再会するとは思っていたが、いくら何でも早すぎる
「よっと」
降り立ったのは、街道からやや離れた森の中。あまりにもお馴染みな光景に、繋いでいた手を離したティアがぼそっと呟く。
「本当に、いっつも森ね」
「はは、まあ人目につかず、町から離れすぎてもいないってなると、大体こういう場所になるからなぁ。それともいつも木箱の中とかの方がよかったか?」
「……森でいいわ。って、何だか大分前にも同じような事話した気がするんだけど、気のせいかしら?」
「覚えてねーけど、多分言ってるんじゃねーか? 途中で俺が死んだせいで扉に刻まれてる数字は戻っちまったけど、実際に巡った異世界は、もう二〇個は超えてるだろ? それだけ出たり入ったりしてりゃ、同じ感想も出るさ」
「フフッ、それもそうね」
異世界などと大げさな言い方をしても、世界が世界として成り立つ以上、そこに在る基本的な法則が大きく異なることはない。ましてやそれが俺のような「普通の人間」が生きられる場所であれば尚更だ。
ギンタのいた水の世界だって、言ってしまえば単に水の中に人が住んでいるだけだし、キャナルの世界だって技術を追求した末に辿り着く場所の一つでしかない。本当の意味で全く違う「異世界」は、おそらくこの一〇〇の異世界には含まれていないんだろう。
いや、含まれてても困るけどな。上も下もない世界で極彩色の波打つ光みたいなナニカと仲間になって半年過ごすとか絶対無理だし。うむ、普通というのは素晴らしい。
「……っと、暢気に話してる場合じゃねーな。急ぐぞティア」
「ああ、そうだったわね。了解!」
ティアが頷いたのを確認してから、俺達は森の中を走り出す。目指すのはその奥にある小さな村。そこは現在進行形で、魔獣に襲われているはずなのだ。
一周目の時、森歩きの最中に騒ぎを聞きつけた俺は、村を守るべく魔獣の群れに立ち向かった。するとそこに偶々近くを旅していた勇者も現れ、共闘する俺達は見事魔獣の群れを撃退。その際に俺の戦いぶりを見た勇者から仲間に誘われる……というのが、この世界における勇者パーティ加入への流れである。
なので、当然今回もそれを狙っていたわけだが……
「……あれ?」
村に近づくにつれ漂ってきたのは、濃厚な血の匂い。まさか襲撃の規模やタイミングが変わったのかと焦ったのだが、更に近づいて俺達が目にしたのは、見事に打ち倒された魔獣の死体の山であった。
「こいつは一体……?」
「おやおや、随分と遅い登場ですね!」
「えっ!?」
不意に横から聞き覚えのある声が聞こえて、俺は驚いてそちらに振り向く。するとそこにいたのは燃えるような赤髪とちょっときつい吊り目をした……ってオイ!?
「ルカ!? 何でお前がここに!?」
「えー? 確かにボクはルカですけど、何でお兄さんがボクの事を知ってるんですかー? あ、ひょっとしてあまりに可愛すぎるボクのファンとか?」
「何ふざけたこと言ってやがる! お前には聞きたいことが――」
「きゃーっ!」
若干前のめりになり、上目遣いで俺を見てくるルカの言葉に、俺は強い口調で反論しながら、俺よりも頭一つ分小さいルカの肩に掴みかかる。するとルカがわざとらしい悲鳴をあげ、ティアが俺の腕を掴んでルカから引き離した。
「ちょっとエド、何やってるのよ!」
「ティア!? いや、こいつは……」
「何の騒ぎだ?」
そこに追加で加わった声の主は、ほんのわずかに俺より背の高い、精悍な顔つきをした金髪碧眼の青年。彼こそがこの世界の勇者なのだが……その勇者の側に、ルカが素早く駆け寄っていく。
「勇者様!」
「ルカ? 叫び声が聞こえたが、どうかしたのか?」
「いえ、何も。ただあの人が、ボクの可愛さにお触りしてきただけです」
「そう、か…………フンッ!」
「イタッ!?」
クネクネと腰をしならせるルカの頭に、勇者がまっすぐに手刀を落とす。
「また君がくだらない挑発をしたんだろう? まったく、実力は確かだというのに、どうして君はそう落ち着きがないんだ!?」
「えー、それは酷い言いがかりですよ勇者様! その人がボクに掴みかかってきたのは本当なんですって! ほら、そこの可愛いお嬢さんも証言してくれますよね?」
