その者は強者に非ず。然れど正しく勇者であった
今回は三人称です。ご注意ください。
エド達が戦っている裏では、勇者ローレンツとルナリーティアもまた魔王と激闘を繰り広げていた。今もまたローレンツの一撃を易々と退け、魔王が見下すような声をあげる。
「ハッハッハ、どうした勇者よ、その程度か?」
「まだまだ、これからだ!」
魔王の身長は、一八〇センチほどのローレンツよりも更に頭一つ分ほど高い。とはいえ常識の範囲内の大柄な体格というだけで、決して巨人というわけではないのだが……今のローレンツには、魔王が見上げるほど巨大に感じられる。
(くそっ、強い……っ!)
ローレンツの中には、何故か魔王が弱くて情けない存在という印象があった。だがそれは最初の一撃を完璧に防がれたことで完膚なきまでに打ち砕かれる。床に寝転がって駄々をこねる魔王の幻想は瞬時にかき消え、改めて思い知らされたのは「人類全ての敵」たる魔王が、どれほどの高みにあるかということ。
(だが、怯んでいるわけにはいかない! 私は……勇者なのだ!)
「でやぁぁぁ!」
気合いを吐いて、ローレンツが魔王に斬りかかる。だが大上段から振り下ろした力ある一撃は、魔王の片腕にあっさりと止められてしまった。
「フッ、甘いわ! そんなものでは我に傷を負わせるどころか、刃を届かせることすらできんぞ! そらっ!」
「ぐっ!?」
魔王の装備は、艶めく黒い革製の鎧と手甲のみ。武器のひとつも持っていないことを最初こそ侮ったが、今では「魔王は武器など必要としない」ということを痛感させられている。何故ならローレンツの剣はその革鎧に軽く食い込みはしても斬ることはできず、素手で殴り飛ばされるだけでローレンツの剣が弾かれているからだ。
「勇者様!? 顕現せよ、『ウィンドエッジ』!」
「フンッ!」
よろめくローレンツを助けるべく、ルナリーティアが魔法を放つ。だが魔王はそれを軽く拳で吹き散らすと、追撃を行うでもなく悠然と立つ。明らかに侮られてるが、ルナリーティアはそれを素直に甘受し、息を荒げるローレンツに話しかける。
「焦っちゃ駄目よ、勇者様。一人で戦ってるんじゃないってこと、忘れないで」
「すまない、助かった。にしても……」
ルナリーティアに礼を言い、体勢を立て直して剣を構えるローレンツは、魔王と自分の剣を見比べ歯噛みする。その攻撃が通るイメージが、どうしても浮かばなかったのだ。そしてそんな勇者の姿に、魔王が小さくため息をついてから声をかける。
「ハァ……なあ勇者よ、ひとつ聞かせよ。何故貴様は聖剣を持っていない?」
「……聖剣は勇者を選び出すためのものだ。個人が持ち出すことなど許されてはいない」
「? 何だその馬鹿な決まりは? 誰が決めた? まさか、今までの勇者も全員聖剣を持っていなかったのか!?」
「そうだ。それがどうした?」
勇者は聖剣によって選ばれる。実際には勇者の誕生は聖剣とは無関係であり、ただ勇者が側に行くと聖剣が反応するというだけなのだが、「勇者が誕生する仕組み」を知らないこの世界の人々は、聖剣こそが勇者を生み出すのだと信じて疑わなかった。
なので、初代勇者が手にしていた聖剣を、二代目以降が使うことはなかった。万が一勇者が負けて聖剣が奪われれば、二度と勇者を生み出すことができない……そんな誤解からくる恐怖が、勇者に聖剣を使わせることを禁止していたのだ。
それは人間にとっては常識。だが魔王は知らなかった。初代以降、初めて自分の元に辿り着いた勇者から聞いたその情報に、魔王は思わず顔に手を当て、天を仰いで大笑いしてしまった。
「クッ……ハッハッハ! そうか、そうだったのか! それで全て合点がいった! 人類がそこまで愚かだったとはな!」
「何がおかしい!? 聖剣が人の手にある限り、勇者は生まれ続ける! だからこそ何人もの勇者が破れても、こうして私まで繋がったのだ!」
「これが笑わずにいられるか! 最初の勇者に我が追い詰められたのは、勇者が聖剣を携えていたからだ。時の運にて我が生き残ったが、それでも我は動けぬほどの深手を負った。ならばこそ傷が癒えるまでのせめてもの時間稼ぎとして、我は己の命すら削って『七大災悪』を生み出したのだ。
