退屈を殺す初仕事は、浪漫仕込みの海賊団
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
俺達が晴れて海賊の一味になってから、しばし。慣れた手つきで野菜の皮を剥き続ける俺の隣で、ティアが重くて長いため息をついた。
「どうしたティア? 手が止まってるぞ?」
「ねえ、エド。私達何でこんなことしてるの?」
「何でって、そりゃ一番下っ端の新人だからだろ? 少なくともでかい葉っぱを持って船長を扇ぐよりはよっぽどらしい仕事だし」
「そうだけど、そうじゃなくて! あれからずーっと船を掃除したり、野菜の皮を剥いたりなんて雑用ばっかりじゃない! 前の時みたいに、もっとこう……何かないわけ?」
「そう言われてもなぁ……」
不満げな表情を浮かべるティアの気持ちはわからんでもないが、かといってここは広い海の上。仮に上手いことやって仕事を誰かに押しつけたとしても抜け出せる場所などなく、やることはもっと無い。
むしろ雑用を割り当てられているから暇を持て余さないで済んでいるという面もあり、客人待遇で「何もしなくていい」なんて扱いだったら、今頃俺は船の木目を数える仕事に従事していた可能性すらある。
「ぶっちゃけ、今回は殆どの時間こんな感じだぞ? 一応一、二ヶ月に一回くらいは寄港するはずだけど、それ以外はずっと船の上なわけだし」
「うぅぅ、何か想像してたのと違う……海賊ってもっとこう、凄い冒険とかしてるものじゃないの?」
「そういうのもいるかも知れねーけど、それにしたって殆どは移動時間だろ。地上を歩いてる時みたいな頻度で魔獣に襲われたりしたら、木造船なんてあっという間に沈むぜ?」
「わかってるわよ! わかってるけど……うぅぅぅぅ……………………」
やり場の無い怒りを押し込めるように、ティアが高速で野菜を剥いていく。あー、こりゃ大分溜まってるな。とはいえ船上でできる気分転換ってなると……
「船が見えたぞー!」
と、そこで甲板の遙か上から、こんな奥まった調理場にまで聞こえる大声が響いてくる。それと同時にドタドタと船内を足音が駆け巡り、ティアが長い耳をピクピクと揺らし始める。
「何!? 船って!?」
「あれ? こんなに早かったんだっけか?」
「ねえエド、これ何!? っていうか、私達も行かなくていいの!?」
「っと、そうだよ。行くぞティア!」
俺は手にしていた野菜を近くの籠に放り投げると、ティアの手を引いて走り出す。すると既に甲板にはむさ苦しい男の群れが溢れており、一段高いデッキの上には船長であるレベッカの姿もある。
「報告しな!」
「あ、姐さん! 前方に船です! 東南東に五〇〇、数は二隻……どうやら片方が襲われてるみたいですね」
「だから船長と呼びなって言ってるだろ! 旗は?」
「えーっと……襲われてるのはマキス商会ですね。で、襲ってるのは……うわ、バロックですよ!」
「劇団!? そいつぁいい。全速前進! 稼ぎに行くよ!」
「「「オーッ!!!」」」
レベッカのかけ声に船員達が一斉に動き出す。そんななか動くことなくその場に留まっているのは、当然ながら俺とティアだ。新人下っ端の俺達に操船に関わる技術も権利もなく、船内に置きっぱなしにすることもできないので、初日に返してもらった武具の類いはいつも身につけているからだ。
「ねえエド、稼ぎ時って、今から海賊の仕事をするってこと?」
「ああ、そうだな。喜べティア、体が動かせるぞ?」
「……………………」
「ティア?」
やっと窮屈な仕事から解放されるというのに、どういうわけかティアの顔色は優れない。不思議に思って声をかけてみると、ティアは翡翠の瞳を曇らせながら小さく答える。
「海賊の仕事って、罪も無い人を襲って金品を奪ったり、殺したりするってことでしょ? 立場的にそうしなきゃいけないのはわかってるけど、でもやっぱり……」
