教えてくれるというのなら、聞いておいても損はない
「ル、カ……?」
「そうですよー! 先輩の可愛い後輩の、ルカ君でーす! それともルカちゃんの方がいいですか? どっちでも対応しますよー?」
声のした方に顔を向ければ、俺の部屋の入り口に、いつもと変わらぬ様子のルカが立っている。全てのものに赤が重ねられた世界で、ルカと俺だけがその影響を受けていない。
「何で、お前が俺の家に? っていうか、これは一体……?」
「まーまー、そう難しく考えなくてもいいじゃないですか! それより先輩、ボク達を置いて何処かに行っちゃうんですか?」
「ああ、そうだ。俺は旅に……旅に出るんだ……」
「それ、やめません? せっかく帰ってきたんですから、ずっとここで一緒にやっていきましょうよ! ほら、先輩のお母さんだって、口ではどう言ってたとしても、先輩と一緒に居たいって思ってるはずですよ?」
「それ、は…………」
ルカの言葉が、俺の脳に直接入り込んでくる。確かにそうだ。息子の独り立ちを喜んだとしても、離ればなれになることを寂しいと感じないわけがない。だったら……ん?
「待て。帰ってきた? ルカ、お前何言ってやがる? 俺は……ずっとここに居たんだろう?」
俺の主観では、ここは一五〇年ぶりくらいの故郷だ。だがこの世界から俺が消えたことはない。仮にあったとしても精々数時間……それを「帰ってきた」なんて大げさに言うわけがないのだ。
俺は思わず、ルカの顔を睨むように見つめる。するとその端正な顔立ちが、失敗したとばかりに歪んだ。
「あちゃー。ボク何かやっちゃいましたか?」
「お前は……お前は誰だ?」
「だから、二年前から先輩と一緒に仕事をしている、可愛い後輩のルカですよ? 先輩だって、ボクと……それにジグさんやタルホさん、ブランさん達と一緒に仕事をしてたの、覚えてるでしょ?」
「ああ、覚えてる。覚えてるぜ……」
俺の中には、確かに五人で過ごした日々の記憶がある。ジグが女に振られてやけ酒に付き合った時も、財布を無くしたタルホがマジ土下座をしてきた時も、ブランの彼女と顔合わせをした時も、そこにはルカの姿があった。だが……
「なあルカ、俺とお前は、どうやって出会った?」
「え? それはボクが見た目と年齢のせいで変な絡まれ方をしてたのを、先輩が助けてくれたからですけど」
「そうだな。そうだって俺も知ってる。知ってるんだが……だからこそおかしいんだよ。俺はその場面を、これっぽっちも思い出せない」
そんな印象深い出会いをしているはずなのに、俺の中には「そうやってルカと出会いました」という記録しかない。その薄っぺらいト書きの思い出は、それこそ絵すらついていない、本当に間に合わせで書き足された設定のようだ。
「他の思い出にしたってそうだ。お前の存在だけが妙に浮いてるっていうか……間違いなくその場にいるのに、誰もお前と話してない。
だからもう一度だけ聞いてやる。ルカ……お前は誰だ?」
「…………ハァ。コレは本当にもう駄目っぽいですねぇ」
激しい頭痛を堪えながら腰の剣に手を回す俺に、ルカが盛大なため息をつく。
「うーん、既存の記憶にレイヤーを重ねる方はまだしも、やっぱり完全新規の記憶は疑われたらすぐにばれちゃいますか。かといって先輩がいつ心変わりするかわからない状況で、時間をかけてじっくり定着させるっていうのも難しかったですし……」
「ルカ!」
「はいはい、わかりましたって! ならちゃんと自己紹介しましょう。ボクはルカ。予想はついてると思いますけど、先輩の言う『神の欠片』ですね」
「……………………」
その名乗りに、驚きはない。俺の記憶に手を入れたり、世界の時間が止まっているかのような状況を、並の人間が作り出せるはずがないからだ。
とは言え、それで全て納得するわけにもいかない。いくら神の欠片でも、この状況はあまりにも……
「あ、今『いくら何でも今までと力の規模が違いすぎる』って思いました? 大丈夫です、その辺も纏めて説明しちゃいますので」
