たとえどれほど凶悪な敵であろうとも、思わず同情してしまう瞬間というのはある
両船長のかけ声に合わせるように、ガツンという音と共に最接近した船同士がぶつかり合う。それと同時に双方の船員達が得物を手に一斉に戦闘を開始するなか、俺は僅かに足を止めて隣にいるティアに声をかける。
「ティア、できるだけ殺すな。気絶させるか海に叩き落とすんだ」
「へ? いいけど、何で?」
敵が海賊ということもあり、既にティアの戦う意思に迷いはない。だからこそ不思議そうに首を傾げているわけだが、ここで全力で殲滅されるのはちょいと都合が悪いのだ。
「こいつらにはまだ出番があるんだよ。ま、この先ずっと野菜の皮を剥き続けるだけの日々でいいって言うなら倒しちまってもいいんだが……」
「わかった! 全力で手加減するわ!」
素晴らしくいい笑顔を浮かべたティアが魔法の詠唱を始めたのを見て、俺もすぐに敵の方に踏み出す。こちらが四〇人に対して、敵は六〇人。人数的にはやや不利だが、その分質はこちらの方が上。そして今は……俺がいる。
「フンッ!」
「ぐはぁっ!?」
鞘を着けたままの剣で、俺は目の前の海賊の胴を凪ぐ。切れずとも鉄の棒で脇腹をぶっ叩かれれば当然ただでは済まないわけで、あまりの激痛に海賊がその場で崩れ落ちて胃の中身を逆流させる。
「テメェ!」
「おっと」
数の上では向こうが上。すかさず近くにいた別の奴が斬りかかってくるも、俺はそれを余裕で回避し返す刀で相手の剣を叩き落とす。そのまま流れで後頭部を殴りつけてやれば、哀れ海賊の男は泡を吹いて床に倒れ込んだ。そのまま放置すると踏まれて死ぬかも知れないが、流石にそこまで面倒をみてやるつもりはない。
「――ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ガストプレッシャー』!」
と、そこでタイミング良くティアの魔法が発動する。圧縮された風の力で俺の前方の敵が冗談みたいに吹き飛ばされていき、邪魔するものの無くなった花道を俺は一気に駆け抜ける。
「おうおう、随分威勢のいいガキじゃねぇか。初めて見る顔だが、新入りか?」
辿り着いたのは敵船長の前。不敵に笑うピエールの言葉に、俺もまた笑い返す。
「まあな。まだ入って一月も経たない新人だぜ?」
「なるほど、そいつぁ不幸なこった。何せ入ったばっかりで……この俺に殺されちまうんだからなぁ!」
腰から引き抜いた曲刀を、ピエールが俺に突き出してくる。俺はそれを鞘から抜いた鉄剣で防ぐが、その瞬間ピエールが手首を回し、防いだはずの刃がヌルリと俺の懐に伸びてくる。
「うおっ、危ねぇ!?」
「ほぅ、防ぐか。だがまだまだ!」
余裕の笑みを浮かべるピエールが、連続で刺突を放ってくる。曲刀は刺突には向かないと思ってたんだが、こんな使い方があるのか……これはちょっと勉強になったぜ。
「なら、今度はこっちの番だ!」
「むぅ!?」
お返しとばかりに、今度は俺が攻めに回る。両手持ちした鉄剣をピエールの曲刀がシャオンシャオンと独特の金属音を鳴らしながら受け流すが、それも長くは続かない。
「く、くそっ! ガキのくせにまあまあだな? なら俺も両手を使わせてもらう!」
「っ!?」
剣を振る俺の胴に、ピエールの鉤爪が迫る。攻撃が二方向からになったことで、俺は再び防戦を迫られることとなる。
「おらおらおら! 突けば鋼鉄の拳、薙げば金棒、そして引けば肉を引き裂く鉄の爪! こいつを見て侮る馬鹿ほどこいつであっさり死ぬんだぜぇ?」
「チッ、確かにやりづれーな」
手にフックをつける馬鹿なんていない。だからこそ手をフックにしてる奴との戦い方なんて誰も知らないし、殺してしまえば戦い方が広まることもない。完全な初見殺しであり、確かに何とも厄介だが……
「ここだ!」
「ぎゃあっ!?」
フックの中に剣を通し、無茶な方向にこじってやる。変な方向に捻られてピエールが悲鳴をあげるが、代償として俺の剣がへし折れた。海賊船で「彷徨い人の宝物庫」を見せるつもりがなかったため、最初から身につけていた安物の鉄剣ではその衝撃に耐えられなかったのだ。
