迷って足を止めてしまえば、成功どころか失敗もできない
「…………静かだな」
そうして探索を始めて、しばし。動くもののないまっすぐな通路を進んでいると、チューリッヒがポツリとそんな呟きを零す。
遺跡というのは、実は割と賑やかになりがちである。というのも朽ちた石壁の隙間なんかから小さなコウモリやネズミなどが入り込むからだ。更にはそれらを餌にするゴブリンやウルフなんかが住み着けば尚更だ。
だがこの遺跡には、俺達以外に音を立てる存在が一切ない。おそらくは転移でしか侵入できないため、その手の小動物すらいないからだろう。
ならばこそ、俺達は静かな道行きを無言で進む。時折チューリッヒが立ち止まって壁などを調べていたが、それでも大して時間をかけることなく一〇分ほど歩き続けると、不意にニャムケットが声をあげて前方を指さした。
「ニャー。先生、あそこで道が途切れてるニャー」
「そのようだな」
そのまままっすぐ進み続けると、途切れた通路の先にあったのは更に広い通路であった。道幅は一〇メートルはあり、天井も首が痛くなるほど高い。
「凄い広さね。天井もすっごく高いし」
「おそらくはここが、この遺跡の本来の通路なんだろう。今出てきたのは……チュッ!?」
俺達がしげしげと周囲を見回していると、振り向いたチューリッヒが突然声をあげた。即座に意識を切り替えた俺も剣に手を添え振り返ったが、そこにあったのは予想とは違う、だが予想よりも厄介な現象であった。
「……道がなくなってる!?」
「ニャー! 壁になっちゃってるニャー!」
今さっき出てきたばかりの通路が、完全に消え去っている。慌てて駆け寄り手で触れるも、返ってくるのは冷たい石の感触だ。
「幻影じゃない!? 嘘だろ、どんな仕掛けだよ!?」
「これは……やられちゃったわね」
驚きに声を上げる俺の横では、ティアも苦々しい笑みを浮かべている。てっきり見えなくなっただけかと思ったが、物理的な石壁が存在している。転移陣の件といい、どうやらこの遺跡を作った奴は一方通行が好きなようだ。
「ニャー……さっきの場所に戻れなくなったってことは、アッチ達が帰る手段もなくなっちゃったってことニャー?」
元の遺跡へと帰る転移陣は、この壁の向こう側。誰もが思いつく最悪の状況に、しかしチューリッヒが首を横に振って声をあげる。
「いや、そんなことはないはずだ。我々が通ってきたのは、あくまでも作業員用の通路でしかない。こちらが正規の道だというのなら、ここから本来の入り口と出口に道が繋がっていなければおかしい」
「そうだぜ。それに照明や壁の仕掛けが生きてるなら、転移陣だって普通に動いてる可能性が高いだろ? 詳しく調べりゃ他の裏口だってあるかも知れねーし、諦めるのは流石に早すぎるだろ」
「そうそう。だから落ち込まないで、一緒に頑張りましょ?」
「ニャー……」
最後に笑顔でティアが手を差し出すと、ニャムケットがその上にポンと肉球を乗せる。その手を握ったティアがもの凄く嬉しそうに耳を揺らしたが……まあそれは言うまい。
「わかったニャー! アッチも脱出に向けて頑張るニャー!」
「その意気だぞニャムケット君! では改めて進もうと思うが……さて、どちらにする?」
立ち直ったニャムケットを褒めてから、チューリッヒがそう言って左右を見る。どちらもずっと奥まで続いており、先は見えない。
「どっちかが入り口で、どっちかが出口に繋がるのよね? 罠とかあるかもって考えると、入り口に向かう方がいいのかしら?」
「いや、俺は出口側がいいと思う」
「ほぅ。エド君、その理由は?」
ヒゲをピンとしごき上げながら問うてくるチューリッヒに、俺はニヤリと笑いながら答える。
「そりゃ簡単ですよ。入り口だと出られない可能性が高いからです」
「ニャー? 何で入り口だと出られないニャー?」