「……そうか」
「あれ、それでいいんですか? てっきりボクの言うことなんて信用できるかって怒鳴られるかと思ったんですけど」
「ハッ! 人の記憶に干渉できるような奴が、口頭で嘘をつくのか? そんなの疑うのも馬鹿らしいだろ」
直接頭に書き込めば、騙すまでもなくそれが真実になる。それをしていないということは、嘘をつく意味がないということだ。ならばそれを信じるかも含めて、どう受け止めるかは聞いた後で俺が判断すればいい。
「はー、相変わらず先輩は豪気な人ですねぇ。ボクとしては面倒な手順を踏まなくていいので助かりますけど。
じゃあまあ、最初から。そもそもボク達『神の欠片』は、先輩をどうにかしたい神様によるテコ入れ要因です。先輩ってね、自分が思ってるよりもずっと神様に恐れられているんですよ?」
「そう、なのか? 正直、俺は向こうから何かされない限り、神をどうこうしたいなんて思ったことはなかったはずなんだが……」
「それでもです! というか、それも不幸な行き違いの一つですね。もしも先輩がもっと大きくて凄い存在だったら、神様の対応も違ったと思うんですが」
「どういうことだ?」
首を傾げる俺に、ルカがクルンとその場で回転し、着ている服を変える。ぴっちりと体にくっつく感じのそれは、確かキャナルの世界の奴らがよく着ていた、スーツとかいう服だろうか? しかも顔には赤いフレームの眼鏡までかけてやがる。一体何処から……考えるだけ無駄だな。
「例えばですね。人間って、人間を殺せるじゃないですか。でも、じゃあ人間が隣にいるからって常に『殺されるかも』って怯えてるわけじゃないですよね? それは人間同士で意思疎通が図れて、相手の意図が読み取れるからです。
でも、人間の側に毒虫がいたらどうでしょう? 一刺しで自分を殺すような羽虫に、『頼むから刺さないでくれ』ってお願いします? しないですよね? ボクなら叩いて殺します。誰だってそうするでしょう……それは神様も同じわけです」
「……つまり、俺はその猛毒の羽虫ってことか?」
「そうです! 交渉して利害関係を結べるとか、躾で信頼関係を結べるとか、先輩がそういう高さの存在ではないから、排除するしか方法がなかったわけなんです。
ああ、これ別に先輩を馬鹿にしてるわけじゃないですよ? ただひたすらに神様という存在が圧倒的なだけです。文字通り星の数ほどの世界を創造し、管理や観察しているお方ですからね」
「そうか。そりゃあ……仕方ねーな」
ヌオーの時も思ったが、神というのは俺の想像を遙かに超えて上の存在のようだ。確かに俺だって、寝入りばなに耳元で騒ぐ羽虫に「眠いから明日にしてくれ」とは頼まない。自分がそうなのだから、自分よりずっと上の存在が自分をそう扱うことに文句を言うのも違うだろうしな。
が、そんな風に納得している俺に、ルカは本気で感心したような目を向けてくる。
「おお、やっぱり先輩はわかってくれるんですね。これ普通の人間に言うと『俺達は虫じゃない!』とか怒ったりするんですよ。虫の上位に人がいるように、人の上位に神様がいるっていう、それだけの話なんですけど」
「ははは、自分が一番上じゃねーと我慢できねーって奴はいるからな。特にそういう話を聞かされるのは、大抵お偉いさんだろうし」
「ええ、そうです! こっちは人間という『枠』そのものの位置の話をしてるのに、枠の中での地位の上下なんてどうでもいいんですよ! 裏路地の物乞いだろうが大国の王様だろうが、同じ人間には違いないんですから!」
「わかった。わかったから落ち着けって」
興奮するルカに、俺はそう声をかける。気づけば頭痛も治まってきており、どうやら俺の体も……いや、これが生身の体なのかもよくわからねーけど、とにかく色々と順応してきているようだ。
「ああ、すみません先輩。つい愚痴が……色々と溜まっていたもので」
「そうか……何か、お前達も大変なんだな」
「恐縮です」
俺の言葉に半笑いで頭を下げたルカが、そのまま説明を続けていった。




