前提を見逃していたら、どんな推理も意味がない
「おっかしいなー、気配は完全に消してたはずなんですけど……」
「確かに気配なんてこれっぽっちも感じなかったぜ? でも、今なら必ず出てくると思ってたよ」
ひょいと地面に飛び降りて、俺の前で腕組みをして考え込むルカに、俺は小さく肩をすくめながら答えてやる。
平常時であれば、きっとルカは出てこなかった。それで出てくるくらいなら、世界から自分の記録を消したりしないだろう。だがこの世界を「追放」されることが確定した今なら話は別。
「今からじゃ、どうやってもルカの存在をこの世界に残せねーからな」
「そうですね。それをやられると凄く面倒なことになるんで隠れてたわけですが……で、わざわざボクを呼びだしたってことは、何か――」
「あーっ!?」
と、そこで突然、ティアがルカを指さして大声をあげた。
「うおっ!? びっくりした……何だよティア」
「ルカ! そうよ、この子がルカよ! やっと思い出した! 私、この子と一緒に旅をしてたわ!」
「……え、思い出した!?」
はしゃぎながら俺の肩を叩くティアの言葉に、しかしルカは強烈に顔をしかめる。
「本当にですか? 本当にボクの事思い出しちゃったんですか!?」
「ええ、そうよ。ルカがエドと仲よさそうにしてたことは、ぜーんぶ思い出したわ!」
「……えっと、確認なんですけど、その前の……先輩の故郷でボクと一緒だったことは、覚えてます?」
「うぅ……ごめんなさい、そっちは覚えてないわ」
「ってことは、回数を重ねると記憶が消えづらくなる? いやでも、たった二回でそんなことが……」
「待て待て待て! 何かスゲー気になることが増えたんだけど、まずはこっちの話をさせてくれよ、時間ねーんだし」
本来ならじっくり話を聞きたいところだが、俺達がこの世界に留まれるのはあと数分しかない。ならば優先順位を間違えてはいけない。
「えーっ! まあ、エドがそう言うなら」
「いいでですけど、今更ボクに何を聞きたいんですか?」
「聞きたいことは二つだ。最初の一つは……何で自分の存在を消した? 今回はそんな必要なかっただろ?」
前の世界……俺の故郷では、俺に自分の正体を晒したという事実を消すために、全部纏めて記憶を消そうとしたのだろう。それは見事に失敗したわけだが、手間をかける理由としては至極納得のいくものだった。
だが、この世界でルカがやったのは、ごく普通の冒険だけだ。俺の記憶まで綺麗さっぱり消せるなら違うのだろうが、そうできないことは証明済み。
ならば何故消したのか? その理由が知りたい。
「ああ、それですか? 簡単ですよ、ボクの存在をこの世界の歴史に残したくなかったんです。
ほら、ボクって割と特別な立ち位置でしょう? 何度も繰り返す世界のたった一度であっても、ボクがいたという事実を残しちゃうのは、色々と面倒なことがあるんです。詳しく話すと三日くらいかかりますけど、聞きます?」
「聞かねーよ! てか、聞けねーのがわかってて言ってやがるな?」
「てへっ!」
コツンと自分の頭を叩き、ペロリと舌を出してルカが笑う。あまりにもあざとすぎて可愛いどころか腹が立つだけなんだが、今はルカと遊んでやる時間もない。
「チッ、まあいいや。んじゃ次だ……魔王を倒したあと、どうして俺が力を回収するのを邪魔をしなかった?」
「えっ!?」
驚くルカを、俺はジロリと睨んで問う。さっきのは軽い好奇心も混じっていたが、こっちの質問こそ本命。
二つ前の勇者マグナの世界で苦労した……しそうになった通り、魔王が完全に倒されてしまうと、俺はそこから力を回収することが極めて困難になる。ならばこそルカがそうするのではないかと警戒していたのだが、最後まで何もされることはなく、普通に力を回収できてしまった。
「あそこで魔王を跡形も無く浄化したりすれば、俺は力が回収できなくて困ったはずだ。魔王がもう一度復活するまで長い年月を待つか、あるいは何処かに残った痕跡を探すか……それだってお前に先回りされれば、もう諦めるかこの世界に滞在し続けるかのどっちかしかない。
前の話を聞いた限りじゃ、それはお前にとって都合がいい展開だったはず。なのに何故そうするように仕向けなかった?」
一体何を企んでいるのか? そう言外に問う俺に、しかしルカはもの凄く微妙な表情でこっちを見てくる……え、何だその反応?
