たとえ全てが消えたとしても、消したという事実までは消えない
「はー、これで漸く自由だな!」
立派な城の裏門から出て、俺は大きく背を伸ばす。魔王討伐を為した勇者パーティの一人ということで色々面倒なお誘いが多かったが、それもこれまでだ。
なお、裏門にいるのは別にこっそり逃げるとか、追い出されたとかじゃない。正門を開けるのは面倒な手続きが必要だったり、どうしても派手で目立ってしまうので、俺の方から「こっちでお願いします」と頼んだ結果である。
「本当に、何回経験しても馴れないわね……」
「そりゃ仕方ねーだろ。そもそもこんなのに『馴れる』なんて、普通はありえねーわけだし。ま、お疲れさん」
隣で疲れた声を出すティアに、苦笑してその肩を叩く。そしてそんな俺達を何処か呆れたような顔で見ているのは、名実共に誰もが認める勇者となったローレンツだ。
「私としては、そんな風に余裕でいられる君達の正体がとても気になるところなんだが……」
「ははは。正体も何も、俺達はただの冒険者、旅人ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「…………そうだな。そういうことにしておこう。ここでお別れなのだしな」
感慨深げなローレンツの言葉に、今度はティアの方から話しかける。
「勇者様は、お城の騎士になるんですよね?」
「ああ、そうだ。おおよそ三ヶ月ほどで騎士爵に叙され、同時に上級騎士として任官することが決まっている。その後は一、二年の実務を経てから準男爵に昇爵することまでは内定しているが……そこから先は未定だな」
「まあ、あんまり偉くなると現場に出られなくなっちゃいますし、無駄な権力闘争に巻き込まれたりしやすくなりますからね」
世界を救った勇者という肩書きがあれば、それこそ王族の姫と結婚して王家に入ることすらできただろう。が、ローレンツはそれを望まなかった。あくまでも現場に拘り、いずれは部隊を指揮するような立場になりたいと申し出たのだ。
それは偏に、ローレンツが自分の才をきちんと理解しているが故。元々平民のローレンツに政治なんてできるはずもなく、お飾りの王をやるくらいならいずれ復活するかも知れない魔王に備え、後進を育てたいと考えたのだろう。
その選択はお城の偉い人達にも受け入れられ、結果がこれである。中には「目先の欲に囚われず、真に国を、民を思った勇者の英断」などと讃える人もいたが、それには俺も同意だ。まあ実際には魔王は二度と復活しないんだが、将来を見据えて頑張ることそのもの意味があるわけだしな。
「フフッ、勇者様なら、きっといい隊長さんになれると思うわ」
「ありがとう、ティア。頑張るよ…………なあエド、一ついいか?」
「何ですか?」
と、そこでそれまで笑顔だったローレンツが、不意に困ったように顔をしかめる。
「突然変なことを言うと思われるだろうが……私達は本当に、この三人で魔王を倒したのか?」
「えっ!?」
その言葉に、俺は思わず驚きを口にしてしまう。だがそれを勘違いしたのか、ローレンツは慌てて言葉を重ねてくる。
「いや、わかっているのだ。立ち寄った町や村、解決した事件の関係者など、誰に聞いても私達は常に三人だった。客観的な事実があるのだから、三人だったことに疑う余地などない。
だが、どうしても私は、もう一人別の誰かがいた気がしてならないんだ。こう……問題ばかり起こしたり、自分勝手で我が儘で……でも何処か憎めないような、そんな仲間が私の隣にいた気がして…………」
身振り手振りを交えて、ローレンツがそう語る。だが俺とティアが困った様子で顔を見合わせているのを見ると、寂しげな笑みを浮かべて小さくため息をつく。
「……ふぅ。すまない、忘れてくれ。やはり私は――」
「いや、いいんじゃないですか?」
「……エド? いいとは?」
「だから、そういう仲間がいた気がしても、いいってことです」