俺の説明に、ニャムケットが首を傾げる。併せてティアとチューリッヒもこちらを注目しているのを見て、俺はそちらに顔を向けつつ更に話を続けていく。
「さっきのアレが『ダシケターマ遺跡』だと思われてたってことは、この本物のダシケターマ遺跡は今まで誰にも見つかってないってことだろ? でも見ろ、ただの通路すらこんだけ広いうえに、従業員用の裏口まであるんだぞ? そんなでかい遺跡が今まで誰にも見つかってないのは、何でだ?」
「ニャー……それは、凄くわかりづらいところにあるとかニャー?」
「いやまあ、そりゃそうだろうけど。俺が言いたいのは、通常の方法……要は徒歩ではこの遺跡に辿り着けないんじゃねーかってことだよ。ほら、ここに来るときには転移陣を使ったじゃん? なら正規の入り口も転移陣を使ってるんじゃねーかと思うんだよ。
で、その場合……俺達が通った転移陣はどうだった?」
「どうって、消えちゃったニャー?」
「あっ! そうよ、向こうからこっちに来るだけで、戻れなかった!」
「はい、ティアが正解。片道ってことは、入口側は実質的には行き止まりってことだ。つまり出口側にあるであろう『外に出るためだけの転移陣』を使わねーと、俺達はここから脱出できないってことだ」
「ニャー! なるほど、エドは賢いニャー」
俺の話を聞いたニャムケットが、ポムンと肉球を打ち合わせて大きく頷く。俺の都合として出口……つまり遺跡を攻略した先に向かってもらわないと困るというのもあるが、この推論自体は間違っていないはずだ。もっとも……
「うむ、そうだな。私もそう思うが……となると次の問題は、どっちが奥に続く道なのか、ということだ」
「……そうなんですよね」
チューリッヒの言葉に、俺は苦笑を浮かべて頷く。この長くて広い通路のどっちが入口側でどっちが奥へと続く道なのかが、俺達には全くわからない。これは作業員用の出入り口を使ってしまった大いなる弊害だ。
「待って、じゃあ今の話し合いには、ひょっとして意味がなかったとか?」
「方針が決まったんだから、無意味ってことはねーだろ! それを生かす手段がないってだけで」
「えぇ……何となく損をした気がするのは、私だけなのかしら?」
「フニャー。尻尾が垂れ下がっちゃうニャー」
「チュッチュッチュ。そう落胆するものではないぞ。見ていたまえ」
ヘンニョリするティアとニャムケットを前に、チューリッヒが懐から銅貨を一枚取りだして床に立て……それがパタンと倒れる。
「先生、何やってるニャー?」
「ぐっ、やはり使用頻度の低い硬貨でないと駄目だったか……ならこっちだ!」
ニャムケットに冷めた目を向けられたチューリッヒが、悔しそうに唸ってから銅貨をしまい、代わりに金貨を取り出して同じように立てる。すると傷の多い銅貨と違って美しく丸い縁を維持した金貨が、ゆっくりと片側へ転がり出した。
「転がってるわね。ということは、そっち側が低くなってる?」
「チューッチュッチュッチュッチュ! そういうことだ! 中に入り込めなかったこととは別に、巨大な遺跡が誰の目にも触れていないということは、ここは地下である可能性が高い。そして地下遺跡であれば、多くの場合最深部は下だ。
つまり金貨が転がった方向こそが奥へと続く道だということになるのだ!」
「おおーっ!」
「流石は先生だニャー!」
堂々と胸を張るチューリッヒに、ティアとニャムケットが賞賛の声をあげる。割と乱暴な理屈ではあるが、気休め程度であろうと指針があるのは嬉しい。
「じゃ、ほんのり下ってる方に進むか」
「おー!」
「行くニャー!」
「皆、チュー意して進むのだぞ!」
帰路を絶たれて沈んだ気持ちを鼓舞するように、全員で声を掛け合い、進行を再開する。本道に入ったってことは、何もないのはここまでくらいだと思うが……ま、精々警戒させてもらうとしよう。




