意地を張って無理を通すよりも、次の機会を狙う方が大抵は賢い
「……永住?」
「はい、永住です!」
予想と違う返答に思わず首を傾げる俺に、ルカはもの凄い笑顔で力強く頷いてから、言葉を続けていく。
「ボクもね、色々考えたんですよ。そもそもの懸念はこのまま先輩が旅を続けることで、ドンドン力をつけて魔王として覚醒してしまうことなわけです。でも用が済んだ世界に先輩がいつまでも留まる理由はないですよね?
ならば逆転の発想です! つまり先輩が『用がなくてもずっと留まっていたいと思う世界』を用意すれば、そこに居続けてくれるんじゃないかと思ったわけですよ!」
「……なるほど? それで俺の故郷を再現したと?」
「そうなんですよ! ほら、ここって先輩が帰りたいと思っていた最終目的地でしょ? ならここに来れば、もう他に行く必要はないじゃないですか! そうして先輩が留まってくれれば無理に殺して予期せぬアクシデントを呼び込むこともないですし、ここでまったり平和に暮らしてもらえれば、これ以上力が増すこともない。
先輩だって帰りたかった故郷でお母さんやご友人とずっと楽しく過ごせるわけですから、誰も損してない! これぞウィンウィンってやつですよ!」
「うぃん……何だ? その唸ってるような単語はともかく……ハァ、上手いこと考えるもんだな」
囚われている者が、そうと知ってもなお出ようと思わない場所。世界で最も強固な牢獄は、出ることを望ませぬ楽園というわけだ。だが……
「ということで、どうです? 確かに今はまだ世界も狭いですけど、これからも先輩のご要望に合わせて拡張したりしていきますから、考え直してここに留まってくれません?」
「…………悪いな、そいつは無理だ」
ねだるような上目遣いで見てくるルカに、しかし俺は小さく苦笑して首を横に振る。
「俺はもう、次に行くって決めちまったんだ。時々戻ってきてくれとか、ここを拠点にしてくれっていうならともかく、ここで永遠に過ごせってのは受け入れられない。俺の心は、俺の願いは……立ち止まるのを選ばなかったからな」
この地に留まる選択肢がまるで無かったかと言われれば、そんなことはない。そうしてもいいと思う自分もいたし、実際少し前まで迷いに迷っていたくらいだ。
が、そんな俺の背中を、母さんが押してくれた。ルカの言葉通り、母さんが俺の理想から生まれたと言うのなら……その応援に背を向けるのは、あまりにも格好悪すぎるだろう。
しかしそんな俺の言葉に、当然ながらルカが「じゃあ仕方ないですね」などと言うはずもない。困り顔で腕組みをしつつ、更に言葉を続けてくる。
「うーん、そうですか……先輩が出て行っちゃうと、この世界が消えちゃうんですけど、それでもですか?」
「それは脅しか?」
「いえいえ、純然たる事実です。普通の世界って、その中で命が巡ることで存在を保ってるんですけど、ここはほら、急造のうえに極小でしょ? 生態系の維持なんて望むべくもないんで、とてもじゃないけど独立した世界としては成り立たないんですよ。
で、今はそれをボクと先輩から漏れ出る力で無理矢理どうにかしてるんで、ボク達がいなくなれば、そりゃあしぼんで消えちゃうわけです。何百年かかけて少しずつ世界を拡張していけばいずれは安定するでしょうけど、逆に言えばそれまではどうしようもないですね」
「ふむ、そうか……」
肩をすくめてみせるルカに、俺は短くそう返す。真偽はともかく、世界の維持に莫大な力がいるのは理解できるし、この半年で俺が行った範囲が世界の全てなら、資源的な意味で日々の生活が維持できるはずがないというのも自明である。それを補っているのが俺自身の力だと言われれば、納得せざるを得ないだろう。
「ということで、改めてどうです? もう永住とまでは言いませんから、世界が安定するまでの五〇……いえ、三〇年くらいでもいいですから、ここに留まってみませんか? そうすればみんな助かりますよ?」
「……………………」
再びの提案に、俺はしばし思案する。三〇年というのは一般的には長い時間だが、今の俺の時間感覚でなら、長すぎるという程ではない。この世界の、母さんやタルホ達のために、三〇年を捧げられるか……
長いようで短い、沈黙の一分。様々な思いを胸に、頭によぎらせながら、俺は答えを口にする。
「いや、駄目だ。やっぱり俺は、遅くとも数日中には出て行く」
「ええっ!? なら先輩は、この世界を……お母さんやお友達を見捨てるってことですか!?」
俺の決断に、ルカが大げさに驚いてから、どこか責めるような目を向けてくる。だがそれで揺らぐほど、今出した答えは軽くない。
「そうだ……っていうか、見捨てるって表現も違うだろ? だってここは、俺がみてる夢みたいなもんじゃねーか」
もしこの世界が以前に訪れた妖精郷のように、元からあったのが滅びようとしているというのなら、三〇年くらいは余裕で留まったことだろう。
だが、この世界は俺の記録から生み出されたばかりの世界。俺がこうあって欲しいという望みが結実した、理想にして幻想の故郷。
「夢なら、目が覚めれば消えてなくなるのが当然だ。それにもし、俺がここに留まる決断をしたなら……お前は俺が出て行けないように、あの手この手で条件を追加してくるんじゃねーか?
