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「すみません。何か床が光ってる場所を見つけたんですけど」
ルカとの邂逅を終えた俺は、急ぎ元の場所へと戻ってチューリッヒにそう告げた。すると別れたときと変わらず真剣な顔で何かの破片をジッと見ていたチューリッヒが、顔をあげて怪訝な目でこっちを見てくる。
「床が光っている? 石ではなく光を反射するような素材で出来た床があったということかね?」
「いや、そういうのではなくて……とりあえず見てもらってもいいですかね? いつまで光ってるかわからないですし」
「ふむ……わかった、行ってみよう」
転移陣だと言えればいいんだが、この世界の一般的な冒険者が持っている知識かどうかの判別がつかないため、今はこのくらいの表現しかできない。それでも俺の言葉に興味を惹かれたチューリッヒがそう言ってくれたので、全員揃ってさっきの場所まで戻る。
すると当然、床にははっきりと視認できる形で転移陣が出現したままになっており、それを見たチューリッヒが興奮してヒゲを逆立てた。
「チュワッ!? な、何だこれは!? エド君、君は一体何をしたのかね!?」
「俺は別に、何も……ただ近くを通りかかったら、突然こうなっただけで」
「むぅ? 人が近づいた時だけ反応する仕掛け……しかしそれなら当時散々やってきたであろう冒険者達に反応しなかった理由がわからない。なら他に何か条件が? ムムムッ!? これは……」
床に這いつくばったチューリッヒが、浮かび上がった転移陣をしげしげと観察し始める。不用意に中に入りそうだったら体を掴んででも止めるつもりだったが、流石にそんなことはしないようだ。
「古代文字、だがこの位置からでは読みづらいな……ニャムケット君! 私を抱えて、この光る床の上に浮かせてくれ!」
「ニャー。わかったニャー」
「チュー意深く頼むぞ? 君も私も、絶対にこの光ってるところに触れないようにするんだぞ!?」
「わかってるニャー。先生は心配性だニャー」
ニャムケットがチューリッヒの頭が自分の腹側に来るようにして抱え、転移陣の上に乗り出すような姿勢になる。その状態でズリズリと這いずりながら小一時間かけて転移陣を一周すると、床に下ろされたチューリッヒが改めて俺達に説明をしてくれた。
「漸くわかったぞ。どうやらあれは、本物のダシケターマ遺跡へと通じる道……それも作業員用の道であるらしい」
「作業員用? それに本物って?」
その言葉に首を傾げるティアに、チューリッヒが小さく頷きながら言葉を続ける。
「説明しよう。あの光る床の周囲には、この遺跡が作られたのと同じ時代だと考えられている、エラルトリア文明の文字が刻まれていた。その内容はあの光る床……『転移陣』というらしいが、それの移動先の情報や、使用規則などだな。
具体的には、転移陣の先は建設中のダシケターマの入り口であること、転移先に移動を阻害する物体が存在する場合は一時的に使えなくなるので、ダシケターマ側と通信して異物を排除し、安全を確認してから再起動すること。
他には使用の際には必ず上司の許可を得ることや、使い終わったらきちんと魔力回路をオフにして経費節減を心がけること。無許可での使用によって生じた損害には組合側は一切の責任を負わないとか、不当な理由で破損させたら修理費用を給料から天引きするなんて記載もあったな」
「えぇ? 何か、急に俗っぽくなったっていうか……」
「チュッチュッチュ、確かにそうだが、考えてみれば当たり前の事だ。どれほど壮大な建物があったとしても、それを作るのは人だ。ダシケターマ……『神の座す場所』であろうとも、相応の人員が運び込まれた資材を作って建設しているのは必然。
そしてそんな作業員用の出入り口があるということは、ここは本来のダシケターマ遺跡ではなく、それを作るための作業員が待機していた場所だということになるわけだ。
