騙す者と騙される者 上
今回と次回は三人称です。ご注意ください。
「……………………」
全ての幻が消え去った後、消えることのないルナリーティアの体を前に、エドが無言で立ち尽くす。そこに突如として響いたのは、けたたましい笑い声だ。
「アッハッハッハッハ! まさかこんな! こんな簡単に事が運ぶなんて……っ!」
暗闇から滲むように現れたルカが、腹を抱えて大笑いしている。だがエドはそんなルカを完全に無視し、転がったルナリーティアの頭を拾い、ピッタリと首に押しつけた。その後は「彷徨い人の宝物庫」から最後に残ったリーエル謹製の回復薬を取りだし、傷口に振りかける。
果たして、傷は塞がった。鋭い切り口は跡形もなく消え失せ、傍目にはまるで寝ているように見えるが……穏やかな表情で閉じられたその目が開くことはない。
「いやいや先輩! そんなこと……クックッ……したって意味ありませんよ! 斬った首をくっつけたからって、死人が蘇るわけないじゃないですか! フクククク……」
「……………………」
「あーもー! じゃあネタばらしです! はい、どーぞ!」
「エド!」
ルカの隣に、別の人影が現れた。明るい太陽のような髪と翡翠の瞳を持ったそのエルフは、エドに向かって楽しげに手を振ってみせる。
「……ティア?」
「そうよ! エドをビックリさせようってルカに誘われたの! でもビックリさせ過ぎちゃったみたいね……ごめんなさい」
「ということで、ビックリドッキリでしたー! どうです先輩? 楽しんでもらえました?」
そんなルナリーティアの隣で、ルカもまた吊り上がった目を細めて笑顔で言う。ただしその内心は、表に表している表情とは全く別のものだ。
(ククク、これほど容易く罠に嵌められるなら、もっともっと深い絶望を刻んでやるべきだろうしな)
ルカの隣に立つルナリーティアは、当然ながら偽物である。と言っても体は元より魂すらもそっくりに創ったものなので、ルカ自身にすらその差異が見いだせないほどに完璧な偽物だ。違うところがあるとすれば、その魂の根幹にルカの指示に従うように細工がなされていることくらいしかない。
(さあ飛びつけ。お前の救いはここにあるぞ?)
自らの手で大事な人を殺してしまったという事実は、魔王の心を打ち砕くに相応しい悲劇だろう。だからこそ、魔王は救いを……自分が殺したのは偽物だったのだという言い訳を求めて、このエルフを受け入れる。
そうすれば後は、時間をかけてじっくりと魔王の心を嬲ってやればいい。その流れによっては「実は偽物だった」と明かしてもいいし、普通に嫌って捨ててやるのもいい。受け入れられてしまえば、正体などばれてもばれなくても……いや、そもそもここで自分を誤魔化した時点で、魔王の敗北は確定しているのだ。
「ほら、そんな顔しないでエド? 怒っちゃやーよ?」
埋伏の毒だとわかっていても、その甘さを拒めるはずがない。勝利を確信してほくそ笑むルカをそのままに、ルナリーティアがエドに向かって歩み寄る。だがエドは抱えていた本物のルナリーティアの死体をそっと床に置くと、腰の剣に手をかけ……
「…………え?」
音もなく振るわれた剣は、呆気にとられた表情をしている偽ルナリーティアの首をあっさりと切断した。首から血を吹き出して倒れる偽物の姿に、ルカが慌てて声をあげる。
「うわっ!? ちょっ、何やってるんですか先輩!?」
「何って、見りゃわかるだろ? 悪いがお前の人形遊びに付き合う気はねーんだよ」
「人形って、酷いなぁ。っていうか、いいんですか? これを偽物だって断言するってことは……先輩が本物を殺しちゃったってことを肯定するってことですよ?」
「ああ、そうだな。俺が殺した。こいつはもう、二度と喋らない」
