いつかやるとは思っていたが、まさか今とは思わなかった
「ルカ? 私は……はっ!? 魔王は!? 魔王はどうした!?」
「どうしたんですか勇者様? 魔王なら、多分あの扉の向こうにいると思いますけど」
「扉の……向こう?」
一切悪びれる様子なく言うルカに、ローレンツが戸惑いの視線を向け……ピッタリと閉じている扉に軽く顔をしかめる。
「閉まってる……いや、しかし私は確かに扉の向こうに……」
「ひょっとして夢でも見たんですか? うわ、魔王を前にした小休止なのに、夢の中でまで魔王と対峙してるなんて、勇者様ったらやる気満々ですね!」
「夢!? 夢……そうか、夢か…………」
ルカの言葉に、ローレンツが小声で「確かに、子供のように駄々をこねる魔王などいるはずがないな……」などとブツブツ呟き始める。それを何とも言えない気持ちで見ていた俺の手に、不意にティアが自分の手を重ねてくる。
『ねえ、エド。ひょっとして私、何かされた?』
『ん? 何だ、気づいたのか?』
わざわざ「二人だけの秘密」で話しかけてくれたので、俺は特に隠すことなくそう伝えた。するとティアは若干困ったような表情を浮かべつつ話を続ける。
『エドから話を聞いていなかったら、私も変な夢で済ませたと思うけど……でも、あれって夢じゃないのよね?』
『そうだな。この状況で長々と説明はできねーから、一言だけ。その夢は本物だ』
『うわぁ……』
魔王の醜態を思い出したのか、ティアが嫌そうな顔をする。と、そこで自分のなかの記憶に折り合いをつけたのか、ローレンツが徐に立ち上がった。
「……よし、これ以上ここで悩んでいても仕方がない。皆の準備が良ければ扉を開こうと思うが、どうだ?」
「ボクは勿論、準備万端ですよ!」
「俺も問題ありません。いつでも行けます」
「私も、まあ……うん、平気よ。っていうか、早く行ってさっさと片付けちゃいましょう」
「ふむ、わかった。では行こう」
俺達全員が立ち上がったのを確認して、ローレンツが再び扉に手をかける。するとさっきと同じように扉がゆっくりと開き始め……
「……んん?」
「あれ? 明るい?」
扉の向こうは、ごく普通に明るかった。中に入れば、さっきは並んでいた篝火台も存在しない。
「……………………」
「勇者様? どうかしましたか?」
「いや、もっとこう、部屋全体が暗くて、篝火が灯りになるような気がしたんだが……」
「えー? 閉鎖された室内に篝火は流石におかしくないですか? それにいつ来るか分からないボク達を、魔王はずーっと真っ暗な部屋で待ってるんですか? それって大分辛いと思いますけど」
「そう、だな。完全にその通りなんだが……?」
「そうね。室内に篝火って、よく考えると絶対おかしいわよね。何でそんなこと考えたのかしら?」
「雰囲気を重視したんじゃねーか? あ、いや、そんなアホなことをする奴が本当にいればって話だけど」
首を傾げるローレンツとティアに、俺は適当な感じで答える。何かもう、色々といたたまれない。
「……よく来たな、勇者達よ」
そんなことを話しながら歩いていると、程なくして目の前の玉座に座る偉丈夫から、低く重い声がかけられた。そいつは黒い外套を翻しながら立ち上がると、俺達をゆっくりと睥睨し……その視線をローレンツのところで止める。
「貴様が勇者か?」
「そうだ。私が今代勇者のローレンツだ」
「そうか。では貴様等がその仲間、か……フッ、エルフの小娘にしょぼくれた剣士とは、我も随分と侮られたものだ」
「誰がしょぼくれだよ! そっちこそ……ティア?」
「……あっ!? ごめんなさい。何か、普通に喋ってるのにビックリしちゃって」
「あー……」
あの魔王の記憶が残ってれば、そういう反応にもなるだろう。今の魔王は威厳と余裕に満ちており、正に魔王という立ち振る舞いだ。それを純粋に受け止めているのはローレンツだけという悲しい事実はあるものの、それはどうしようもない。