実際、この遺跡には三〇以上のほぼ同じ大きさの個室があったからな。名前と一致しない不思議な作りだと思っていたが……そういうことだったのだろう。この遺跡の名を示していたという文献も、実は『神の座す場所 建設作業員用仮宿舎』のような記述の後ろ半分が失われていて、結果勘違いしたとかではないだろうか?」
「なるほどー」
「ニャー。先生の洞察力は今日も抜群だニャー」
「当たり前だ! 君達とはチュー意力が違うからな! それともう一つ……」
「あっ、オイ!?」
ティアとニャムケットに褒められご満悦で胸を反らしていたチューリッヒが、無造作に転移陣の上に乗った。今までの慎重な行動とはあまりにかけ離れていた行為だけに、俺は慌てて手を伸ばすも間に合わず……だが、何も起こらない。
「あれ?」
「見たかね? この転移陣とやらは、さっきの内容に同意しないと移動できないようになっているのだ。つまりうっかり触れてしまった結果何処か遠くへ飛ばされるということもない。ニャムケット君のような不チュー意な者でも安心の設計というわけだね」
「ニャー。先生、それは酷いニャー。アッチはそんなに迂闊じゃないニャー」
再び転移陣の外に出てきたチューリッヒの言葉に、ニャムケットが抗議の声をあげる。だがチューリッヒはクワッと目を見開き、ニャムケットを指さして言う。
「何を言うか!? 君が目の前をチョロチョロするモノに気を取られたせいで失敗したことが、今まで何度あったと思うのかね!?」
「ニャー。それは猫人族の本能だから、仕方ないニャー」
「……では、寝ぼけて私の尻尾に飛びついてくるのも仕方がないと?」
「にゃ、ニャー……ごめんなさいニャー」
「うむ、反省しているならいいのだ。ならば最後の問題は……この光る床で、本物のダシケターマ遺跡に行ってみるかどうか、だな。私達は行ってみようと思うが、エド君達はどうするかね?」
「えっ!?」
ニャムケットとのじゃれ合いを終えたチューリッヒが、ほとんど考える事なくそう問うてくる。俺としては実に都合のいい展開ではあるが……それでも驚きを押し殺して問い返さないわけにはいかない。
「いいんですか? 行ったらすぐには戻れない可能性もありますし、移動先が安全である保証だって何もありませんけど」
「チュッチュッチュ! 確かにその通りだ。だがほんの少しではあるが、床の光が弱くなっている。さっきの説明文からすると何処かに蓄えられている魔力を消費しているのだろうから、その残りが少ないのだろう。そして我々にはその魔力を補充できるのかどうかすらわからない……つまり、今を逃せば二度とダシケターマ遺跡には行けない可能性が高いということだ。
移動先が安全であるかの確認も、確かにしたい。が、『承認』の言葉が必要ということは、結局誰かを送るしかない。であれば私が行くのは当然だろう? 移動先にこの床の模様のように古代語の説明が書かれていたとしたら、それを読めるのは私だけなのだからね」
「それは、確かに…………」
仮にチューリッヒが勇者でなかったとしても、今の話を聞けば一緒に来て欲しいと思う。そして俺が何かを言うまでもなく、本人がこれだけの意思を示しているというのであれば、俺の言うべき答えは一つだ。
「わかりました。なら俺達も一緒に行きます」
「いいのかね? エド君の言うとおり、安全などこれっぽっちも保証されていないんだぞ?」
「勿論! むしろ危険からお二人を守るのが俺達の仕事でしょう? なあティア?」
「そうね。私とエドがいれば、大抵のことは大丈夫よ!」
「チュッチュッ……そうか。ならこの四人で、誰も見たことのない本物のダシケターマ遺跡へと突入してみるか!」
「おう!」
「はい!」
「ニャー!」
チューリッヒの言葉に、それぞれがそれぞれの言葉で応える。そうして顔を見合わせると、全員で光る床、転移陣の上に乗り……
「では行くぞ……『同意する』!」
チューリッヒの宣言と共に、俺達は光に飲まれて未知の場所へと跳ばされていった。




