その気持ちは理解できるが、受け入れられるかは別問題だ
「ぐっ、無念……」
「魔王様、万歳……っ!」
魔王城深奥。目の覚めるような赤と青の鎧に身を包んだ騎士を倒せば、その向こうにあるのは如何にもな扉。剣を収めて一息つく俺達の顔をゆっくりと見回してから、ローレンツがその口を開く。
「おそらく、この先に魔王がいる。皆、準備はいいか?」
「もっちろん! ボクはいつだって準備万端ですよ!」
「俺も平気です。ティアは?」
「フフッ、まだまだ余裕よ」
その問いかけに、全員が笑顔で答える。それが本音であると理解したローレンツが頷くと、そのまま三メートルはありそうな巨大な両開きの扉に手を押し当てた。するとギギッという音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
「おおー! 勇者様、力持ちですね!」
「いや、勝手に開いたのだ。ふむ、中は暗い……っ!?」
扉の向こうは、一点の光も差さぬ暗闇だった。だが突如として入り口近くの篝火台二つに青い火が灯り、それに挟まれた中央の道を映し出す。
「これ、誘われてるのよね?」
「だろうなぁ」
ティアの言葉に頷きながら、俺は通路の奥を覗き込む。今はまだ何も見えないが、これで行き着く先が行き止まりで「ざまあみろ」とか張り紙がしてあったら、俺はこの世界の魔王の評価を大幅に修正するところだ……上げるか下げるかは別としてな。
「とりあえず、進んでみよう」
そう言って、ローレンツが先頭を歩き出す。少し歩くと次の篝火台に灯が灯り、また道が見える……というのが五回ほど続き、六組目の篝火台に火が灯ったところで、急に室内全てが真昼のように明るくなった。
「……来たか」
俺達が戸惑う間もなく、正面の豪華な椅子に座った人物が低く重い声を漏らす。
「貴様が魔王か?」
「そうだ。我こそは……………………」
ローレンツの問いに、黒い外套を纏った偉丈夫が答える。玉座の手すりに肘を置いてけだるそうな姿勢をしていた魔王が立ち上がり、こちらを睥睨して……そのままもう一度椅子に座り直す。
「……? 魔王?」
「おかしいな、あり得ぬモノが見える……疲れているのか? そうだ、我こそは……」
軽く頭を振った魔王が、もう一度立ち上がって名乗ろうとする。が、再びその動きが止まり、眉根をギュッと寄せた険しい表情になる。
「何のつもりだ? 何をしている魔王!?」
「あー……勇者よ。貴様が勇者だな?」
魔王が、ローレンツを指さして問う。故にローレンツは剣を構えたまま頷く。
「そうだ。私が今代勇者のローレンツだ!」
「そうか。貴様はいいのだ。我を排除するため、世界の傀儡たる勇者がやってくるのは必然の運命。ここまで辿り着けたことには驚きと賞賛を与えるが、それはいい」
ウンウンと深く頷いてから、次いで魔王はティアを指さす。
「貴様もまあ、いい。どことなく親近感を感じる気配を宿しているようだが、勇者の従者としてエルフは、まあアリだろう……実はエルフの国の姫であるとか、そういうこともあるのか? 旅が終わったら勇者と結婚するとか?」
「しないわよ! 私はただの冒険者の、ルナリーティアよ!」
魔王の問いに、ティアがちょっとだけムッとした表情で答える。隣で密かにローレンツがしょんぼりしているように見えるのは、気のせいということにしておこう。それはそれとして次に指をさされたのは俺だ。
「貴様も…………まあ、一〇〇歩譲っていいとしよう。いつかまみえる日が来るとは思っていたのだ。まさかそれが勇者と一緒だとは思わなかったが……そのための準備もしてきた。
正直想像よりもちょっとショボそうな見た目だしな」
「うるせーよ!」
何故か俺だけ悪口を言われた気がするが、俺の文句を完全無視して魔王が最後にルカへと指を向け……その手が何故かプルプルと震え始める。
「だがお前! お前は何だ!? 何なのだその身から溢れ出る神の力は!? 一体お前は何者なのだ!?」
「えー? ボクみたいな可愛い子にそういうのを聞くのは、マナー違反ですよ?」
魔王の言葉に、ルカが戯けた調子で答える。だが魔王はそれを一顧だにせず、目を剥きだして喚き散らす。