だから駄目だ。この先どんな条件を付け加えられても、俺はここには留まらない」
一番最初に、ルカは「俺をここに永住させること」が目的だと言った。ならここで留まることを選べば、その後もなんやかんやと俺をここに留めようとするはずだ。そうなれば三〇年が五〇年になり、やがて一〇〇年、二〇〇年になる。ここでその誘惑に乗ってしまえば、ズルズルとここに残ってしまう気がしてならない。
理想の母を、幻想の友を。俺は見捨てて前に進むと決めた。それを冷酷だと責められるなら、甘んじて受け入れよう。俺は一歩たりとも引くことなく、必ず一歩を踏み出すのだ。
「あー……………………そうですか。そうなっちゃいましたかぁ……」
まっすぐに言う俺に、ルカは額に手を当て天を仰ぐ。その体からじわりと滲み出てくるのは、紛うことなき神の威圧。
「もし先輩が留まることを選んでくれたら、ボクは本当にこの世界を先輩の理想に近づけるため、全力でお手伝いするつもりでした。そうやって楽しく過ごしてもらう間に、先輩を少しずつ『ただの人間』に戻していって……そうなれば全てが上手くいくはずだったんです。
そりゃそうですよね? 世界の維持のために魔王の力を消費し尽くしてしまっていれば、次のループでもう『追放スキル』なんてふざけた能力を得ることもなくなりますし、故郷の思い出も記録ではなく記憶としてガッツリ根付きますから、郷愁の念も一層強くなります。
つまり、一番最初に道化人形として堕とされた時より、更に真摯に、真剣に新たなループに挑戦するようになって、神様の懸念も大きく解消される……それでボクの仕事は終わりだったはずなんですよ」
「へぇ、そいつがお前の本音ってわけか。だが、それを俺に聞かせてよかったのか?」
ビリビリと肌に感じる神の気配に、俺は「夜明けの剣」を構えながら言う。問答はまだもう少し続きそうだが、交渉はもう終わりだろう。
「いいんですよ。先輩がどうやってもここに留まらないと決めてしまった時点で、この計画は失敗ですからね」
「そうなのか? もっと強引な手段に出るかとも思ったんだが」
具体的には、母さんやタルホを操って俺の足止めをさせるとかだな。限定的とはいえ創造主であるルカなら、そのくらいはできそうだが……
「あー、何か酷いこと考えてますね? しませんよそんなこと。先輩が見捨てると決めた時点で人質にはならないですし、操って襲わせたりしても、先輩が怒って事態が悪くなるだけですからね。変な悪あがきをせず、速やかに損切ることこそ被害を拡大させない一番の特効薬です」
「ほぅ、賢いな。ならこのまま帰る……いや、それとも俺達が出て行くのを見送ってくれると?」
「そうですね。最低限の処理だけしたら、今回はもう帰ります」
「処理? 待て、何を――」
「では先輩、いずれまたお会いしましょう! ばいばーい!」
俺の呼びかけを無視し、ルカが笑顔で手を振る。それと同時に視界が眩い光に満たされ――
「……エド? アンタ、どうしたんだい?」
「……あれ?」
ベッドに座ったままの俺に、母さんがキョトンとした顔で話しかけてきた。




