そんな風に言われれば、きっとそうだと思われる
「こら、いつまで寝てんだい! さっさと起きな!」
「んがっ!?」
明けて翌日。気持ちよく眠っていた俺の頭に突如として衝撃が走り、意識が強制的に泥沼から引きずり出される。半ば反射的に抗議の目を向けてみれば、そこには呆れた表情を浮かべる母さんの姿があった。
「母さん? 何だよ、こんなに早く……」
「なにが『こんなに早く』だい! ティアちゃんはもうとっくに起きて、食事の準備を手伝ってくれてるんだよ! さっさと顔を洗ったら、せめて皿くらい並べな!」
「アッハイ。ごめんなさい」
勝ち目のない勝負どころか、既に負けが決まっているらしい。部屋を出て行く母さんの背を見送ると、俺は慌てて身支度を整えてから居間へと向かう。その後は楽しげに話す母さんとティアを尻目に素早く皿を並べていき、程なくして朝食の準備が整った。
「それじゃ、食べようかね」
「わーい!」
「おお、こいつは朝から豪勢だな」
深い皿によそわれたシチューが、何とも言えずいい香りを漂わせている。スプーンですくって一口食べれば、優しいミルクの甘みとホクホクとしたジャガイモの食感がたまらない。
それを堪能しつつ焼きたてのパンに手を伸ばし、薄くそぎ切りにされたベーコンを乗せて齧り付く。するとパリッとしたバケットにじゅわりと脂が染みこむも、思ったより弾力のあったベーコンが上手く噛みきれず、一口で全部口の中に消えてしまった。ならばと残った半分のパンをシチューに浸せば……ヤバい、これは無限に食えるやつだ。
「はー……何だろう。もう俺、一生これでいい気がする」
「何言ってんだい、大げさな子だねぇ」
「フフッ。でも本当に美味しいです。あとやっぱり、エドの料理はおばさまの味なんだなって思いました」
「ん? エド、アンタ料理なんてするのかい?」
「ああ、まあな。外に出てるときに保存食ばっかりってのは味気ねーし、割と作ってるぜ?」
「へぇ? なら今度は、アタシの代わりに料理もやってもらおうかねぇ」
「おう、いいぜ! ほっぺたがダルンダルンに垂れ下がるくらい美味いもんを食わせてやるよ」
「ははは、期待しとくよ」
昨日のことなどなかったかのように、俺達の会話は弾み楽しい時間が過ぎていく。だが全員がおおよそ食事を終えたところで、徐に母さんが話を切り出してきた。
「ところでエド、これなんだけどね」
そう言って母さんがテーブルに乗せたのは、小さな布袋。その口を開けば、中には金貨が詰まっている。
「あっ、それ……」
「こんな大金を放り出したままにする馬鹿が何処にいるんだい! 母さん怖くて夜も眠れなかったよ」
「おぉぅ……うん。ごめん」
そう言えば、あの時テーブルに乗せた金貨はそのままだった。確かに金貨三〇枚は、「殺してでも奪い取る」が余裕で成り立つ金額だ。当時の俺がそんなものを懐に入れていたら、これでもかというくらい挙動不審になっていたことだろう。
「わかればいいさ。で、このお金だけど……アンタに返すよ」
「いや、母さん。これは――」
突き出された布袋を押し返そうとするも、母さんは真剣な顔で首を横に振る。
「いいんだよ。アンタはまだ若くて、これからも雑傭兵の仕事を続けるつもりなんだろう? なら万が一の備えはあった方がいい。もし無理矢理に押しつけてきても、母さんはこれをずーっと使わずにとっておくからね?」
「ハァ……わかったよ」
それでも渡しておくという手もあるし、更に大量の金貨を見せつけて「その程度はした金だから気にしないでくれ」と言うこともできる。が、相手の気持ちを考えずに善意を押しつけるなんて、ただの歪んだ自己満足に過ぎない。
ならばこそ、俺は金を受け取る。受け取ったうえで……ニヤリと笑う。
「でも、代わりに家の修繕は全力でやるからな! そりゃーもう新築同然にしてやるぜ!」
「何だいそりゃ? まあアンタがそうしたいなら、好きにすりゃいいよ」
「フフフ、言質は取ったからな?」
呆れた顔をする母さんに、俺は改めて念を押す。
確かに俺の「見様見真似の熟練工」では、家は直せない。が、ドルトン師匠に鍛えられた鍛冶の腕は、決して無意味になるわけじゃない。あくまでも素人仕事には違いないが、ならば俺は全力で、究極の素人仕事を目指してやるのだ!
