自分に何ができるかを、何故か他人の方がよく知っていたりする
「はー、やっと解放されたぜ」
領主邸での豪華な晩餐とフカフカのベッドを経て、俺達は改めて「黒薔薇の魔女」の情報を集めるために町へと繰り出していた。下にも置かない丁寧すぎる対応から抜け出したことで、俺は大きく息を吐いて体を伸ばす。
するとそんな俺の頬を、隣を歩いていたティアがプニッと突っついてきた。
「こら! せっかくおもてなししてくれたのに、そんな風に言ったら駄目よ?」
「いや、わかってるけどさ。でもどうも、俺はああいうのは苦手なんだよ」
叱られても、俺としては苦笑いを返すことしかできない。一周目では普通に事件を解決してから同じようなもてなしを受けたわけだが、それでも俺の抱いた感想は同じなので、これは単に俺に荷物持ちの下っ端根性が染みついているというだけのことなのだろう。
「それにしても、領主様は太っ腹でしたねぇ。まさか船をくれるなんて」
そんな俺達の少し後ろから、ルカがそう話しかけてくる。今回一番の……というか、唯一の活躍者だったルカは、それこそ勇者であるローレンツよりも手厚い歓迎を受けていた。ルカが男だとわかったら、目覚めたばかりの娘の婿にならないかと、割と本気っぽい感じで誘われていたくらいだ。
まあルカ自身にはそんなつもり毛頭なくて、適当に笑って流しながら豪華な飯と高い酒を堪能していたわけだが。
「くれるって言っても、所有権じゃなく使用権だけどな。人員は領主様が手配してくれた人達だし、そもそも俺達が船に乗るのは、沖合の小島に行って帰ってくる時だけだ。そう考えりゃ娘の命の礼としては妥当なところだと思うぜ」
言うまでもないことだが、船というのは動かすのも維持するのも、兎にも角にも金がかかる。なので修理や点検以外の「万全に動けるけど何もしていない船」というのは、軍船を除けば基本的には存在しない。
なので、俺達が「ちょっとあそこの島に運んでくれ」と頼むのも無理だ。地元の漁師が個人で使っている釣り船とかなら別だが、そんなもので魔獣のいる沖合の海まで出たら秒で沈められちまうしな。
そこで登場するのが、領主である。ここの領主は善良な統治を行っており、港町ということで物流も活発なため、金も権力も信頼もある。だからこそお抱えの商人から船を一隻貸し切り、短期間とはいえ俺達のために港に停泊させ、好きなときに好きな場所に連れて行ってくれるという権利を御礼として提供してくれたのだ。
これは俺達だけでは決して手に入らなかったもので、かつ今後の冒険のために絶対必要な権利であった。なので今回の事件を解決したら絶対に融通してもらおうと計画していたのだが、ルカの活躍により、期せずして前倒しで手に入れてることができたというのが現状なのだ。
ちなみに、ローレンツが今この場にいないのは、その手続きをしに領主と一緒に港に出向いているからである。
「ふーん、そうなんですか。その辺の価値観は、ボクにはまだよくわからないところですね」
「ははは、そりゃ仕方ねーだろ。単純な数字に恩とか情を乗っけて計算するのは、ルカにゃまだ早い」
「ぶー」
笑って頭をポンポンと叩く俺に、ルカが不満げに頬を膨らませる。あまりにも高い位置から生まれ落ちたルカが人の感覚に馴染むには、まだまだ時間がかかることだろう。
「っと、そうだ。今ので思い出したけど……ルカ、お前昨日のはちょっとやり過ぎだぞ?」
「昨日の? えっと、何の話ですか?」
「だから、いきなりあのお嬢さんの呪いを解除しちまったことだよ。助けたこと自体を悪いとは言わねーけど、あんな規格外の力をひけらかしてたら、この先厄介ごとばっかり引きつけるようになるぞ?」
やったことは正しい。が、あの場でやっていいことだったかと問うならば、俺は駄目だと判断した。しかし俺のその言葉に、ルカは眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「えー、そうですか? 規格外って言いますけど、ボクはちゃんと一緒にいる人の能力に合わせて、自分の力を調整してるんですよ? ほら、前の世界にいたときだって、タルホさんとかジグさんに合わせてたんで、変じゃなかったでしょ?」
「うん? そう言われりゃそうだな?」