「おかしいではないか! 何でこんな強大な力を持つ者がこの世界にいるのだ!? あれか? 神が我をこんなところに捨てたのは、最後の最後でどうにもならない絶望を押しつけ、高笑いでもするためだったというのか!?」
「いい加減にしろ魔王! そっちこそ、さっきから何を言って――」
「知らん! もー知らん! あーもー、好きにすればよいではないか! ほら、持ってけ! 我の首でも何でも、好きにもっていけコノヤロー!」
「……………………」
バタンと仰向けに床に倒れ込んだ魔王が、そう言って動かなくなる。あまりにも予想外の事態に、流石のローレンツもどうしていいかわからないという顔で、その動きを止めている。
「これは……どうすればいいんだ?」
「エド?」
「いや、俺に聞かれても……どうすんだよルカ。これお前のせいだろ?」
「えー、ボクですか!? むぅ……えっと、あの、魔王さん? そんなに自棄にならなくても……」
「知らん知らん、知らんもーん! 我の数百年の努力など、何の意味もなかったのだ! こんな糞世界なんて、どうにでもなればいいのだ! 我も含めた世界の全ては、所詮神のおもちゃ箱に過ぎんのだろうからな! うぉぉぉん!」
駄々をこねる子供のように、魔王が手足をジタバタさせて叫ぶ。正直見ている俺の方がいたたまれない。
いや、これ本当にどうすりゃいいんだ? 倒すだけなら簡単に倒せるとは思うけど、でもこの状態の魔王を倒すのは、流石に……
「…………ハァ、これはもう仕方ないですね。えいっ!」
その醜態を見かねたのか、ルカが大きくため息をついて指を鳴らす。すると俺とルカ以外の全員が、まるで時が凍り付いたかのように動きを止めた。
「ティア!? おいルカ、お前何しやがった!」
「あー、そんなに焦らなくて平気ですよ。時を止める……のは前に話した通り凄く大変で無理なんで、今は魔王と勇者様、それにティアさんの意識を止めたんです。体の状態としては、強制的に眠らされてるって感じですかね?」
「そんなことして、何をするつもりだ?」
油断なくルカを視界に捕らえつつ、俺は少しずつティアの方に移動していく。だがルカはそんな俺の行動を気にすることもなく、小さく肩をすくめて苦笑した。
「何って、そりゃ仕切り直しですよ。この状況になっちゃったら、もうまともに戦闘って感じじゃないでしょ? それは流石にボクとしても消化不良というか……」
「なら、どうする?」
「魔王さんの記憶を少し弄って、ボクと先輩の正体がばれないようにします。そうすれば普通に戦えるかなって」
「そうだな。確かにそれならまともな勝負になるだろうが……その理由なら、ティアを止める必要はなかったはずだ」
「ティアさんだけ除外するのが、めんど……コホン、繊細な力加減が難しかったんです。その点先輩だけなら、適当にバーッと力を使うだけで抵抗してくれますからね。まあもし失敗してたら……」
「してたら?」
「勇者様やティアさんと一緒に目覚めた時、鼻にナッツが詰まっていたかも知れません」
「それまだ考えてたのかよ!?」
あまりの恐怖に、背筋が震える。もし実現していたら、目覚めたティアに爆笑された挙げ句、一生そのネタでからかわれ続けることになっていただろう。
「ということなんで、ボクは魔王さんの方を担当しますから、先輩は勇者様とティアさんを扉の外まで運んでもらえますか?」
「……わかった」
どっちにしろ、この状況で俺だけが喚いても意味がない。とりあえずはルカの言葉通り、俺はティアとローレンツを担いで扉の外に運ぶ。その最中にチラリと目を向けると、ルカが動かない魔王の頭に手をかざしてピカピカとやっており……そうだよな、ここまで力の差があったら、そりゃ自棄にもなりたくなるよなぁ。
「ふぅ、終わったぞ」
「ボクの方も終わりました」
ティアとローレンツをいい感じに床に座らせ、俺とルカも同じように床に腰を下ろす。そうしてからルカがパチンと指を鳴らすと、開きっぱなしだった扉がバタンと閉じて……
「……ん?」
「あれ?」
同時にティア達の時間が、再び動き出した。




