最高に冴えた閃きの価値は、大抵一晩くらいである
とまあ、そんな感じで夜も遅くなったということで、俺達もこの村に泊まらせてもらうことになった。と言っても当然宿があるはずもなく、村長宅の空き部屋も勇者であるローレンツ達が使用するので、俺達は村内のちょっと開けた場所に天幕を張る許可をもらっただけだ。
死体の片付けを頑張ったこともあり、自分の家に泊めてくれると申し出てくれた村人もいたのだが、それは断った。というのも……
「……今日は時間を止めてやってきたりはしねーんだな?」
天幕の外に現れた気配に、俺は暗闇で寝転がりながら声をかける。するとシュルっと音を立てて入り口の布がめくられ、月明かりに照らし出されたルカがほんのりと苦笑を浮かべている。
「勘弁して下さいよ先輩。あれはあの世界だからできたんであって、普通の世界であんなことできるわけないじゃないですか」
「そうなのか? 『神の使徒』なんてご大層な肩書きがあるなら、そのくらいできるんじゃねーかと思ったんだが」
「神様本人ならそのくらい楽勝なんでしょうけど、ボクは所詮、欠片の寄せ集めですからね」
そう言って、ルカが天幕から姿を消す。なので俺はもぞもぞと体を動かし、もう一度眠る態勢に――
「ちょっ、何で出てこないんですか!? ここは普通外で話す流れですよね!?」
「わかったわかった、冗談だって」
天幕に頭だけ突っ込んで、小声で叫ぶという器用なことをしたルカに、俺は笑いながら体を起こして外に出る。見上げた空に浮かぶ月は、思っていたよりずっと輝いている。
「いい月だな……こりゃ明かりも要らなそうだ」
「ですね」
うーんと軽く体を伸ばしつつ空を見上げて呟く俺に、寄り添うように立つルカが同意する。そのまましばし静かな時を過ごすと、徐にルカがその口を開いた。
「ボクなりにね、色々考えたんですよ。なのにまさか、あんなにあっさりと作戦を潰されるなんて……流石に予想外でした」
「ははは。そこはまあ、年期の違いだな」
「本当、先輩には敵わないなぁ……ちなみに、ボクが乗らなかったらどうするつもりだったんですか? ティアさんはねじ込めたでしょうけど、勇者様とボクと先輩で前衛三人は流石に多すぎますから、先輩は入れなかったんじゃ?」
「ん? その場合はもう一枚手札を切ったさ」
そう言って俺は宙空に手を伸ばすと、出現した黒い渦……「彷徨い人の宝物庫」から小瓶を二つ取り出し、一つをルカに投げ渡す。残った方の栓を抜いて口を付ければ、安い……だが懐かしいと感じる味が口の中に広がっていく。
「あれ? これって……」
「ああ、俺の故郷の……ルカが作った世界で買った安酒さ。自分がよく飲んでた酒がこんな味だったなんて、あの時初めて知ったぜ。
てか、ひょっとしてこれも『俺がそうだと思った』からこの味になったのか?」
「うーん、どうでしょう? 影響があるとは思いますけど、流石にお酒や料理の味まで監修したわけじゃないですからね……で、これが何なんですか?」
「酒じゃなくて、収納の方だ。パーティの人数を絞りたいのは、人が増えるほど必要な水や食料の量が増えるからとか、あとは気を配る対象が増えるからだろ?