戯けるように言うルカに、エドが背後に横たわる本物の死体に目をやり、静かに呟く。しかしその目に宿った悲しみや寂しさは、すぐに黒い闇へと塗り込められる。
「だが……これでもう、お前は俺を止められない。死人を人質にはできねーだろ?」
「……あちゃー。そっちの方向に振り切れちゃってたんですか」
エドの台詞に、ルカは転がっていた偽物の死体を闇に消しつつ、額に手を当て天を仰いだ。確かに本物を捕らえて魔王を脅す計画もあった。と言うか、本来ならこのタイミングでそれを仕掛けるつもりだった。
偽物を選んでくれれば文句なしの成功だし、本物を選ばれたとしても「ルカ」の築いた信頼があれば即座に敵対はしない。ならば次以降の罠で更なる揺さぶりをかければ……と考えていたのだが、まさかエドが何の躊躇いもなくルナリーティアを殺してしまうなどというのは、ルカにしても完全な想定外だったのだ。
しかし、今のエドを見ればその理由がわかる。
「まさかティアさんを守ることより、僕を倒す方を優先するとは……やっぱり魔王は魔王ってことなんですかねぇ」
「好きに言ってろ。それがお前の最後の言葉だ」
黒い光を宿したエドの剣が、大きく横に薙ぎ払われる。すると一〇メートルは離れていたであろうルカの胴体に黒い線が走り、その体が真っ二つに切れた。
「あっ、あああっ!? 僕が……終わる……っ!?」
「ああ、終わりだ」
その断面から溢れた黒は、まるで燃える炎のようにルカの体に広がっていく。そうしてルカの体が完全な終わりを迎えたその時、黒い炎は白い光の粒子へと変わり、そこには輝く翼を背負ったルカの姿があった。
「なーんちゃってー!」
「……何?」
「フフーン! どうです? 驚きました? そりゃ驚いちゃいますよねー。何せ先輩お得意の『終わりの力』がまるっきり通じなかったわけですから! プププー!」
「どういうことだ?」
「あ、気になります? 気になりますよねー? うーん、どうしようか――」
もったいぶるルカの体に、再び黒い線が走る。二度三度と振るわれた「終わりの力」を受けた体は今回も喪失していくが、やはり全てが消えたところで光の粒子と共に蘇ってしまう。
「先輩ってば、せっかちさんですねぇ」
「うるせぇ。いいから教えろ!」
「はいはい。じゃ、遂に公開でーす!」
バサリと翼をはためかせ、ルカの体が舞い上がる。真っ黒な世界で一際輝く白い光を纏った姿は、正しく神の使徒そのもの。
「終焉の魔王エンドロールが司る、終わりの力。それを完全に防ぐことは、神様にだってできませんでした。
だからこそ、逆転の発想です。終わらされないようにするのではなく、終わってもすぐにまた始まるようにすればいい。何度終わらされても、その瞬間に新たな自分として始まる……そうすることで、擬似的に終わりの力を無効化することができるわけですよ。
僕の名はルカ……『ル』から始まり、『カ』へと戻るもの。先輩の……魔王の力に対抗するために生まれし我が真名は、神の使徒『カーテンコール』なり!」
名乗りと共にルカがパチンと指を鳴らせば、黒い世界のあらゆる場所から万雷の拍手が鳴り響く。それは「終わり」を「新たな始まり」と変え、無限に舞台を継続させるルカだけの権能。
「さあ、終わりの終わりを否定しろ! 鳴り響け、『呼び出し不可の最終演者』!」
ブワッと、世界に風が吹く。音の嵐が黒を押しのけ、現れるのはビロードの舞台。囲む客席に人影はなく、然れど割れんばかりの拍手が二人の主役を包み込む。
「終わらせることしかできぬ魔王よ。この終わらぬ舞台で、お前の心が折れるまで永遠に踊り続けるがいい!」
「……上等だ! 受けて立つ!」
後輩の仮面を脱ぎ捨て、余裕の笑みを浮かべて見下ろすルカに、エドは獣のように獰猛な笑みを浮かべてその剣を構えた。




