見る目があれば、ガラクタもお宝になる
「君達はなかなか見所のある者のようだ! よし、私の調査に同行したまえ!」
その後、チューリッヒのそんな一言で、俺達はあっさりと勇者パーティ……というか調査メンバーの一員になることができた。そのまま森をかき分け目的の遺跡へと移動する最中、ティアがそっと俺の手を掴んでくる。
『ねえエド、聞いてた話と違うってことは、本来ならここではチューリッヒさん達とは出会わないはずだったのよね?』
『ああ、そうだな。つっても、この程度の差だと誤差の範囲内かも知れねーけど』
一周目の時に俺が彼らと出会ったのは、遺跡に辿り着いてからだ。より正確は道すらない場所に放り出され、フラフラと彷徨った挙げ句に辿り着いた遺跡で途方に暮れていた俺に、チューリッヒ達が声をかけてくれたというのが始まりである。
ただ、ならこれは一周目と全く違う流れなのかと言われると、断言まではできない。一周目の俺は黙って森の中に歩いていったが、さっきの俺はその場に留まりティアと話をしていたという違いがあるからだ。
つまり、一周目の時も俺がその場に留まって声をあげて助けを求めれば、近くにいたチューリッヒ達がそれに気づいて接触してきた可能性があるのだ。それがないと断言するには、かつてのチューリッヒ達が近くにいなかったという証明が必要だが、そんなことできるはずもない。
『ただまあ、油断はしないで行こうぜ。どっかでちょっかいはかけてくるだろうし』
『やっぱり、来ると思う?』
『そりゃ来るだろ……むしろあれっきり二度と会わないとかだったら、そっちの方が驚きだ』
俺の予想では、今回もしれっと勇者パーティに先乗りしたルカが「先輩が本気で歴史に興味なんてあるはずありません! ボクが確かめてあげます!」とか言って、この世界の歴史クイズとかを仕掛けてくるんじゃないかと思っていた。
その場合、苦戦は必至であっただろう。何せ俺が持ってるこの世界の知識は一周目の時にいくらか聞かされた専門的な蘊蓄くらいで、それ以前の常識とか基礎知識が身についていない。そこまでの物知らずと判断されてしまうと、学者であるチューリッヒの調査に同行するには難しかっただろう。
まあそれならそれで、こっちも色々と対策を考えていたわけだが……特に邪魔をされることもなく、俺達は目的地となるダシケターマ遺跡へと辿り着いてしまった。
「うわー、凄い遺跡ね」
「チュッチュッチュ、そうだな。歴史と英知を感じる、実に荘厳な佇まいだ」
森の中に埋もれるようにして存在する、小山のような大きさの遺跡。大量の蔦と苔が絡まったそれは、長い年月ここに在り続けたのだということを如実に物語っている。
「でも……あれ? 入り口辺りは、少しだけ綺麗なのね?」
「そりゃそうだニャー。発見されてしばらくは、冒険者がものすごーく殺到したからニャー」
「ああ、そっか。別に私達が初めて来たってわけじゃないものね」
「そういうことだ。全く忌々しい……」
ぽっかりと空いた正面入り口付近は単純な泥汚れなどが目立ち、遺跡の外観のように植物が絡まっていたりはしない。それは勿論、ここにはつい最近……と言っても一〇年以上前だが……沢山の人が出入りしていたからだろう。
となれば、今更罠も何もない。肩を怒らせ無警戒に遺跡の中へと入っていくチューリッヒの後を俺達も追いかけると、チューリッヒはそのまま手近な小部屋へと入りこみ、床の上に散乱する陶器の破片のようなものを、一つひょいと拾い上げてティアに見せつけてきた。
「ルナリーティア君。君にはこれがどの程度の価値に見えるかね?」
「えっ!? えーっと……何かの欠片ですよね? ごめんなさい、歴史的な意味があるのだろうということはわかりますけど、その価値が『自分が欲しい』と思うことなんだったら、全く価値を感じないです」
ティアが何とも申し訳なさそうに耳を垂れ下がらせて言う。だが問うたチューリッヒの方は気を悪くすることもなく、平然と頷いて返す。
