結果を出すのは大事だが、結果だけではやや困る
何だか色々と予想外のことばかり起きた気がするが、とにもかくにも俺達は勇者パーティに入ることに成功した。一周目の時とは随分と違うメンバー構成となったが、こと戦闘力に関しては今の方が明らかに上。特に危なげもなく旅は続き……一ヶ月後、俺達はとある港町の領主邸に招かれていた。
「この子が、私の娘のミーシャです」
領主自らが案内してくれた、娘の寝室。そこには青白い顔をした一四歳の少女が静かに横たわっていた。せめてもの慰めにと口にさされた紅は場違いなほどに色鮮やかで、僅かに覗く首元には、黒い痣が蔦のように巻き付いている。
「あれは、娘の一二歳の誕生日のことでした。デビュタントということで外部からも沢山のお客様をお招きしてパーティを開いていたのですが、そこに招いた覚えのない、不気味な女性が混ざっておりました。
その女は自らを『黒薔薇の魔女』と名乗り、『この娘に呪いをかけた、もしお前が祖先の罪を償わぬというのなら、娘は一五歳の誕生日の日に命を終えるだろう』と言い残すと、その場から煙のように消えてしまったのです」
「それは……領主様、失礼ですがその魔女の言葉に、心当たりはあるのですか?」
顔をしかめるローレンツが問うも、領主は力なく首を横に振る。
「いえ、全く。そもそも私はその日まで魔女に会ったことすらありませんでしたし、他の家人に聞いても同じでした。隠居した父にも話を聞いてみましたが、やはりそんな人物は知らないと……
一応更に昔の記録も探していたのですが、結局魔女と関わりのある資料は一切見つかりませんでした。どうすればいいのか、どうして欲しいのかを聞き出すために、魔女が住むという森に使いの者を送ったりもしたのですが、誰も戻ってこず……」
「罪を償えって言ってるくせに、どんな罪を犯したかも、どうやって償えばいいかも教えてくれないわけですか。それは確かに困っちゃいますよねぇ」
「ははは、まったくです。娘が助かってくれるなら、大抵のことは受け入れるつもりなのですが……」
軽い口調で言うルカに、領主が疲れた笑みを浮かべた。目の下に浮かぶ隈は化粧でも誤魔化しきれないくらいに濃く、心身共に疲弊しきっているのが伝わってくる。
「娘の一五歳の誕生日まで、あと一ヶ月しかありません。もはや他に、おすがりできる人がいないのです。お願いします勇者様! どうか、どうか娘を、ミーシャを助けていただけませんか!? 私にできることなら何でもします! どうか、どうか……っ!」
その場に膝を折った領主が、床に額をこすりつけて土下座をする。そんな領主の肩にローレンツはそっと手を置くと、優しく領主の体を引き起こした。
「頭を上げて下さい、領主様。お嬢様のために、できる限りの力を尽くすと約束します」
「おお、おお! 勇者様! どうかどうか、お願い致します……っ!」
泣きながらすがりつく領主に力強く頷いてみせると、ローレンツが俺達の方に振り向いて話しかけてきた。
「ということで、私は勇者として、この人を助けるために動こうと思う。皆に異論はあるか?」
「俺はありません。大丈夫です」
ローレンツの問いかけに、俺は即答に近い形で同意する。一周目の時もこの事件は解決しており、内情を知っていればこそ悩む必要すらない。
「私は……この子を助けることには、何の異論もないわ。でも『祖先の罪』っていうのはちょっと気になるから、そこはちゃんと調べたいわね」
対してティアは、条件付きの同意をした。ただ巻き込まれて酷い目に遭っている少女を助けることとは別の話として、一方だけの情報を真に受けて「正義」を振りかざす危うさを、力を持つ者は常に自覚しなければならない。それを理解しているからこそ、ローレンツもティアに頷きを返す。
「当然だな。時間は限られているが、できる限りは調べよう。それでルカは……」
