ついていく者、連れて征く者
普通の冒険者からすれば、一生に一度あるかないかの大冒険と、目も眩むような報酬。だが勇者パーティであればまあまあの頻度で訪れる冒険と報酬を経て、俺達は更に旅を続けた。
海を渡って秘密の遺跡を探索し、暗い森や地の底で魔王軍の手先を討伐し、人を助けたり踊らされたり、数え切れない思惑と願いを背負いながら進むこと、おおよそ八ヶ月。俺達は遂に、魔王の城まであと少しというところまで辿り着いていた。
「勇者様、そろそろ交代の時間です」
「ん? もうか……」
赤く乾いた大地での、野営の夜。声をかけた俺に、しかしローレンツは焚き火の前で座ったまま立ち上がろうとしない。
「なあエド、もしよかったら、少し話をしないか?」
「話ですか? 別にいいですよ」
ここは敵地。戦場に身を置くものなら、休むのも仕事だとわかっている。これが新人の提案なら「無駄口を叩いてないでさっさと寝ろ」と怒るところだが、相手が勇者であれば話は別だ。俺はローレンツの正面に座ると、二人でパチパチと爆ぜる火を見つめる。
「遂にここまで来たんだな……君達と出会ってから、どのくらいだ?」
「えっと、確か八ヶ月くらいですね」
「八ヶ月か……まだそれしか経っていないと言うべきか、それとももうそんなに経っていたのかと驚くべきか。私が一八の時に勇者の力に目覚めてからの五年のなかで、この八ヶ月が最も濃かった気がするな」
「ははは、それは光栄ですね」
「お世辞ではないぞ? 何せこの八ヶ月で、七大災悪を三体も倒したのだからな」
七大災悪……それは魔王がこの世界に齎した七体の魔獣だ。一般的な魔獣とは次元の違う強さを誇るそれは、長きにわたって人類を脅かしていた、まさに最悪の災厄である。
「奴らが姿を現してから、二〇〇年。その間に人類が倒すことのできた七大災悪は、僅かに二体だ。なのに八ヶ月で三体……それがどれほどの偉業かは、語る必要などないだろう?」
「それは……でも、魔王を倒そうと思うなら、むしろ当然では? 魔王は七大災悪より強いわけですし」
「そうだな。だからこそ思うのだ。何故私が勇者なのか、とな」
「……勇者様?」
ポツリと零れたローレンツの心に、俺は思わず問いかける。だがローレンツは顔を上げることなく、揺らめく焚き火に向かって静かに言葉を続けていく。
「私一人の力では、七大災悪の一体とて倒せなかっただろう。それを成すことができたのは、君達の力があったからこそだ。私はただ、ついて行っただけに過ぎない」
「いやいや、そんなことないですって! 勇者様がいたからこそ、俺達は――」
否定しようとする俺に、ローレンツは力なく首を横に振る。
「七大災悪『形ある死』……奴を倒せたのはルカのおかげだ。ルカの浄化能力がなければ、あのスケルトンを滅ぼすことなどできなかった。
七大災悪『腐れ根の主』……奴を倒せたのはティアのおかげだ。彼女の精霊魔法の力がなければ、押し寄せる木人共に飲み込まれて命を落としていただろう。
そして七大災悪『鉄巨人』……奴を倒したのは、エド、君だ。私の剣では、奴に傷一つつけることはできなかった」
「っ…………」
その言葉を、俺はどうしても否定しきれない。「形ある死」は本体こそ普通の人間と変わらない大きさのエルダーリッチだったが、奴の呼びだす赤いスケルトンは一五メートルほどの身長と鋼鉄より硬い骨の体を持ち、しかも周囲にまき散らされた瘴気がある限りすぐに再生してしまう。
まあルカはルカなので一撃でスケルトンを灰にしてしまったが、そんなのは例外中の例外であり……ぶっちゃけ俺であっても「終わりの力」を使わなければ倒す算段がつかない強敵であった。
続く「腐れ根の主」は、黒く腐った森と大地に根を張る巨木だ。個としての戦闘力は根をうねらせて叩きつけてくるくらいしかないのだが、殺した敵を大地に飲み込み、そいつの能力を再現した「木人」を自分の根から生み出す力を持っている。
それに対抗したのがティアだ。この世界で手に入れたとある魔導具の力を併用することで、ティアが「木人」の支配権を乗っ取り、逆に大軍で「腐れ根の主」を責め立てたのだ。とどめを刺したのこそローレンツであったが、幹を切り裂き核を露出させるというお膳立てを整えたのは、間違いなくティアである。