「そして最後に……」
魔王の視線が、ルカの方に向く。これで仕切り直しは成功し、あとは改めて魔王と戦えば――
「よくやった、ルカ」
「はい、魔王様」
「…………は?」
魔王に対して恭しく一礼するルカの姿に、俺達全員が呆気にとられる。するとその間にルカが魔王の方まで歩み寄っていくと、隣に立ってクルリとこちらに向き直った。
「ルカ? これは一体……!?」
「フフフ、愚かなる世界の傀儡に教えてやろう。貴様が仲間だと思っていたこのルカこそ、我が仕込んだ埋伏の毒。七大災悪が一つ『並び立つ絶望』が、此奴の真の名なのだ!」
「馬鹿な!? ルカが……七大災悪!?」
「すみません勇者様。そういうことなんです」
驚愕に震える声で叫ぶローレンツに、ルカが申し訳なさそうに謝罪する。すると魔王はルカの頭に手を置き、邪悪な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ハッハッハ! 滑稽だな勇者よ。まさか貴様、自分の力で七大災悪を三つも倒したと思っていたのか? 全てはルカが……『並び立つ絶望』が貴様を助力したからこそ! そしてそれすらも我の力を高める計画の一つでしかない!
さあ、刮目して見るがいい! 七大災悪の最後の一つ、『深淵喰らい』によって我が最強となる様をな! ウォォォォォォォォ!!!」
ルカの頭からスルリと抜け出た半透明の黒いもやを自分の口に突っ込んだ瞬間、魔王の体からとんでもない力が迸る。見た目こそ変わっていないものの、対峙しているだけで吹き飛ばされそうな威圧感だ。
「クハァァァ……どうだ? 倒した敵の力を喰らって己の力とする『深淵喰らい』……それを我が喰らうことで、七大災悪の全ての力を我がものとしたのだ! もはや勇者など恐るるに足らず! 我が前にひれ伏すがいい!」
「え? ルカが残ってるんだから、全部じゃないんじゃないの?」
「……うん? そう言えば……?」
ティアの漏らした呟きに、魔王が軽く首を傾げる。が、そこにすかさずルカが割って入った。
「さあ魔王様! その絶大なお力で、勇者を蹴散らしちゃってください! 露払いはボクが引き受けますので!」
「お、おぅ。そうか? うむ、そのためにお前だけは残した……のか? そんな気がするな。よし、ではルカよ。あのしょぼくれ剣士とエルフの小娘は貴様に――」
「すみません、ボクそんなに強くないんで、剣士の人だけにしてもらえます?」
「……そうなのか? いや、しかし――」
「い、い、で、す、よ、ね?」
「……う、うむ。わかった。では勇者とその仲間よ、我がその身に絶望を刻んでやろう!」
「ぬかせ! 今日こそ私がお前を倒し、この世界に希望を取り戻してみせる! ティア、援護を頼む!」
「え、ええ!? それはいいんですけど……エド?」
「おい、俺がティアと離れるわけ……うおっ!?」
魔王とローレンツが離れていくなか、足を止めてこっちを見るティアに近寄ろうとした瞬間、俺の眼前にルカの剣が振り下ろされる。
「ルカ、お前……」
「駄目ですよ先輩。ボクみたいな可愛い子のお誘いを断ったり、ましてや他の女の子を連れてこようとするなんて、マナー違反も大概です!」
「……そうか。ティア、こっちはいいから勇者様を頼む」
「エド……わかったわ。気をつけてね」
剣を抜いて構える俺に、ティアが背を向け去って行く。そうして残されるのは、俺とルカの二人だけ。
「色々と聞きてーことがあるんだが、答えてくれるんだろうな?」
「それは先輩がどのくらいデートを盛り上げてくれるかによりますね」
「へぇ? いいぜ、なら……相手してやる」
手にした「夜明けの剣」を構え、俺はルカに正面から対峙する。真なる魔王と神の使徒、その天地を揺るがす……かも知れない戦いの火蓋が、今ここに幕を開けた。




