そう思うことは自由だが、言葉にするのはまた違う
時間的な制約がなくなったこともあって、俺達はその後一〇日ほどかけて「黒薔薇の魔女」のことを調べてみた。娘が助かったという実績もあったことで領主もとても協力的だったのだが……結果としては、何もわからなかった。
まあ、これは仕方がない。たとえ何も出てこないとわかっていても、世の中には「ちゃんと調べたけど情報がなかった」という実績が必要なのだ。
ちなみに、黒薔薇の魔女の正体や動機などについては、魔女の家にその答えがある。そしてそれは知らないことで決断が変わったり、不利益を被るものではない。そう伝えるとティアは「なら自分の目で確かめるまで聞かないでおくわ」と言い、ルカはそもそも気にしていないようだったので、未だに誰にも言っていない。
そんなわけで、俺達は馬車に揺られて森の近くまで移動し、そこから更に魔獣を蹴散らして進んでいくと、そこには…………そこには?
「……何だこれは?」
その奇妙な光景に、ローレンツが訝しげな声をあげる。本来、ここにあったのはちょっとした貴族の邸宅のような豪邸だった。壁を這う茨が如何にもそれっぽく、怪しげな雰囲気に気を引き締めたものだったが……
「えっと……何これ? 茨の……球?」
「歓迎されてない感じが、これ以上ないほどに迸ってますね」
今俺の目の前にあるのは、びっちりと隙間なく茨が絡みついた、でかい何かである。俺はその内側を知っているから、それが屋敷を茨で何重にもグルグル巻きにした状態だとわかるが、そうでない人が見ればただの茨の塊であろう。
「あー……多分、あれです。俺達がお嬢さんの呪いを解いたのに気づいて、迎撃態勢を整えたとか……そんな感じではないかと?」
「そう、か。確かに致死の呪いを解かれれば、守りを固めるのは当然だ」
「ってことは、この中に入るんですか? 凄くチクチクしてそうですけど」
「チクチクってレベルじゃねーだろ……ティア、あの茨どうにかできるか?」
「わかったわ。やってみる」
俺の問いに、ティアが屋敷……というか茨の塊に手を向けて、ブツブツと小声で何かを唱える。だがすぐにそれを中断すると、軽く首を横に振った。
「これは駄目ね。野生の茨ならまだしも、これはここにいる魔女が生み出したものだから、精霊魔法じゃどうにもならないわ」
「そっか。なら――」
「あ、じゃあボク行きます」
次の策を考えようとしたところで、軽い調子でそう言ったルカが無防備に屋敷の方へと近づいていった。呪いを解いた実績があるためか、ローレンツもそれを止めることなく見ていると、ルカが徐に茨の所々に咲いている黒い薔薇の花に手を伸ばす。
「ふむふむ、これが基点かな? なら……えいっ!」
ルカが無造作に黒薔薇を握りつぶすと、突如として周囲の茨が蠢き、ルカの体に巻き付いていった。だがルカはそれを一切気にすることなく、数秒の後にはルカの体に巻き付いたものを含め、人一人分が通れるくらいの範囲の茨が灰となって崩れ落ちた。
「ルカ!? 大丈夫なのか!?」
「勇者様。はい、大丈夫です。どうやらこの黒薔薇が呪いの基点で、かつ罠になってるみたいですね。先輩は大丈夫だと思いますけど、勇者様とティアさんは気をつけてください。この所々にある黒い棘に刺さると、強烈な呪いが発動する仕組みになってるんで」
「そ、そうなのか……わかった、気をつけよう」
心配して声をかけたローレンツが、平然と笑うルカの言葉に何とも言えない表情を浮かべる。まあ、あれで無傷は割と滅茶苦茶だよなぁ。せめて防御魔法を展開しているように見せかけろと助言しとくべきだったか?