「え、私!? えーっと、確かにエドが掴みかかったのは事実だけど……」
「……そうなのか?」
困った顔で言うティアに、勇者が若干顔をしかめて俺の方を見てくる。ぬぅ、この状況は……いや、そうか。
「はい、そうです。そちらの方が、顔も名前も声も性格も、何もかもが俺のよく……よーく知っている奴にそっっっっっっっっくりだったもんで」
「ほぅ? そういうことか……」
「……え、何ですか? 何で勇者様までボクのことをジッと見るんですか!? はっ、遂に勇者様もボクの魅力に……痛いっ!?」
俺と勇者にジッと見つめられ、頬を赤く染めて照れたルカに再び勇者のチョップが炸裂する。
「何でボクの頭を叩くんですか!?」
「それは勿論……」
「そいつは当然……」
「「日頃の行いだ」」
期せずして、俺と勇者の言葉が重なる。するとルカが涙目になってティアに抱きついてきた。
「うわーん! エルフのお姉さん、二人がボクをいじめるんですー!」
「あーはい、よしよし。ちょっとエド、こんな可愛い女の子を虐めたら駄目よ?」
「いや、そいつ男だぞ? ……多分。歳も俺の二つ下だから余裕で成人してるし」
「えっ!? 嘘!?」
ジト目で指摘する俺に、ティアが自分の胸にガッシリと抱きついているルカを驚愕の目で見つめる。だがネタバレをされたというのに、ルカは一切悪びれる様子がない。
「フフーン! 可愛さに年齢も性別も関係ありませーん! ボクは永遠に可愛い可愛い理想の後輩なんですー!」
「知るかボケ! いいからティアから離れろ!」
「あふん!」
ティアに抱きついたままベーッと舌を出すルカを、俺は力任せに引き離す。するとルカはよろけながらもその場で華麗に一回転し、今度はまたも勇者の方に近づいていった。
「うわーん、勇者様ー! むぎゅっ!?」
が、勇者の伸ばした腕が雑にルカの顔を掴み、抱きつきを阻止する。その後は呆れた様子で軽くため息をつくと、改めて俺の方に顔を向けて話しかけてきた。
「ハァ……そう言えばまだ名乗りすらしていなかったね。私はローレンツ。世間では勇者と呼ばれている者だ」
「はーい、ボクはルカでーす! 勇者様の最高の仲間でーす!」
「あー……えっと、俺は少し前にこの辺に流れてきた冒険者で、エドです。で、こっちは……」
「ルナリーティアです。エドと一緒に旅をしてる冒険者です」
「ふむ、エドにルナリーティアか。冒険者というのなら、この村で仕事でも受けていたのかな?」
「いえ、魔獣の声が聞こえたんで、ひょっとして村が襲われてるんじゃないかと思って駆けつけたんです。まあこの状況を見れば、必要なかったみたいですけど」
周囲に広がる魔獣限定の惨状を軽く見回して言う俺に、ローレンツは機嫌よさげに笑顔を見せる。
「そうだったのか。いや、その謙遜は必要ない。力ある者が力なき人々を助けようとする行為は、結果がどうであれ尊いものだ……ふむ、そういうことなら、一つ私からの依頼を受けてみる気はないか?」
「依頼ですか?」
「ああ、そうだ。倒すだけ倒しはしたが、これだけの数の魔獣の死体を片付けるのは手間でね。急ぎでないというのなら、手を貸してくれるとありがたい」
「そういうことなら、喜んで。なあティア?」
「勿論! このままにして病気が広がったりしたら大変だもの」
「そうか! やはり私の見る目に狂いはなかったようだ」
顔を見合わせ頷いて快諾する俺達に、ローレンツもまた嬉しそうな声で手を差し出してくる。それをガッシリと掴み返せば、契約は成立だ。
「よろしく頼むよ、二人とも」
「任せて下さい」
「えー、こんなのボクと勇者様がいれば十分ですよー! あと村の人に手伝ってもらうとか?」
「こんな小さな村で、貴重な労働力を何人も借りられないだろう! 今回は流石に我が儘が過ぎるぞ?」
「むぅぅぅぅ……」
ローレンツに怒られ、ルカが頬を膨らませてそっぽを向く。一八歳の男がする仕草では決してないのだが、一見すると小さく華奢な体と美少女然とした顔があれば、こんなのすら可愛く見えるのだから何とも恐ろしい。
ま、それはそれとして、とにかく俺達は勇者の仲間になる流れこそ掴めなかったものの、何とか関係を繋ぐことには成功するのだった。




