他者に犠牲を要求するなら、自分が犠牲になる覚悟もせよ
残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
「何だよこれ。マジふざけんなよ……」
ブツブツと怨嗟の言葉を呟きながら、俺はとりあえず当て布を縫い付けてズボンの穴を塞ぎ、それをはき直す。「彷徨い人の宝物庫」が開ければ予備の服くらいは入っているんだが、ここまできてズボン如きで「ズル」を認定されたらたまんねーからな。
「で? ここはどういう場所なわけだ?」
そうして漸く身支度を調え終えると、俺は改めて周囲を見回した。だが辺りは真っ黒であり、そこには何もない。
いや、実際には見えていないだけで、何もないわけではないだろう。自分の体や荷物なんかは普通に見えているので、周囲は真っ黒ではあっても真っ暗ではないはずだ。手の届く範囲に壁や天井はないが、足の下にはしっかりと固い床の感触もある。
となれば、暗闇で不安を煽ってくる? それとも見えない敵が襲ってくるとか、見えない壁で構成された迷路を突破しろとかだろうか? さっさと仲間と合流したいから、できればサクッと攻略できる内容だといいんだが……
「ん?」
と、そこで俺の少し前に、ぼんやりと白い光が揺らめいた。ぼやけた幻影はすぐにしっかりとした人の姿となり、見覚えのありまくる声と顔で俺に話しかけてくる。
「まだいたのか、この役立たずが」
「アレクシス!?」
忘れようとしても忘れられない金髪イケメンの勇者様が、侮蔑の籠もった目で俺を見下してきた。近づくのも嫌だとばかりに露骨に体を離し、その口からは更なる罵倒が飛び出す。
「君のような奴のせいで、僕の大事な仲間が傷ついた。だというのに何故君がのうのうと生きている? 少しでも人の心があるのなら、泣いて詫びて今すぐ自死すべきじゃないか?」
「えぇ……?」
アレクシスの足下に、傷つき倒れるティアとゴンゾの姿が現れた。もの凄く恨めしそうな目でこっちを見てくるが、そんなこと言われても……おぉぉ?
「そうなのだ。毛無しの役立たずが身の程をわきまえずに出しゃばるのが悪いのだ」
「アンタみたいな薄気味悪い男を乗せたら、船の格が下がっちまうよ。さっさと海に飛び込んで、魚の餌にでもなるのが世のためってもんさ」
「ワッフル? それにレベッカ?」
次いで現れたのは、冷たい目をしたワッフルと皮肉っぽい笑みを浮かべたレベッカ。それを皮切りにしたように、人影はドンドン増えていく。
「ただの人間のくせに精霊の振りをするなんて……苦しむ僕を馬鹿にするの、そんなに楽しかった?」
「口では偉そうなことを言っておいて、危なくなれば僕を囮にして逃げるんだ? 信じてたのに……最低だよエド」
「こんなのを弟子にしてたなんて、一生の恥だぜ!」
「ええ、本当に。恥も外聞もないエロスの塊です」
「ぐっ……」
最後に出現したリーエルの台詞だけが、違う意味で俺に突き刺さる。確かにリーエルにそんなことを言われた記憶があるけれども、それを今指摘されるのは何かこう……違うんじゃないですかね?
「エロスじゃのう」
「エロスですね!」
「ああ、エロスだ」
「とんでもないドスケベエロ魔神ね!」
「やーい! エドのエロスエロスー!」
エルフの長老ガルガドーレと、その意思を引き継いだエルエアース。女騎士のアメリアに、「迷」探偵のキャナルに加え、ティアまで口を揃えて俺を責め立ててくる。ぐぅ、心が……俺の心が削られていく……っ!
