だってごめんだ」
もし後輩がやってこず、今のルカの作戦が成功していたなら……ティアを失った自分がどうなっていたのか、想像することすら恐ろしい。
だがその未来は、もう来ない。あいつのおかげで、俺達は揃ってここを抜け出すことができる。
「……ありがとう」
俺の胸に手を置き、俺ではない誰かに向かって、ティアがそう口にする。その想いは温もりと共に俺の内に染み渡り……俺の中で、何かが小さく笑ったような気がした。