だが、七大災悪は不思議なほどの長期間倒されることはなく、以後勇者が我の前に現れることもなかった。我はそれを『聖剣を使える本物の勇者が見つからないせいで、適当な者を勇者と祭り上げて不安を紛らわせているのだ』と思っていたのだが……ハッハッハ! まさかそんな愚かな理由だったとはな!」
「なっ……!?」
「だからこそ、我は警戒したのだ。『七大災悪』が三体も一気に倒され、遂に聖剣を使う本物の勇者がやってきたのだと! だがその勇者が携えるのは鉄の棒きれであり、聖剣は遙か遠い地に飾られていると!? 保身に拘るが故に唯一の勝機をわざわざ置いてきてくれるとは……こんなに愉快なことが他にあるか!?」
「そんな……そんな馬鹿なことがあるかっ!」
笑う魔王に、ローレンツが斬りかかる。だが最早魔王は身を守ることすらしていないというのに、ローレンツの剣は魔王の体に傷を付けることができない。
「何故……何故だ!?」
「愚かなり、哀れなり! その理由は今語ったぞ? なるほど、ルカがあの男を分断したのはそういうことか。強い仲間に守られながらの旅は、さぞ快適であっただろう? 弱者よ!」
「黙れぇぇぇぇぇぇ!」
悲痛な叫びをあげながら、ローレンツが狂ったように魔王に剣を叩きつけ続ける。だが一方的に攻め立てているのも……そして一方的に追い詰められているのもローレンツの方だ。
「勇者様! 落ち着いて! それじゃ援護もできないわ! 一旦離れて!」
「違う! 違う! 私は決して、ついてきただけの男じゃない!」
「何も違わぬさ! ああ、何と愛おしい。これならばあの日敵わなかった、勇者の力を取り込むこともできるか? さあ、我が腕の中で逝くがいい。我に更なる力を運んできてくれた宿敵よ」
「ぐあっ!?」
「勇者様!?」
魔王の両腕が、ローレンツを抱きしめるようにその背に回される。ローレンツは必死にもがくがその束縛から脱出することはできず、流石にその状態ではルナリーティアも攻撃魔法を放てない。
「せめてもう一人前衛がいれば……っ」
誰かが魔王の注意を引いてくれれば、死角から魔法で攻撃することも、こっそり忍び寄ってローレンツを拘束している腕を斬りつけることもできる。だが事実上人質付きの一対一では、何をどうしてもローレンツを盾にされてしまう。
「私ごと攻撃しろ!」
「勇者様!?」
そうして迷うルナリーティアに、魔王に締め付けられながらもローレンツが声をあげる。
「エドは言った……言ってくれた……私はついてきただけではない、連れてきた勇者だと! エドならきっと、ルカをどうにかしてここにやってくる! 私には倒せなくても……君達ならきっと、魔王を倒せるはずだ!」
「ほう? 己の無力を認め、遂に仲間に頼るか? 今代の勇者は根性がない上に恥も知らぬと見えるな」
「恥など、とうに投げ捨てた! 覚悟するがいい、魔王。私は歴代で最も弱く、最も愚かな勇者かも知れない。だが私だけが、お前を倒す者をこの場に導くことができた! 私の仲間は、私の連れてきた勇気は、必ずお前を討ち果たす!」
「吠えるな! ならば貴様の力をこの場で取り込み、仲間と共に地獄に送ってくれるわ!」
ローレンツを締め付ける魔王の腕に更なる力が入り、太い血管がビキビキと浮き上がる。更にその口元が裂け、勇者の頭から食らいつこうとするが……
「悪いな、そいつはおあずけだ」
「グアッ!?」
黒い影が走り抜けると、魔王の左足、その膝から下が消失した。バランスを崩した魔王からこぼれ落ちたローレンツの体を受け止めたのは、燃えるような赤毛とちょっときつめの吊り目をした美少年。
「おっと、大丈夫ですか勇者様?」
「エド! それに……ルカ!? どうして君が……!?」
「へへへ、そりゃああんな風に言われたら、戻ってこないわけにいかないじゃないですか。さ、勇者様。立てますか?」
「あ、ああ……」
「エド! どうやら上手くやったみたいね」
「ははは、当たり前だろティア。俺がしくじったりするもんか」
ルカがローレンツをその場に下ろし、エドはルナリーティアに笑って答え……まっすぐに魔王を見つめたエドが、その口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ、改めて勇者パーティそろい踏みだ。勇者ローレンツが揃えた勇気の力、たっぷりと思い知らせてやるぜ!」
「ガァァァァァァァァ!!!」
エドの言葉に、魔王は獣のような咆哮で応えた。