「やめっ、やめろよ! その方向性は駄目だろ!? あと魔神じゃねーから! 魔王だから!」
「そうだぞ。こいつは壺のように壊すことでしか価値を生まない能なしだ」
「そして、終わらせることでしか己を表現できない破壊者だ」
「ゴウさん、それにハリスさん……」
「男軟弱! 男脆弱! オマエ、全ての女の敵!」
「私がアイドルになるって夢を、エドさんが踏みにじったんです! どうしてそんな酷いことをして平気でいられるんですか!」
「ドナテラ、それにレインまで!?」
俺を責める勇者の数が、ドンドン増えていく。それは二周目を越え三周目に入ってからの勇者にも及び、更には今はまだ出会っていない、一周目で通り過ぎた勇者達も加わって……黒くて明るい空間で俺を取り囲むのは、揃いも揃った一〇〇人の勇者達。
「死ね!」
「償え!」
「消えろ!」
「許さない!」
「うわぁ、勢揃いだなオイ……」
あまりにも重なりすぎた怨嗟の声は言葉としての体を失い、呪いの籠もった音に成り果てる。それに包まれ頭を掻く俺の前に、囲む勇者の円陣から歩み出てきたのは、唯一勇者ではない存在。
「わかる、エド? こんなにみんなが、エドの『終わり』を願ってるの。ならそれに応えてあげるべきじゃない?」
「ティア……」
一歩、二歩、優しい笑みを浮かべながら、いつの間にかアレクシスの足下から消えていたティアがこっちに近づいてくる。呪いの沼をかき分けて近づいてくるその姿は、まるで女神か天使のようだ。
「大丈夫よ、怖くないわ。だって約束したでしょう? エドが終わる時は、私も一緒に終わってあげるって」
「…………ああ、そんな約束もしてたな」
「エドが終われば、全ての世界から魔王も消える。エドのせいで不幸になった人達がみんな幸せになって、エドの目指したハッピーエンドに辿り着くの。
なら迷う必要なんてないでしょ? ほら、これで寂しくないわ」
ティアの腕が俺の背中に回されギュッと抱きしめられる。耳元に響く甘い囁きが、俺の心を、魂を侵し、犯し、冒すためにジンワリと染みこんでくる。
「さあ、エド……一緒に終わりましょう?」
「いやいや、お断りだ」
そんなティアの体を突き放し、俺は苦笑しながら剣を抜く。すると周囲の罵倒は倍の強さになり、ティアの顔つきがまるで困った子供を見るようなものになる。
「我が儘言っちゃ駄目よ、エド。ほら、見て?」
「さっさと死ね!」
「今すぐ終われ!」
「お前さえいなくなれば!」
軽く両腕を広げて首を振るティアに合わせて、勇者達が一層の叫び声をあげる。そしてそれを受けたティアが、諭すような口調で再度口を開く。
「わかるでしょう? 自分一人のためにみんなに迷惑をかけるのはよくないわ」
「おいおい、そりゃ違うだろ? 勝手に主語を大きくするなよ」
だがそんなもの何処吹く風。俺は苦笑しながら肩をすくめて同じように周囲に視線を向ける。
「ここに『みんな』なんていねーよ。こうして集まってるからそう見えるだけで、こいつら全員違う世界の奴なんだぜ? 俺と一〇〇人の勇者じゃない。俺とそれぞれの勇者の関係が一〇〇通りあるだけだ」
「それの何が違うの?」
「まるっきり違うだろ。俺一人のために大勢に迷惑をかけるなって言ってるけど、俺と勇者の個人間の問題なら、相手のために俺が不利益を被るのと、俺のために相手が不利益を被るのはどっちも同じだ。つまり……」
フォンと風を切る音を立てて、俺は「夜明けの剣」を横に薙ぐ。すると俺を囲んでいた勇者の一人の首が跳んで、その姿がかき消える。
「エド!? 貴方、自分が何をしたかわかってるの!?」
「そりゃわかってるさ。自分のために俺に死ねって言うなら、俺のために自分が死ぬのでも同じだろ? ほら、もう一つ」
気軽な調子で、俺はもう一度剣を振るう。すると更に一人の勇者がその場から消える。
「さあ、これで二つ問題が解決された。残りは九八……サクサク行こうぜ」
フォンフォンと音を立て、俺はひたすら剣を振り続ける。そしてその度、勇者の首が一つ跳んだ。
恐怖に顔を歪めるレインの首が、怒りにはち切れそうなドナテラの首が跳ぶ。
ジョンの名を呼んだキャナルの首が、噴火しそうに顔を赤くしたドルトンの首が跳ぶ。
血の涙を流すリーエルの首が、牙を剥き出しにしたギンタの首が、シュバルツの、ニコに、マグナの、ユートの、アネモの、ジンクの、バーンの首が跳んで……
「呪われろ、最悪にして災厄の魔王よ」
吐き捨てるようにそう言って、最後にアレクシスの首が跳んだ。もうここに勇者は一人もいない。いるのは俺と……ティアだけだ。
「エド…………」
「悪いな。もうこんなので心が折れたり立ち止まったりするような段階は、とっくに通り過ぎちまってるんだよ。で? 胸くその悪いイベントは、これで終了か?」
「……ええ、これで終わりよ。私が最後」
「そうか。なら…………」
悲しい顔をしたティアが、祈るように胸の前で両手を組んで目を閉じる。故に俺は剣を構え、その首目がけて横に薙ぐ。
「……ありがとう。最後にもう一度話せて、嬉しかったです」
柔らかな肉を斬る手応えと、固い骨を切る手応え。俺の手により跳ねられたティアの首が、赤い血を吹き出してゴトリとその場に転がった。