「……? あ、そうか。ティアは知らないのか」
「知らないって、何を?」
「フフフ、すぐわかるさ」
不安げな声で問い掛けてくるティアに、俺はニヤリと笑ってみせる。その間にも船はグングン進んでいき、すぐに二隻の側まで辿り着く。釣り針に髑髏が突き刺さったような紋章の入った黒い旗を掲げる船が接舷しようとしきりに鉤縄を投げつけているのに対し、金貨を加えた竜の紋章の入った旗を掲げる船が必死に抵抗しているという感じだ。
「どうやらいい具合に間に合ったようだね。マキス商会! 積み荷と命に幾ら出す!?」
「まさかと思ったが、海賊食いか!? 四〇〇……いや、五〇〇だ!」
甲板の上から呼びかけたレベッカに対し、商船に乗っているいい身なりをした男が手を上げながらそう答える。苦渋と安堵の入り交じった表情は何とも複雑だが、そんな顔をしながらひり出した値段はどうやらレベッカのお気に召したようだ。
「いい値段だ! 交渉成立! 敵はバロックだ! 旋回して取り付きな!」
「アイサー!」
威勢のいいかけ声に合わせて、それなりに大きな帆船がまるで生き物のようにヌルリと海の上を滑り、商船とは反対側に回り込んで敵船に鉤縄を投げていく。そうなると敵も戦力の劣る商船に構っている余裕はないのか、こちら側の舷に赤と白の縞々というお揃いの服を着た海賊達が集まってくる。
「うわ、見てエド! みんな同じ服を着てるわ!」
「だな。だが驚くのはまだ早いぜ?」
「ええっ、これ以上何かあるの?」
「そうとも。ほーら、お出ましだ」
ワクワクと瞳を輝かせるティアから視線を動かすと、甲板の一番目立つところに現れたのはまるで役者か何かのようなコテコテの海賊服に身を包んだ、錨のようなヒゲを生やす中年の男。それだけでもかなりのインパクトだが、一番の注目点は何と言ってもその左手だ。
「テメェ、レベッカ! また俺様の邪魔しやがるのか!」
「ようピエール。またアタシに儲け話を持ってきてくれるなんて、随分殊勝な心がけじゃないかい?」
「うるせぇ! 今日こそテメェのデカいケツに俺様のを突っ込んで、ヒーヒー言わせてやるぜ!」
「ハッ! そういうのはせめてアンタのダガーを鞘から抜いてから言うんだね!」
「ねえエド! あれ! あれ見て!」
何とも下世話な内容の罵り合いは如何にも海賊という感じで気分が盛り上がるものだが、そんななか興奮したティアが俺の袖を引っ張り、相手側の船長を指さしてはしゃぐ。
「手! あの人の手、フックになってる!」
相手の船長……ピエールの左手は、黒いコートの長袖から見える部分に金属製のフックがついている。義手としては合理性の欠片も感じられないそれを見たティアは、これ以上無い程に嬉しそうだ。
「凄い! 手がフックの人なんて、物語の中だけだと思ってたわ!」
「まあ、普通に考えたら手をフックにするのは恐ろしく不便だろうしなぁ」
世界によっては生身の手より優秀な義手というのも存在していたが、当然ながら金属製のフックはそれに当たらない。というかあんなものくっつけてたら邪魔くさくて、日常生活にすら難儀するのは目に見えている。
「そうよね。でもじゃあ、何であの人はそんなことしてるのかしら?」
「それはあれだ、浪漫って奴だな」
「浪漫……深いわね」
何となく言った俺の言葉に、ティアが顎に手を当て考え始める。その間にも二隻の船は距離を縮めていき、やがてドーンという音と衝撃を立てて船体同士が密着する。
「さあ、戦闘開始だ! やっちまいな!」
「テメェら、今日こそ奴らをぶち殺せ!」
「「「オオオオオオオオオーッ!!!」」」
各船長の言葉に、野太い叫びが船上に響き渡る。揃いの服を着た海賊と、阿呆みたいな拘りをもつ船長。まさしく劇団と言える敵との初戦闘は、こうして火蓋を切った。




