その存在が尽き果てようと、その想いは永劫に続く
「何故だ!? 何故その女が生きている!?」
濁ったような声が聞こえ、俺は軽く頭を動かしてそちらを見る。すると声の主たるルカの首が、凄い形相でこちらを睨んでいる。
「へぇ? そこまで細かくなっても、まだ意識ってか人格が維持できるのか。いや、それとも俺が不変にしたから、ずっとそのままになったのか?」
「俺の事などどうでもいい! それより何故!? たかが魔王に過ぎない貴様に、死者の蘇生……魂を扱うことなどできるはずがないのに!」
「だって。どうするのエド?」
「うーん、そうだな……」
悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を覗き込んでくるティアに、俺は少しだけ考え込む。別に懇切丁寧に説明してやる義理も理由もねーんだが、どっちみち俺もしばらくは動けない。なら耳元で喚かれ続けるより、暇つぶしに説明してやるのもあり、か。
「ならネタばらしを……っと、その前にやることをやっとかねーとな」
ティアを体に戻した代わりに、ティアの中に入れていたモノは既に俺のなかにある。そこに意識を集中させると、全身に痺れるような痛みが走り……
「ぐっ、うぅぅ…………ぐはっ!」
「エド!?」
「ゲボッ、ゲホッ…………大丈夫だ、ちゃんと終わった」
思い切り血を吐いたが、それが最後。今の俺は望み通り、魔王の力を……「追放スキル」を封印されている。つまり「終わる血霧の契約書」も強制終了されたので、多大なダメージは残ったものの、残り数分で死ぬことはない。
もっとも、「包帯いらずの無免許医」も使えないので、しばらくは起き上がることもできないだろう。それは喋るのも辛いってことではあるんだが、いくらティアの膝枕が素晴らしいとはいえ、スゲー目で睨んでくる生首を前にくつろぐ趣味はないので、まあ丁度いいだろう。
「待たせたな。なら説明してやるよ、どこぞの間抜けが首だけになって転がるようになった、その原因をな」
ティアが指で血を拭ってくれた口をニヤリと歪ませ、俺は静かにあの日のことを思い出していった。
事の発端は、俺がローレンツの「勇者顛末録」を読み終え、新たな世界……つまりここに来るために、扉に手をかけた時だった。不意に目の前の扉をすり抜けて、白く輝く光の球が現れたのだ。
「うおっ!? 何だ!?」
「……………………」
「ってオイ、こいつはまさか……『神の欠片』か?」
その存在に、俺は激しく見覚えがある。が、だからこそ首を傾げざるを得ない。何故なら全ての神の欠片はルカによって回収されている……というか、その結果がルカなのだと聞いていたからだ。
「何でこんなところに? 回収漏れ……いや、そんな事あり得るのか?」
人間ならば大量にある欠片の一つや二つ見落とすこともあるだろうが、仮にも神の断片がそんなミスをするとは思えない。だがそれ以外にこれが目の前にある理由も思いつかず……悩む俺の隣では、ティアが同じように困った顔をしている。
「ねえエド、これどうするの?」
「どう? どうって、そりゃあ…………どうすっかな」
基本的には、神の欠片は敵だ。今までならば斬って終わらせればそれまでだった。
だが、今の俺達はルカと知り合っている。その人となりを知っているだけに、ただ目の前に現れただけの欠片を斬ってしまうのは、ちょっと気が進まない。
「別に何かするわけでもなさそうだし、次の世界でルカにあったら、『ここに欠片が一個あるよ』って教えてあげるのはどう?」
「あー、そうだな。とりあえずそれでいいか」
問題の先送りと言ってしまえばそれまでだが、それよりいい解決法は浮かばない。ここに放置するのは少し気になるが、そもそもこの「白い世界」を創ったのは神なのだから、そこに神の欠片が滞在していても問題はないだろう。
なのでそのまま無視して改めて扉を開こうとすると、浮かんでいた神の欠片がスッと俺の顔の前に移動してきた。何度避けてもかわしても、光の球は執拗に俺の顔の前をキープするように移動する。
「えぇ、何これ?」
「邪魔してる……のとはちょっと違う気がするわね。何かエドに伝えたいことがあるんじゃない?」
「そう言われても……ならこうすりゃいいか?」
俺は目の前に浮かぶ光の球に、そっと指を触れる。かつてそれを取り込むには激痛を伴ったが、今の俺は「一つ上」……そもそも神の欠片の力も有しているので、大きな問題になることはない。
実際、指先で触れた光の球は、何の抵抗もなくスッと俺の中へと入っていった。あとは勇者ニコのいた世界でやったように、欠片に意識を同調させれば……?