でも俺はこの能力があるから持ち運ぶ物資の問題はねーし、自分の面倒は自分でみられる。つまり人数が増えることによって生じる負担が何もないうえに、俺が協力すれば手ぶらで旅が出来る。これで仲間にしない理由なんてあるか?」
「うわ、確かに……ってことは、何をどうやっても先輩が勇者パーティに入るのを妨害するのは無理ってことなんですね。うぅ、最高の作戦だと思ったのになぁ」
「そう落ち込むなって。何かを思いついた時ってのは、誰でもそんな風になるもんさ」
閃いた瞬間は天才なんじゃないかと舞い上がる思いつきも、冷静になって見返せば穴だらけなんてのはよくあることだ。またもしょぼくれているルカの肩に腕を回し、慰めるようにポンポンと叩いてやりながら、俺は追加の疑問を投げかける。
「てか、そもそも俺をここに留めおいたとして、それってどんな意味があったんだ? 前の世界では長期滞在すりゃ魔王の力が削られるって言ってたけど、あれはあの世界だけの話だよな?」
もしも異世界に居続けることで魔王の力が失われていくなら、俺の力の欠片が魔王をやっているはずがない。むしろ時間経過により人の欲だの何だのを集めて、パワーアップしている奴ばかりだ。
それに、仮にローレンツの仲間になれなかったとしても、この世界に魔王が……要は俺がいる限り勇者は誕生し続ける。いつかローレンツが死んだ後に生まれる勇者の仲間になればこの世界を出ることはできるのだから、結局のところルカの作戦には時間稼ぎ以外の目的が見えないのだ。
「ああ、それですか。確かに力は削れないですけど、意欲は削れますよね?」
「意欲?」
「はい! ほら、何十年も同じ世界に居続けるとなれば、そこで関わる人達と深い縁が結ばれたりするでしょう? 更にそこから発展して結婚して家族ができたりすれば、先輩としてもこの世界を旅立とうと思わなくなると考えました」
「なるほど、つまり結局は前の世界と同じってことか。でも、俺は……母さんよりも、旅を続けることを選んだ男だぞ?」
大事なものと前に進むこと、その両方を天秤にかけて、俺は前に進むことを既に選んでいる。なのにまた同じようなものを用意して、どうして俺がそれを選ぶと思ったのか? 問う俺に、ルカが何とも不満げに口元を歪ませる。
「だって、そのくらいしか思いつかなかったんですよ! じゃあどうしろって言うんですか!」
「お、おぅ。そうか。何か悪いな」
「全くですよ! 一体先輩は何を用意したら、その世界でまったり暮らしてくれるんですか!? 言ってくれれば、ボク頑張りますよ!?」
「えぇ? そんなこと言われてもなぁ……」
まさかの逆ギレをされて、俺の方が困ってしまう。自分でもそんなものは思いつかないし、思いついたとしても言うつもりは……いや、いいのか? 何もかも忘れて残りたいと思えるようなものがあって、それを用意してくれるっていうのなら、むしろアリなんじゃ……?
「どうですか? 何かありますか? 山より大きいお城でも、海を埋め尽くす財宝でも、何なら先輩を大好きなボクが沢山居るハーレム世界だっていけますよ?」
「いや、それは心から遠慮したいところなんだが…………すまん、普通に思いつかん」
「もーっ!」
割と真剣に考えてみたが、ティアと一緒に楽しく旅をする以上に欲しいものが何も思いつかなかった。何だろう、これは満たされていると喜ぶべきなのか? それとも欲がないと悲しむべきなんだろうか?
「いや、本当……俺としては、現状で十分満足なんだよ。だから……あれだ。ルカの方から神様に『そっちからちょっかいかけなければ何もしねーから、ほっといてくれ』って伝言とかお願いしたら、全部解決とかしねーかな?」
「それは流石に……」
「駄目か? いい考えだと思うんだが」
「そうですね、もし先輩がタルホさんに真剣な表情で『少し前からお前の周りを飛び回ってる虫が、刺さないから気にしないでくれって言ってたぜ』って伝えられたら、どう反応します?」
「…………とりあえず酒を取り上げてから、宿のベッドに放り込むな」
「でしょ? つまりそういうことですよ」
「そういうことかぁ……」
冷めた目で言うルカに、俺もまた納得のため息を漏らす。
「となるとやっぱり、当初の目的通りに俺自身が神に並ぶ……とまでは言わずとも、意思疎通をしようと思える程度の存在まで上がるしかねーか。そうすりゃ今の言葉にも説得力が出るんだろうし」
「そうですね。でもそれ、ボクの立場としては全力で阻止しないとなんですが」
「だよなぁ……」
ルカみたいに一足飛びに話の通じる存在まで進化できるなら別だが、普通はその過程で「力を増していく脅威」を叩き潰そうとするだろう。
「ままならねーなぁ」
「そうですねー」
同じ月を見上げ、同じ酒を呷り、同じようなため息を吐く。本来なら敵同士であるはずの俺達の夜は、こうして静かに更けていくのだった。