「正直な感想をありがとう。確かに君達冒険者が唯一とする『金銭的価値』で言うならば、この破片には何の価値もない。これに価値をつけられるのは、詐欺師か宗教家だけだろうね。
だが、我々研究者からすれば違う。今君が言ったとおり、これには非常に高い『歴史的価値』があるのだ」
そう言って、チューリッヒが手にした破片を顔の前でしげしげと観察する。俺やティアもその場に屈んで同じように破片に注目すると、チューリッヒが髭を震わせながら説明を始めた。
「ふむ、形状からして皿か壺の一部……いや、これは皿だな。それも数人分の料理を盛り付けるような、大きめの皿だ」
「へー、そんなことわかるんですか?」
「無論だ。土器というのは土をこねて作るわけだが、塊を押しつぶして広げるのと、縦に引っ張り上げて引き延ばすのでは若干の違いが出る。また皿に比べて壺は中身に触れている時間が長くなるため、内側と外側で状態が変わりやすい。
その辺を考慮すると、これはほぼ間違いなく皿だと予想できるわけだ」
「おおー! 凄い!」
チューリッヒの説明に、ティアがパチパチと手を叩いて感嘆の声をあげる。するとチューリッヒは少しだけ得意げに胸を張り、更に説明を続ける。
「で、ここに大皿があったということは、ここには複数人がそこそこ頻繁に集まり、食事などをしていたということだ。ならば周囲に別の食器があったり、食料庫などもあるかも知れない。その規模や配置を見れば古代人がここに住んでいたのか、あるいは通っていたのかなんてのもわかる。
どうだね? こんな小さな破片一つでも、このように多数の予測が立てられるのだ。そう、このたった一つで、何百年、あるいは何千年も前にここに暮らしていた人々の影が見える……それこそが考古学であり、この欠片の『価値』なのだ」
「ニャー。流石先生、凄いニャー」
「本当に凄いです! ねえエド、私今、自分でもちょっとビックリするくらい感動してるわ!」
「お、おぅ。そりゃよかったな」
ニャムケットと共に賞賛の声をあげたティアが、俺の手を取り興奮を伝えてくる。だがそんなティアの喜びに水を差すように、チューリッヒの言葉はまだ続く。
「だが……その事実すら『金銭的』には銅貨一枚の価値すら持たない。故に冒険者達は遺跡に残る壺や皿を丁寧にどかしたりせず、壊しながら家捜しをするのだ。
この部屋も、きっと発見当初はもっとはっきりと生活の跡が見て取れる状態だったのだろう。しかし今は見る影もない」
「うぅ、それは…………」
寂しげなチューリッヒの声に、ティアもまた肩を落とす。チューリッヒにはティアを責めるつもりなどないのだろうが、それでも色々と覚えのある俺達としては、何とも耳の痛い話だ。
「エド君、ルナリーティア君。君達は腕のいい冒険者だそうだが……ならばこそ頼みがある。歴史的な価値があるからといって、宝を持っていくなとは言わない。君達だって命がけで魔獣を倒し、遺跡を巡っているのだ。それを否定する権利など私にあるはずもないからな。
だが、せめて価値のない家具や食器、壺などを、無為に壊すのだけはやめてくれないか? 横にずらすとか棚に片付けるとか、ほんの少しの手間をかけてくれるだけでいいのだ。壊され捨てられることに比べれば、それだけでわかることが何倍にも増えるからね」
「わかりました。これからは気をつけます。ね、エド?」
「そうだな。余裕があるときに、できる限り……とはなりますけど」
「チュッチュッチュ、それでいいとも。魔獣に襲われても命を賭けて皿を守れなんて言わないさ。
この世に誰か一人がやっても意味がないことなどない。まず誰か一人が始めることにこそ意味があるのだ。君達のような若く有能な冒険者が最初の一歩を踏み出してくれれば、いずれ世界だって変わるかも知れないからね」
「ニャー。先生はいいこと言うニャー」
「チュッチュッチュ! まあな!」
チューリッヒの言葉が、俺の胸に深く染み入る。遺物に優しくあろう……その考えは、確かに俺の中に小さな火となって宿るのだった。