「ボクですか? うーん…………」
最後に話を振られたルカは、意外にも胸の前で腕を組んで悩み始める。
「何だルカ? 何か思うところがあるのか?」
「ボク、こういう急かされる感じの依頼って、あんまり好きじゃないんですよね。何をするにも落ち着かないっていうか」
「む……」
「おいルカ、それは流石に――」
その軽い物言いに、ローレンツが顔をしかめる。流石に俺も注意しようと思ったのだが、それより早くルカが追加の発言をする。
「なので、とりあえずこの場でこの子の呪いを解いちゃってもいいですか?」
「…………ん?」
「っていうか、解いちゃいますね。えいっ!」
その場の全員が首を傾げるなか、ルカはスタスタと寝ているお嬢さんの側に歩み寄ると、その手をかざしてピカッと光らせた。するとお嬢さんの体から黒い煙のようなものが吹き出していき……
「…………ううん、あれ? 私は一体……?」
「っ!? ま、まさか!? ミーシャ! ミーシャ!」
「お父様……? 何故お父様が寝室に? いえ、そもそも私はどうして……」
「ああ、あああああっ! ミーシャぁぁぁぁぁぁ!」
戸惑いの声をあげるお嬢さんに、領主が大声で泣きながら抱きつく。何事かと驚いた使用人や警備の人達も室内に飛び込んできたが、そこでお嬢さんが意識を取り戻していることに気づくと、すぐに様々な指示が飛び交い始める。
「お嬢様がお目覚めになった! すぐにサイエン先生をお呼びしろ! 屋敷の馬車を使いなさい!」
「エドガー様のところに早馬を! あと奥様にもご報告するのだ!」
「おぉぉぉぉ! ミーシャ! ミーシャ! ああ、よかった! 本当によかった……」
「あの、お父様? 本当に何が……あと、そちらの方々は……?」
「お、おお! そうであった!」
騒然とする場で立ち尽くす俺達に、娘から手を離した領主が駆け寄ってくる。ただし今回すがりつくのは、ローレンツではなくルカの手だ。
「ありがとうございます! 貴方はまさに、我が家の恩人です!」
「いやいや、そんな大げさな。ちょっと呪いを解除しただけですよ。それにまだ大本の魔女は残ってますし」
「それは確かに……いや、しかし娘を助けていただいたことに代わりはありません。おい、今すぐに晩餐会の準備に取りかかれ! 勇者様方を、我が家の総力を挙げておもてなしするのだ!」
「畏まりました。すぐに手配いたします」
黒い執事服に身を包んだ老齢の男性が、綺麗な姿勢で一礼すると部屋を出て行く。領主はそれを確認すると、満面の笑みを浮かべて改めて声をかけてきた。
「ということですので、是非とも今日は我が家で食事をとっていってください! ああ、勿論それ以外にもできうる限りの御礼は致しますので、ご安心を」
「え、いいんですか? わーい! やりましたよ勇者様、今夜はご馳走みたいです!」
「あ、ああ。そうか…………そう、だな」
「でも、いいの? 私達、まだ何もしてないけど……」
楽しげに喜ぶルカとは裏腹にローレンツとティアは未だ戸惑いの最中にある。だからこそ俺は努めて冷静を装い、口元が引きつるのを必死に抑えて二人の肩に手を置く。
「いいんじゃねーか? 少なくとも時間切れでお嬢様が死ぬってことはなくなったわけだし。それに……この流れで帰るのは無理だろ」
「まあ、そうね」
恐ろしいほど張り切る領主と使用人達を見れば、「そういうのは後でいいんで、とりあえず帰ります」とはとても言えない。急ぐ理由もたったいま消失してしまったので、お嬢さんの目覚めの喜びに水を差すこともないだろう。
「領主様の晩餐会って、どんな料理が出るんでしょうね? 港町ですし、やっぱりお魚が美味しいんでしょうか? 先輩はどう思います?」
「あー、そうだな。美味いのが出るといいな」
無邪気に目を輝かせるルカに、俺はひとまず適当に同意しておいた。