「…………ルカ?」
そこに宿っていたのは、別れたばかりの後輩の残響であった。
「嘘だ! ルカは……あの愚か者は、俺から切り離されて人格が維持できなくなったのを、俺はちゃんと確認している!」
「そう騒ぐなよ。まだ話は途中だぜ?」
「貴様があり得ないことばかりを口にするからだ!」
喋る生首に罵倒され、俺は小さく肩をすくめ……ようとしたが、まだ体が動かない。思わずチラリとティアを見てしまったが、ティアは微笑んでいるばかりで代わりに肩をすくめてくれたりはしない……当たり前だ。
「何? エド?」
「いや、何でもない……なあルカ。お前の目的っていうか、やるべき事は何だ?」
アホなことを考えたと内心で苦笑しつつ、俺はルカに問いかけた。すると首ルカは馬鹿にしたような目をして答える。
「目的? 決まっている! 貴様を消し去ることだ!」
「ハァ、そりゃ手段であって目的じゃねーだろ? 元のルカ……紛らわしいから後輩ってことにしとくか? 後輩はこう考えた。『自分の使命は神が何者にも脅かされることなく、安寧の時を過ごすことである』ってな。
だからこそ、後輩は俺のところに来た。この先お前がやらかすことで、俺の怒りが神に向くことを回避する……つまり『神の安寧を守る』という使命を果たすために、俺のところに情報を持ってきたんだよ」
「馬鹿な!? そんな曲解、許されるはずがない! 俺の邪魔をするなど、それこそ神様に対する裏切りではないか!」
「馬鹿はテメーだ」
怒りを込めた目でまっすぐに見つめて、俺は首ルカの戯言を切って捨てる。
俺が吸収した神の欠片にルカの人格は残っていなかったが、そこに刻まれたルカの記憶は残っていた。もはや答えることのないルカの影は、俺に対して最後の言葉を残していたのだ。
『――とまあ、そんな感じになっちゃいました。すみません先輩。これからボクがご迷惑をおかけすると思いますが、勘弁してください。本当はもっと一緒に旅をして、最後にギャフンと言わせたかったんですが……まあ仕方ないですよね。
あ、それと、次のボクはともかく、できれば神様のことは、あまり嫌わないであげてください。並ぶ者のないたった一人の超越者である神様は、寂しがりで臆病で……初めて出会った自分を害することのできる存在に、どうしていいかわからないんだと思うんですよ。
だからいつか、先輩が強く大きく……羽虫毒虫なんかじゃなく、神様と対等に話ができるくらい凄い存在になれたら……』
そこで一旦言葉を切ると、幻のルカがニッコリと笑う。
『できれば友達になってあげてください。ボクの大本ですから、きっと先輩とも気が合うと思いますよ? フフ……それじゃ先輩、おさらばです』
白い精神世界で、ルカの残滓が消え去る。だが人格を失ってなお、ルカの魂はここに……俺の中にきちんと宿っている。
「同じ存在だったのに、何でお前がルカを……後輩を理解してねーんだよ。だからお前は負けたんだ。お前が、お前達が要らないと切り捨てたものだけが、唯一俺に通じる最強の切り札だったんだからな」
怪訝そうな顔をしている首ルカを皮肉を込めた笑顔で見つめつつ、俺は今も胸の奥で疼く優しい痛みに、二度と会えない後輩の姿をそっと頭に浮かべていた。




