敵を知り己を知るのが、自分だけとは限らない
明けて翌日。俺達はローレンツ達と合流すると、村長さんのもてなしで朝食を済ませてから、揃って村を後にした。その後は道なりに歩きつつ、ローレンツが俺に声をかけてくる。
「さて、それじゃエド達に実力を見せてもらうわけだが……どういう形がいいだろうか?」
「俺は勇者様の希望される形で構いませんよ? 適当な魔獣を狩ってもいいですし、あとは軽い模擬戦なんかもいいでしょうね」
「ふむ、そうだな……」
実力の確認というのなら、戦っている状態を見せるのが一番早い。俺の提案にローレンツが思案し始めると、そこでルカが大きく手を上げながらその場で跳びはね始めた。
「ハイハイ! そういうことなら、ボクが先輩と戦います! いいですよね勇者様? 勇者たるもの、客観的に物事を見て判断しないと!」
「また適当なことを……だがまあ、確かにルカの実力は私もよく知っているから、判断基準としては悪くない、か。どうだいエド、君はそれでいいか?」
「ええ、構いませんよ。ティアはどうする?」
「私? 確かルカは魔法も使えるのよね? なら私もそれで――」
「ティアさんは、別に今更やらなくてもいいんじゃないですか? 昨日も普通に精霊魔法使ってましたし。ねえ勇者様?」
ティアの言葉を遮って、ルカがそう口にする。するとローレンツは僅かに考え込み、それに賛同するように頷いた。
「……そうだな。確かにあれだけ精密に精霊魔法を使いこなせるなら、今更術者としての実力を問うこともない、か」
「え、じゃあ私はいいの? うぅ、何だか仲間はずれみたい……」
「いやいや、試験なしで合格って言われてんのに、仲間はずれってことはねーだろ」
しょんぼりと耳を垂れ下がらせるティアを、俺はそう言ってフォローする。だが当のティアは不満げな表情で俺に反論してくる。
「だって、昨日もエドはルカと楽しそうにお話してたじゃない! 私だってもっとこう……活躍とかしたいのよ!」
「え!? ティア、起きてたのか?」
「そりゃあれだけ話してたら起きるわよ! でも男同士の話を邪魔したら悪いかなって、ずっと黙ってたのに……うぅぅー!」
「ご、ごめん。悪かったって! でも、じゃあどうすれば……」
「私がエドと戦うわ!」
「へ!?」
高らかに宣言するティアに、俺は思わず間抜けな声をあげてしまう。だがティアはそれを意に介さず、ローレンツに向かって言葉を続ける。
「そうすれば、私とエドの両方の実力が一度にわかるでしょ? どう、勇者様? いい考えだと思わない?」
「私は構わないが……ルカ?」
「ボクは……あ、はい。全然いいです。いい感じだと思います」
無言で薄く笑うティアの迫力に押されたのか、ルカはあっさりと辞退を表明した。となると後は俺次第ということになるのだが……
「本当にやるのか?」
「勿論! 偶には私が、エドの事をやっつけちゃうんだから!」
「偶にはって、俺は別にティアをやっつけたことはないんだが……まあいいや。なら相対距離は……そうだな、二〇メートルもあればいいか」
「何それ、ひょっとして私のこと馬鹿にしてる?」
俺の呟きに、ティアが唇を尖らせる。だがそんなティアの額を、俺はピンと指で弾く。
「調子に乗るな。そりゃティアは剣も使えるけど、普通の後衛ならそこまで接近を許してる時点で終わりって距離で始めてどうすんだよ?」
「むぅ、それはまあ確かに。いいわ、じゃあそうしましょ」
額を擦りながらも納得したティアに、俺達はそのまま森を抜け、街道を外れて開けた草原へと辿り着く。そうして適切な距離を取って準備を整えると、ティアの側に立っていたローレンツが大きく手を上げた。
「二人とも準備はいいな? では……始め!」