俺の言葉に、ローレンツが不思議そうな顔でまっすぐに俺を見てくる。期待と不安の入り交じったその視線に、俺は笑顔で応える。
「確かに俺もティアも、そんな奴がいたなんてこと何も覚えてません。でも勇者様がそう思うのであれば、それでいいと思うんですよ。
だってそうでしょ? 確かに俺達がしていたのは魔王を倒して世界を救う旅でしたけど、でも旅そのものは、他の誰でもない俺達だけのものです。辛かったことも楽しかったことも、そこで感じた全ては俺達だけのものであって、他の誰かがとやかく言うことじゃないじゃないですか。
だから、いいと思うんです。そこに俺達以外の誰かがいた気がしても、そいつと一緒に旅をしたような気がしても……それは勇者様だけが持つ、勇者様だけの思い出です。客観的な事実がどうとか、そんなの関係ないですって。それに……」
「…………それに?」
「もしも本当に誰かが自分の存在を消したのだとしたら、それはそいつが消えたかったってことでしょう? なら証拠を探して『こんな奴がいたんです!』って公表するのはやり過ぎですけど、俺達が覚えてるくらいなら、丁度いい感じの意趣返しになると思いませんか?」
「それは……っ!?」
ニヤリと笑う俺に、ローレンツが目を丸くして驚く。きっとその頭の中では、燃えるような赤髪にちょっときつい吊り目をしたお調子者が、不満そうに唇を尖らせているはずだ。
「はっ、ははは! そうか、そうだな。確かにそうだ。他人がどう思うかなんて関係なかった。私が、私達が覚えて……いや、そう思ってさえいるのなら、それだけで十分だったのだ」
「そういうわけです。なんで思い出は勇者様が連れて行ってやってください。俺達は旅に出ますから、その先で初対面なのに見覚えのある、不思議な出会いをしないとも限らないですからね」
「エド、君は……本当に不思議な奴だ」
「よく言われます」
笑って言う俺に、ローレンツが右手を差し出してくる。それをガッシリ握り返し、ティアとも同じ事をすると、ローレンツが改めて口を開く。
「エド、ティア。二人とも本当にありがとう。名残惜しいが……ここまでだ。私達勇者パーティは、これにて解散とする!」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「見知らぬ誰かと出会えたならば、その者にもよろしく伝えてくれ」
「わかりました。それじゃ勇者様、お元気で」
「騎士のお仕事、頑張ってください、勇者様!」
「ああ! ありがとう……本当にありがとう!」
ローレンツに見送られ、俺とティアは城を離れていく。するとすぐにティアが俺に向かって話しかけてきた。
「あーあ、それにしても悔しい! 何でエドは覚えてるのに、私はまた忘れちゃってるの!?」
「それを俺に言われてもなぁ」
俺は当然今回も記憶を保持しているが、ティアの方は残念ながら、ルカのことを覚えていないらしい。魔王との出会いを仕切り直した時と同じ理屈なんだろうが、そのせいでティアは大層ご立腹だ。
「むー! 私だって楽しい旅の思い出が欲しいのにー!」
「ってか、実際忘れるってどんな感じなんだ?」
「そうね。とりあえず記憶に矛盾はないわ。魔女の呪いはエドが斬って解除してるし、でっかいスケルトンもエドが斬ってるし、勇者様に取り憑いてた『七大災悪』もエドが斬ってるし……」
「いやいや、俺斬りすぎだろ!? てか辻褄合わせが雑過ぎねーか!?」
「それを私に言われても……」
さっき自分が言ったことをそっくりそのまま返されて、俺は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。そのまま人気のない裏路地まで辿り着くと、誰も居ない空に向かって思い切り悪態をついた。
「おい、その辺どうなってんだよ!? 言いたいことがあるなら聞いてやるぜ?」
「……あれ? ひょっとして気づいてました?」
その声に屋根の向こうからひょっこりと顔を出したのは、驚きに目を丸くする神の使徒の姿であった。




