たとえ実感が伴わなくても、結果は結果で揺るがない
「で? 何でこんなことにしやがった?」
まずは様子見。大上段から振り下ろす一撃を、ルカが例のグネグネ曲がる薄っぺらい剣で受け止める。幅は普通なのに厚さは数ミリしかないという奇剣ではあるが、きっちり刃筋を立てて受けられると、俺に伝わってくるのは普通の剣と変わらぬ固い手応えだ。
「それは勿論、バランス調整ってやつですよ。あのまま普通に戦ったら、結局あっという間に勝負がついちゃうでしょ?」
「だからお前がそっちに行ったと? なら、お前が七大災悪ってのは?」
「魔王さんの頭を覗いたら丁度いい計画があったんで、便乗させてもらいました。ちなみに本物の『並び立つ絶望』は、ボクが仲間にならなければ勇者様と一緒に旅をする感じでしたね。アルガスさんって神官の人なんですけど、わかります?」
「えっ、嘘だろ!? アルガスが七大災悪だったのか!?」
ルカの言葉に、俺は驚きで剣をブレさせる。すかさずルカが斬り込んできたが、それは何とか防ぎきった。
ちなみに、アルガスは一周目で仲間だった勇者パーティの一員である。他にもう一人、ティアの位置に魔法師の女がいたんだが……
「一応確認するんだが、ロアナって女の魔法師が『深淵喰らい』って事はねーよな?」
「それはないです。さっき抜き取ってボクに移しましたけど、『深淵喰らい』は勇者様に憑いてましたから。多分自分が仲間になれないと悟って、アルガスさんがやったんじゃないですかね」
「知ってて放置してたのかよ!?」
「ボクにとってはどうでもよかったですから」
「ぐっ、まあ、そうか……」
ルカの目的は、あくまでも俺が勇者パーティに入ることを邪魔することだった。なら勇者に変なモンがくっつけられていたとしても、気にする理由はない。
「なら、今後の流れは? 俺がお前をぶっ飛ばしたら、改心して仲間になって一件落着とかか?」
「そうですねー。全力で戦ったけど一歩力及ばず負けるボク、でも先輩も一緒に旅をした仲間であるボクを殺すことができず、手を差し伸べる先輩にほだされて、ボクが『七大災悪』ではなく『ルカ』として目覚める……みたいな展開が美しいとは思うんですけど……」
キィンと音を立てて、ルカが俺の剣を強く弾く。その流れに逆らわず後ろに飛び退くと、ルカが不敵な笑みを浮かべる。
「せっかくの機会ですし、少し本気で戦ってみませんか?」
「本気? そいつは――っ!?」
「勿論、こういうことです!」
鋭くしなるルカの剣が、立て続けに俺に向かって突き出される。五連撃のうち四つまでは防いだが、最後の一つが俺の肩をかすめ……
「……無効化された?」
ティアにも何度か言われたが、俺とルカはまあまあ仲良くやってきたと思っている。だがそれとは別に、ルカが「神の使徒」……少なくとも現状では、俺と敵対している相手だと言うことを忘れてはいない。
だからこそ、俺は今も「不落の城壁」を展開していた。だが無敵の守りはあっさりと切り裂かれ、傷口から滲んだ血が服に赤い染みを広げていく。
「当たっても痛くない攻撃なんて、緊張感が生まれませんからね。先輩も本気でやっていいですよ? どうせボクの方が強いですから」
「……言うじゃねーか。なら、遠慮はなしだ」
俺は本気で……それこそ殺すつもりで剣を薙ぐ。それをルカが剣の腹で受け止めると、グニャリと曲がってこっちの勢いが殺されたうえに、一瞬の後には倍の力で押し返された。
「チッ! 何だよその剣! 何でそれで折れねーんだよ!?」
「フフ、凄いでしょ? 柔らかいって言うのは、アダマントより壊れないんです!」
「そういう問題か!?」
限りなく柔らかいものが、限りなく壊れづらいというのは事実だろう。だがそれが金属の硬さを併せ持つとなれば話は別だ。そんな意味不明な金属に心当たりなんて何もない。
「まあ、この剣も……あとボクが着てる服とかも、全部ボクの力で創ったものですからね。なので残念だと思いますけど、服がビリビリに切り裂かれていやーん! みたいな展開は期待しないでください!」
「最初っからしてねーよ! クソッ!」
時に固く、時に柔らかく、俺に返ってくる手応えは、ルカがほんの少し手首を回すだけで大きく変わってしまう。だが腹か刃か、どちらであっても対応できるような中途半端な力の込め方では、ルカの守りを崩せない。
「次はこっちから行きますよー! そーれ!」