かけ声と共にその手が振り下ろされ、同時に俺はティアに向かって走り出す。この段階では、俺を邪魔するものは何もない……かと思ったんだが。
「切り裂け、『ウィンドエッジ』!」
「へぇ?」
普段は滅多にやらない、短縮詠唱からの精霊魔法の発動。飛来した風の刃が、俺の体に強い衝撃を与えてくる。
が、それだけ。風の圧縮不足なのか俺の知っている鋭さは発揮されず、ただ強めに体を押されただけだ。絶え間なく飛来するのは邪魔くさいものの、体勢を崩されるほどの威力はない。
「おいおい、随分と贅沢な足止めだな?」
そして、それでいいのだろう。たった一度の短縮詠唱から魔法を連発するとなれば、如何にティアでも多量の魔力を消費する。そこまでして俺の足を鈍らせるのは、耳に届く詠唱を行うための時間稼ぎが目的のはず。
そしてその目論見は、見事に達成される。彼我の距離が最初の半分、一〇メートル程まで近づいたところで、遂にティアの魔法が完成した。
「水を集めて固めるは蒼く煌めく繊月の棘、鈍の光を纏いて貫く、五指にて五寸の精霊の爪! 射貫き氷柱き凍り突け! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『アイシクルアロー』!」
ティアの周囲に凝結した五本の氷の矢が、俺に向かってすっ飛んでくる。だが単純に回避するには未だに体を叩いてくる風の衝撃が鬱陶しい。
「ハアッ!」
ならどうする? 迎撃すればいい。俺は「夜明けの剣」を振るい、最初の氷の矢を叩き落とした。残りは四本!
「まだよ!」
「ああ、まだだ!」
二本、三本、飛来する矢を俺は次々に落としていく。俺自身もティアに向かって走り続けているため、撃ち出された矢が俺に届くまでの時間もドンドン短くなっていってるが、まだ足を止めるほどじゃない。
「なら、これでどう!?」
ティアまで、残り五メートル。四本目と五本目の矢は、同時に飛んできた。俺の剣は一本しかないので、迎撃できるのはどちらか片方のみ。
「フッ」
故に、俺は腹を狙っていた一本を斬り落とし、そのまま上半身を沈めて前傾姿勢になる。これで頭を狙っていた矢をかわし、同時にティアの腹に向けて剣を突けば勝負は終わりなのだが……
「うおっ!?」
違和感は、頭上ではなく足下。一見すると何の変化もないというのに、踏み込んだ大地がそれまでよりほんの少しだけ深く柔らかく沈み込んだ。勢いに乗って走っているときに、この違いは致命。
「今!」
「なっ!?」
前につんのめりそうになり慌てる俺に、何とティアの方から近づいてきた。ちょうど首を差し出すような体勢の俺に、ティアが腰から引き抜いた「銀霊の剣」を振りかぶる。
「これで終わりよ!」
鋭い銀閃が、俺の後頭部を狙う。並の剣士ならばこのまま頭を引っ叩かれ、無様に地面にキスをして敗北を喫することになるんだろうが……残念、俺は並の剣士じゃない。
「甘い!」
崩れた体勢からであってなお、俺の剣は切っ先で地面を擦り上げ、ティアの剣を弾き飛ばすべく天へと昇る。それが終わればその勢いのまま体を回転させ、遠心力を利用してティアの胴を薙ぐことで俺の勝ちだ。
いや、本当に斬ったら駄目だろ。スゲー勢いがついちまってるから、意識して剣速を緩めねーと――
「そっちがね!」
「がっ!?」
瞬間、俺の顎に全く予期していなかった強い衝撃が走った。脳を揺らされ世界が回り、酷い吐き気と心地よい酩酊感が俺の意識を白く染めていく。何だ、何が……!?
「今回は私の勝ちよ、エド」
「ぐへっ!」
混乱から意識が立ち直るより前に、後頭部に痛撃。まるで潰れたカエルのような声をあげて、俺は無様極まる姿で地面にキスをさせられるのだった。