そして最後の「鉄巨人」だが……鉄とは名ばかりで、こいつは全身が世界最硬の金属であるアダマントでできた、全長三メートルほどのゴーレムである。一周目の最後にティアの家の庭先で似たようなのに出会った時はあっさりと倒したが、あれは「薄命の剣」という物質ならばほぼ何でも斬れる剣を持っていたからであり、普通の……いや、普通ではない最上級の武器であっても、こいつを傷つけるのは困難を極める。
おまけに、あの時の野良ゴーレムと違い、「鉄巨人」は魔王が戦う者として生み出した存在だ。当然武装してるし、体の造形も洗練されている。その戦闘力は当時出会ったそれの比ではないため、ローレンツに見せ場を譲る余裕すらなく、全力で斬り伏せることしかできなかった。
なお、当然ながら一周目ではどの敵とも戦ってすらいない。当時のパーティメンバーでは俺も含めてとても太刀打ちできなかったので、追放されるまでの間で交戦を検討する意見すらあがりはしなかった。
「あれらの戦いで、思い知った。私は勇者と呼ばれてはいるが、私の力はちっぽけなものだったのだ。君達のような強者こそが、本当の勇者だと――」
「いや、それは違いますよ」
さっきは言葉を詰まらせてしまった。だが今度は明確に、俺は否定を口にする。
「強い奴が勇者だって言うなら、世界で一番強い魔王が勇者を兼任するんですか? そんなわけないですよね?」
「……詭弁だ。力がなければ何も成し遂げられない」
「それは正しいですけど、力があるだけでも駄目ってのも真実でしょう? たとえばルカ。もしあいつが勇者だったとして、あんな自由で適当な奴が人々のために戦いに専念すると思いますか?
ティアだってそうです。誰とでもすぐ仲良くなれるのはティアのいいところですけど、その距離感と情は、勇者の肩書きを利用したい奴らには格好の的でしょう。ティアが勇者になったなら、きっと戦闘以外の場所で心をすり減らして死ぬと思います。
そして俺は……はは、それこそ馬鹿らしい。好きなところで好きな事をしてるだけの俺が、人類の勇気だの希望だのなんてでかいもの、とてもじゃないけど背負えないですよ。性に合わない、似合わない……勇者なんて、まっぴら御免です」
「……それはつまり、私のようにはなりたくないということか?」
「へ!? あ、いや、そういうわけじゃ……す、すみません」
「クッ、ハッハッハ…………いいさ。そういうところも君らしい」
慌てる俺の姿に、今夜初めて、ローレンツが顔をあげて笑った。だから俺はようやく見えたローレンツの目を、まっすぐに見つめて言葉を続ける。
「確かに俺達は、得意の分野においては勇者様より強かったり、凄かったりするかも知れません。でもそんな俺達を纏めてるのは、勇者様に他なりません。
勇者様は……ローレンツさんは俺達についてきてるだけなんじゃない。俺達を連れてきてくれているのが、ローレンツさんなんですよ」
「……そうか。私は引き連れる者、か。それは確かに勇者らしいな」
「でしょ? てか、そもそも勇者個人がそこまで突出して強いなら、とっくに魔王なんて倒されてるんじゃないですか?
誰だって……たとえ勇者だって、一人じゃ勝てないし、戦えない。だから人を集めて連れて行く……ローレンツさんは、理想の勇者だと思いますよ」
「私が……理想の勇者か。それは何とも、耳に痛いな」
苦笑したローレンツが、話は終わりとばかりに立ち上がる。俺を見下ろす顔はとてもサッパリしたようで、眼差しは何処か優しい。
「なら、その理想に答えられるように、最後まで全力を尽くそう。魔王との決戦、君達の力を期待しているぞ」
「任せてください! バッチリ決めてやりますよ!」
「そうか…………なあ、エド」
笑顔で親指を立てる俺に、背を向けたローレンツが小声で呼びかけてくる。
「君達と仲間になれて、本当によかった。私が勇者……勇を率いる者だというのなら、君達こそ私の勇気そのものだ。ありがとう」
「その礼はちょいと早くないですか? 魔王を倒すまでとっときましょうよ」
「なに、先渡しさ。私達は勝つのだろう?」
「当然」
ニヤリと笑って言う俺に、ローレンツは振り返ることなく天幕の方へと歩き去って行く。
決戦まで、あと少し。見上げた空には全てを見届けるべく、白い月が優しく輝いていた。