攻めあぐねる俺に、今度はルカが再び剣を突き出してくる。俺はそれをきっちりと剣で受け止めた……はずなのだが、グニャリと曲がった刀身の歪みがある程度を越えたところで突如として手応えが消え、次の瞬間には俺の剣をすり抜けてまっすぐになった切っ先が、そのまま俺の体目がけて突き出された。
「ぐおっ!? 何だそりゃ!?」
「フフーン! どうです? さっきも言いましたけど、この剣って絶対に壊れないんです。壊れそうなくらいに負荷がかかると、それがなかったことになるんですよ。
今の例だと、先輩に防がれて折れそうなくらいに刀身が曲がっちゃったんで、それがなかったことに……つまり曲げられたって事実がなくなって、最初からまっすぐだったってことになったんです」
「あー……」
「えっと……目一杯曲がると、突然まっすぐになる感じです」
「お、おぅ。いや、わかってるぜ? 上手く言葉にできなかっただけだから!」
「そうですか? ちょっとおバカな先輩も可愛いと思いますよ?」
「馬鹿じゃねーよ! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!」
「うわ、それ典型的なおバカの台詞じゃないですか! ムキになる先輩、可愛い……っ!」
「うるせーよ!」
言葉と共に、剣撃も応酬する。だがこちらの攻撃は悉く防がれ、ルカの攻撃は不可思議な剣の挙動により完全には防げない。刀身ではなく柄の向いている位置を意識してやればある程度の予測はつくので致命傷を負うことはないが、それでも俺の体には無数の切り傷が増えて……まて、傷が増える?
「『包帯いらずの無免許医』が発動してない? まさかお前……っ!?」
「正解です! ボクの攻撃には全部神様の力が乗ってますからね。今の先輩に魔王の力は使えないですよ」
「そう来るわけか……」
試しに力を使ってみたが、「追い風の足」も「円環反響」も、何なら「旅の足跡」も起動しなかった。こいつは……ん?
「なら雑傭兵エドの力を見せつけてやる! 覚悟しろルカ!」
「最後の悪あがきですか? いいですよ、受けて立ちます!」
人の力で床を蹴り、人の速度で走り出す。人の技を以て剣を振るい、究極の凡人たる雑傭兵エドが放つ一閃が神の使徒の首へと走るが……
「残念、ちょっとだけ足りないですね」
「ぐはっ!」
それが届くより先に、ニッコリ笑ったルカの剣が俺の体を切り裂いた。斜めにすくい上げるような一撃は右の太ももの付け根から左肩の辺りまでを浅めながらもまっすぐに傷つけ、致命傷でこそないがとても戦闘を続けられないほどの大怪我からは大量の血が噴き出して……ならばこそ俺は、勝利を信じてニヤリと笑う。
「血刀……錬成っ!」
「えっ!?」
剣を手放し無手になった俺の手に、血で錬成された新たな刃が握られる。瞬きすらも間に合わない程に刹那の時しか存在できない刃は、然れどその一瞬でルカの右腕を斬り落とした。
「づぁぁ!? ど、どうして力が……!?」
「はぁ、はぁ……ハハハ、想定が甘かったな」
確かに今の俺は、「追放スキル」を封じられている……と思っていた。が、さっき試したところ「彷徨い人の宝物庫」だけは発動したので、正確には「俺の体に直接影響する力」が一時的に封じられているのだと判断した。
だからこそ、一か八かの賭け。体の外……吹き出した血に「見様見真似の熟練工」が使えるか? 結果は見ての通りである。
「ってことで……これで逆転だ。どうする? まだ続けるか?」
相手が剣を持ってないなら、鞄から回復薬を取りだして使うくらいの余裕はある。大量に失った血は戻らないが、傷さえ塞がれば戦闘は十分に継続可能だ。ついでに「彷徨い人の宝物庫」から適当な剣を取りだして構える俺に、ルカは何故か嬉しそうに笑って両手を挙げた。
「いえ、ボクの負けです。いやー、やられちゃいました。流石先輩ですね」
「いや、お前の腕秒で治ってるじゃん……」
「あ、先輩の力ももう使えるようになってると思いますよ?」
「ん? あ、本当だ」
「じゃあ勝負もついたことですし、ティアさんや勇者様を助けに行きますか?」
「……そうだな。行くか」
何となく腑に落ちないものを感じるが、かといって今言い争っても何も解決する気がしない。俺は出したばかりの剣を「彷徨い人の宝物庫」にしまい、放り投げてしまった「夜明けの剣」を拾ってから、ルカと二人で魔王と戦っているであろうティア達の方へと駆け出していった。