「あの……あのですね先輩。確かにあの場で魔王を浄化して、先輩が力を回収するのを妨害することは可能でしたけど……でも、この世界にはとんでもなく大きな痕跡が残ってるじゃないですか?」
「……痕跡?」
「ええ。ほら、先輩の前のお仲間だっていう人が」
「…………あっ」
そう言われて、思い出す。魔王が己の命を削ってまで生み出したという「七大災悪」だが、そのうちの一つ「並び立つ絶望」は、ルカ……ではない。ルカが魔王の記憶を弄ってそういう風に思わせただけで、本来の「並び立つ絶望」は、一周目で勇者パーティの一人だったアルガスという男なのだ。
「あのレベルの痕跡が残ってたら、あの場で魔王本体を浄化したって意味ないですよね?」
「ち、ちがっ!? 別に忘れてたとか、そういうのじゃねーから! そ、それにほら! アルガスだって、ルカが先回りして浄化しちまえば……」
「『並び立つ絶望』は任意に姿を変えられるんで、ボクじゃ見つけられないですよ。先輩はそういうのを探す力があるみたいですから、競争したらボクの負けは確実ですし」
「あっ……うっ…………」
「エド…………」
口ごもる俺に、ティアがとても優しい目を向けてくる。
「そうよね、エドだって失敗することや、読み間違えることだってあるわよ」
「やめてくれ! その優しさは今凄く刺さるから!」
小さな子供をあやすように頭を撫でられるが、振りほどく気力が出ない。その間にもカウントは進み……追放まで、残り五秒。
「見てろ! 次は必ず――」
「はーい、先輩! じゃ、またです!」
『三……二……一……世界転移を実行します』
最高の笑顔で手を振るルカに見送られ、俺達はこの第〇八二世界を後にした。
「ぐぅぅ……何だこの敗北感……」
そうして「白い世界」に戻ると、俺は思わず拳を握りしめる。結果としてはほぼほぼこっちの思い通りになったはずなのに、何故か凄く負けた気がしてならない。
「まったく、エドったらまだまだお子様ねぇ……でもルカのこと、思い出せてよかったわ。思い出が勝手に減らされるのは、とっても寂しいもの」
「あー、そんなこと言ってたな」
「ということで、憂いもなくなったことだし、次は本を読みましょ!」
「むぅ……まあ、そうだな」
俺とは対照的にご機嫌なティアに引きずられ、俺はテーブルの上に置かれたいつもの「勇者顛末録」に目を通す。その内容は平民のローレンツがある日不思議な夢を見て、それに導かれるように城に行ったら聖剣に選ばれた……という、こう言っては何だがありがちな英雄譚が綴られていたわけだが……
「やっぱりルカのことは書いてないのね」
「だな。ヌオーの加護があるし、ひょっとしたらって思ったんだが」
俺達の旅路に、ルカの姿は存在しない。その事実は何とも寂しいもんだが……しかし俺達の胸に冷たい風が吹き抜けることはない。
「でも、平気よ。たとえ世界が覚えてなくても、私達は覚えてるもの。それに……」
「…………ははっ、そうだな」
そこに書かれた最後の文章に、俺は心からの笑みを零す。
――第〇一一世界『勇者顛末録』 最終章 その足跡は未来へと続く
かくて勇者ローレンツとその仲間は、見事に魔王を討ち果たした。その功績によりハルギニア王国の騎士となったローレンツは、自身を鍛えるのと同時に後進の育成にも力を入れる。
その指導力は目を見張るものであり、魔王討伐から三年後、かの「七大災悪」に匹敵するほどの力を持つと目される最後の残党が起こした「人形戦争」において、自らが鍛えた三〇〇人の英雄と共に一万の敵を防ぎきり、王都を守り切るという偉業を成し遂げた。
救世の勇者にして護国の英雄、民に慕われ敵国からすら敬意を向けられる大将軍となったローレンツは、老いという不治の病に伏せる際、最後にこう言い残している。
「私は世間で言われているほど凄い人間ではない。ただほんの少し、後ろに続く者達が進みやすいようにしているだけなのだ。私の体で風を遮り、私の足跡を道として、そうして育った者達こそが、真に私の価値なのだ。
そしてそれが出来たのは、あの日の仲間が今も私の背を押してくれるからだ。私は一人で皆を連れてきたのではない、あの三人に押されていたから、皆を引っ張ることができたのだ」
なおローレンツが魔王討伐の旅に連れた仲間は二人だけなのだが、それが単なる言い間違いか、あるいは老衰による記憶の混濁なのか……旅の話を何度もねだり、その都度聞き返してくる孫達に、しかしローレンツはいつも、ただ静かに微笑むだけだったという。