「ティア!」
だが、何の問題もない。俺が名を呼び手を掲げれば、その辺に幾らでも転がっている剣の一本がティアの魔法によって手の中に吹き飛ばされてくる。そいつを掴んでそのまま思いきり振り下ろせば、ピエールの鼻先にパックリと赤い花が咲く。
「うぎゃぁぁぁ!? 鼻が!? 俺様の鼻がぁ!?」
「大げさに叫びすぎだろ。鼻の頭がちょっと切れただけだぜ?」
「今すぐぶっ殺してやる!」
怒り心頭とばかりに、ピエールが曲刀を振り上げる。あっさり倒しすぎるのも駄目かと思って引っ張ってみたが、そろそろ頃合いだろう。俺はピエールの曲刀を弾き飛ばして格好良く剣を突きつけるべく腰を落として――
「よけて!」
「ぬわっ!?」
「カッ!?!?!?」
背後から響くティアの声に咄嗟に身をよじると、俺のいた場所に別の剣がカッ飛んでいく。柄の方が頭になっていたので生身で受けても突き刺さりはしないだろうが、高速で飛来する鉄の棒は普通に凶器だ。
「ティア!?」
「ごめん! 思ったより力が強く出ちゃって……ねえ、それよりその人……」
「ああ……」
「………………………………………………」
俺のかわした剣を股間に受けて、ピエールが真っ青な顔でプルプルと震えている。完全に慮外の一撃となれば対処できないのは仕方が無いが……うぅ、同じ男としては見ているだけで股がキュンッと竦んでしまう。
「お、おいピエール? 大丈夫……あ」
あまりのいたたまれなさに敵意を忘れて思わず声をかけてしまった俺の前で、ピエールがバタンと床に倒れ伏す。えぇ、これで決着って……いやでも、これを起こして再戦させるのは鬼畜の所行だろうしなぁ……
「せ、船長!? ピエール船長がやられたぞ!?」
「撤収! 撤収だ! 船長を助けろ!」
「おっと、危ねぇ」
船長が倒れたことで、揃いの服を着たピエールの手下達が一斉にこっちに向かってくる。俺はそれをひょいとかわしてスカーレット号の方に戻ると、すぐに二つの船を結びつけていた鉤縄が敵の手によりブチブチと切られていく。
それに合わせて海に落ちた者の救助なども並行して行われ、全ての船員を回収し終えたところで敵船がゆっくりとその場を離れ始めた。
「アッハッハッハッハ! 随分といい様だねピエール! それならアンタの鞘がどれだけ堅牢でも、ちょっとくらいは剥けたんじゃないかい?」
「カヒュー、ヒュー……れ、レベッカてめぇ……」
「船長、無理しないでください! ほら、こういう時はジャンプするのがいいらしいですぜ?」
「うるせぇ、動かすんじゃねぇ!」
大笑いするレベッカに、部下に肩を支えられたピエールが怒鳴る。だがどれだけ凄もうとも未だにその足はプルプルと震えており、男ばかりの海賊船ならばこそ敵も味方もその姿に切ない表情を浮かべざるを得ない。
「くそ、くそ、くそ! 覚えてやがれ新入り! 必ず! 必ずこの俺がぶち殺してやるからな!」
「あー、どっちかって言うと決め手は俺じゃねーんだが……ま、その情けねー顔は忘れようがねーから大丈夫だ」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! 野郎共、引き上げだぁ!」
苦笑しながら答えた俺に、ピエールが微妙に甲高い声でそう叫ぶ。そのままよたよたと海賊船は去って行き、残ったのは俺達の船と助けた商船だ。
「さて、それじゃ勝ち鬨をあげとくかねぇ。エド! それにティア! こっちに来な!」
「「はい!」」
レベッカに呼ばれて、俺達は彼女の側による。するとレベッカの手が俺とティアの手を取り、そのまま上へと掲げられた。
「新入り二人がピエールの野郎を討ち取ったよ! アタシ等の勝利だ!」
「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」
決まり手がどれだけ微妙であろうと、勝ちは勝ち。勝利の雄叫びは二隻の船を揺らすほどの勢いで響き渡るのだった。