確かに、故郷ではルカとも仕事をしていたが、年の割には腕のいい、将来有望な雑傭兵ってだけで、突出して凄い能力を持っているとは感じなかった。それにこっちの世界でも俺達に出会う前は短期間とはいえローレンツと二人で旅をできていたのだから、その辺の加減も上手くいっていたのだろう。
「え、じゃあ何であんなことしたんだ? 勇者様とかティアの力がそっち方面に特化してたら、あのくらいはできるってことか?」
もしそうだと言うのなら、俺としても納得できる。ただ「何でもできる」と謳っているルカの能力が、あらゆる分野でその道を高いレベルまで修めた人物と同じというのは幾ら何でもやり過ぎだ。
これはきっちり教えた方がいいか……などと懸念していると、何故かルカが呆れたような目を俺に向けてくる。
「何言ってるんですか先輩? 先輩なら、あのくらい簡単にできたでしょ?」
「へ? 俺!? 何で俺が呪いの解除なんてできると思ったんだ?」
俺は魔法なんて使えないし、魔法に関する知識もそれほどない。致死の呪いの解除なんて高度な技術を使えると判断したルカの考えが理解できない俺に、ルカは呆れを通り越し、ちょっと馬鹿にしたようなジト目でこっちを見てくる。
「えぇ、本当に自覚がないんですか? 先輩の力があれば、あんなチャチな呪いなんて、あっという間に『終わらせる』ことができたでしょ?」
「あっ……あー、そういう……」
その観点は、俺にはなかった。そしてそう指摘されれば、確かにできる。神すら害する終わりの力が、人のかけた呪い程度を終わらせられないはずがない……いや、やったことはねーから本当にできるかはわかんねーけども。
「って、待て待て! 何で俺のその力が前提なんだよ!? 俺は基本的に、魔王の力は使わねーぞ?」
「でも、必要なら使いますよね? 何処にいるか分からない敵の事を調べて、呪いの解き方を調べて、更にそれを実行して……なんてやってたら、一ヶ月なんてあっという間ですよ。
なら先延ばしなんてせずに、最初に呪いを…………ああ、そうか! 先輩はこの事件がどうやって解決するかを知ってるんでしたよね。それなら力を使わないのも納得です。いやー、すみません。早とちりしちゃいました!」
「お、おぅ……」
ペロリと舌を出して反省の言葉を口にするルカに、逆に俺の方が言葉に詰まってしまう。
もしも俺に一周目の知識がなければ……そして俺に「呪いを終わらせる」という発想があれば、力を使っていたかも知れない。助けられる命をあたら危険に晒すくらいなら、魔王の力はできるだけ秘匿するなんて矜持なんて余裕で放り出せる。
「となると……そうか、ルカの判断は正しかったのか。こっちこそすまん。俺の想定が甘かったみてーだ」
「気にしないでください。というか、気にするならもっと褒めてください。ボクってほら、褒められて伸びるタイプなんで!」
「わかったよ。よくやったなルカ、偉いぞ」
「わーい!」
ぐいっと突き出された頭を苦笑しながら撫でてやると、ルカが屈託のない笑顔を浮かべて喜ぶ。むぅ、こうしてると猫でも可愛がってるような気分になるな……
「エドとルカって、本当に仲良しよね……」
そんな俺達を見て、ティアがしみじみとそう呟く。だがその感想は些か以上に不本意だ。
「いやいや、そんなことねーって。なあルカ?」
「そうですよ。ボクと先輩はバリバリ敵対してます! 今だってどうやって寝首を掻こうか考えてるんですから!」
「え、そうなのか?」
「そうですよ! 今夜辺り、寝てる先輩の鼻にナッツを詰めてみるのはどうかと画策してました!」
「鼻にナッツ……!? 普通に嫌だけど、それと俺を排除するのがどう繋がるんだ?」
「やだなぁ先輩。寝てる間に鼻にナッツを詰められる魔王なんて、何かもう情けなくて田舎に引きこもるしかない気がしませんか? 終焉の鼻ナッツ魔王ですよ?」
「……それは確かに、人前には出たくなくなるな」
魔王とか関係なしに、「鼻ナッツのエド」みたいな二つ名をつけられたら、とりあえずその地域からは全力で遠ざかると思う。
「何という悪神的発想……ルカ、お前やるな」
「フフーン、ボクだって日々進歩してるんです!」
「……本当に、二人は仲良しねぇ」
慄く俺と得意げに胸を張るルカ。そんな俺達を見て、ティアが苦笑しながら同じ台詞をもう一度繰り返した。