「……って、俺も大丈夫じゃねーよ! 素でそんなの喰らったら、俺だってヤバいからな!?」
この程度の力が「不落の城壁」と「吸魔の帳」を抜けてくるとは思えねーが、ローレンツと一緒に行動している以上、不用意に「追放スキル」を使うのは避けたい。そして素の俺の防御力だと、あの茨で締め上げられたら全身血まみれになるだろうし、呪いも普通に喰らうことだろう。
あの魔女の呪い……うぅ、想像するだけで寒気がしちまうぜ。
「あー、そうですか? じゃあもう面倒なんで、ボクが先頭で近くの茨を処理しちゃいますね。ティアさんは手が届かない離れた場所のをお願いします。茨の射程は多分一〇メートルくらいあると思うんですけど、そこは先輩と勇者様でティアさんを護ってもらえばいいかと」
「わかった、ではそうしよう」
「安心しろ、ティアには指一本……棘一本? 触らせやしねーよ」
「フフッ、二人とも頼りにしてるわね」
こうして役割分担を決め、俺達は消えた茨の奥にあった扉を開き、屋敷の中へと入っていった。室内までもこれでもかと茨に埋め尽くされていたが、ルカが所々に咲いている薔薇を毟るだけで処置が完了するので、特に苦労することもない。
「……これ、ルカがいなかったら凄く大変だったわよね?」
「そうだな。でもルカがお嬢さんの呪いを解かなきゃ、多分ここまでの大歓迎を受けることはなかったと思うぜ?」
淡々と魔法で遠くの薔薇を処理するティアの呟きに、伸びてくる茨を次々と切り飛ばしながら俺が答える。実際一周目の時は、手すりや壁に茨が這ってはいたものの、床は普通だった。
まあ外の惨状を先に見ているので、今更と言えば今更だけども。
「もし私だけだったら……どうしただろうな? 正直屋敷ごと焼いてしまうくらしいか対処法が思いつかん」
「勇者様、それは流石に……気持ちはわかりますけど」
そして隣で剣を振るうローレンツの物騒な言葉には、俺は苦笑いを浮かべてそう返す。確かに室内を埋め尽くす勢いの茨……しかも巻き付きと呪いの近接カウンターつきなんてのを前にしたら、その気持ちは理解できる。
が、ここは森の中だし、何より枯れているわけでもない植物というのは、そう簡単には燃えない。この屋敷を燃やし尽くせるほどの火力を出したら、普通に周囲も大炎上してしまうことだろう。
「……君達もそうだが、ルカにも一層の感謝しなければならないな。私はあまりに、勇者としての力が足りない」
「勇者様……そんなことないですって。なあティア?」
「そうですよ。今もこうして護ってもらってるし、勇者様は十分に凄いと思いますよ?」
「二人とも……ありがとう」
微妙に落ち込んだ様子を見せるローレンツを励ましながら、俺達は少しずつ屋敷内の茨を処理して進んでいく。すると大きな階段に辿り着いたところで、不意に茨の奥から黒いドレスに身を包んだ一人の女が姿を現した。
「キィィィィィィィィ! どうして!? どうして私の黒薔薇が、そんなに簡単に排除されるのよぉ!?」
「ん? 貴方が『黒薔薇の魔女』さんですか?」
「そうよ! 私こそが――」
「あの、一ついいですか?」
「…………何よ?」
叫びながら現れた黒薔薇の魔女だったが、一切空気を読まずに平然と話しかけるルカの様子には流石に毒気を抜かれたのか、憮然とした表情で問い返す。
「この家の感じだと、『黒薔薇の魔女』って言うより、単に『茨の魔女』の方が合ってるんじゃないですか?」
「……………………キ」
「き?」
「キョェェェェェェェェ!!!」
「うわっ!?」
奇声をあげた黒薔薇の魔女が、ボサボサの黒い長髪をグルングルン振り回しながら暴れ始めた。妙に白かった顔に僅かな罅が入り、黒いドレスの上に白いドーランが零れていく。
「私は誰より美しく高貴な『黒薔薇の魔女』! 何でどいつもこいつもそれを認めないのよ! 許さない、許さない、ユルサナィィィィィ!」
「えぇぇ? あの、先輩? 何でこの人、こんなに怒ってるんですか?」
「あー、そうだな。薔薇が茨になっちゃうと、高貴なイメージが崩れる……とか?」
「そんなことで!? 黒薔薇も茨もそんなに変わらなくないですか? シワババァとかじゃないんですよ?」
「し、しわ!? ババァ!?!?!? キョェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
何気ないルカの発言に、耳をつんざく狂声が屋敷の中に響き渡る。もはやシワババァ……もとい黒薔薇の魔女の顔に理性はなく、狂気を宿した瞳はルカを射殺さんばかりに睨み付けている。
「殺す殺すコロォォォス!」
「何かボクだけすっごく睨まれてません!? え、ボクまた何かやっちゃいました!?」
「今のはルカが悪いと思うわ……」
「だなぁ。ま、やることは同じだけど。さあ、勇者様?」
「む、そうだな。ではこれより、シワ……黒薔薇の魔女を討伐する!」
「お前等全員、ミナゴロシだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
狂える魔女との激闘が、今ここに幕を開けた。