ということで、その日以降、俺はひたすらに家の修繕を繰り返すようになった。受け取った金貨できちんと木こりから木材を買い込み、屋根の張り替えや柱の差し替えなどなど、思いつく限りを新品に代えていく。一から家を作るのは無理でも、今あるものを同じように再配置するなら十分可能なのだ。きちんと金を払えば、本職の人に助言をもらうこともできたしな。
ああ、勿論だからといって、家の修繕だけをしていたわけじゃない。仕事もせずにかかりきりになってしまえば逆に心配されてしまうので、実際には町に戻っていくつか依頼をこなし、その後は家に戻って二、三日修繕をするというのを繰り返す感じだ。
そしてそんな日々を過ごすこと、二ヶ月ほど。俺とティアはその日も一つ仕事を終わらせ、ロスタルの町の集会所にやってきていた。
「親父さん、確認お願いします」
「あいよ。アンガーウルフの牙が六本……っと。よし、いいぞ。ほら、これが報酬だ」
「ありがとうございます」
既定の討伐部位を納品し、親父さんから報酬を受け取る。すると背後からうんざりするほど聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、エド! ティアちゃん!」
「あら、こんにちはタルホさん」
「何だよタルホ。何か用か?」
「用かじゃねーよ! 仕事が終わって懐が暖まったんだろ? なら大親友である俺に酒を奢る権利をくれてやるぜ! 勿論ティアちゃんにも、俺の隣でお酌をする権利を進呈しよう!」
「んなもん蹴っ飛ばして下水に捨ててやるよボケ」
「あはは……」
馬鹿に磨きのかかったタルホの戯言を一蹴しつつも、俺達は皆のいるテーブルに近づいていく。四人掛けの丸いテーブルは、今日も満席だ。
「でも、最近のエドは本当に調子がいいよね。それもティアさんのおかげなのかな?」
「クソッ、俺にも美人のエルフが仲間になってくれれば……」
「ありがとよブラン。そうだな、確かに今の俺があるのは、ティアのおかげだよ」
「ジグさんは……えっと、もうちょっと言動を気をつければ、仲間になってくれる人はいると思いますけど……」
ブランの賞賛と疑問を笑顔で返し、しょっぱい顔で叫ぶジグに、ティアが苦笑して答える。
「そうですよ。ジグさんは先輩を見習って、もっと落ち着いてください。そうすれば女の子の方から寄ってきますって!」
そしてそんな会話に、ルカが割って入ってくる。二つ下で燃えるような赤髪とちょっときつい吊り目をした、中性的な見栄えの美男子……多分……で、俺の事を先輩と慕ってくれるルカが、クリンと振り返って改めて俺の方を見てくる。
「ですよね先輩?」
「そう、だな。ジグさんは腕もいいし見た目だって悪くないんですから、普通にしてりゃ普通にモテると思うんですけど……」
「そんなこと知らねーよ! 普通なんて糞食らえだ! 俺はとにかく普通以上にモテモテになりてーんだよ!」
「ハァ、本当にジグさんって残念ですよね……これじゃ先輩とどっちが年上かわからないですよ」
「うるせー、ルカ! お前だって男か女かわかんねーじゃねーか!」
「え、まだわからないんですか? なら……確かめてみます?」
絶妙にしなを作ったルカが、ジグに流し目を送る。するとジグはプルリと体を震わせ、その顔をしかめた。
「ぐっ……いやでも、触ってアレがついてたら、俺の中の何かが変わっちまいそうでな……」
「いいじゃないですか。新しい扉、開いちゃうかも知れませんよ?」
「だーっ! やめろ! 俺はそっちに進む気はねーんだよ!」
「ざーんねん。ジグさんとなら楽しい関係になれると思うんだけどなぁ」
「ぐっ、うぅぅ…………だ、駄目だ。俺は絶対に負けねぇ……」
「いや、何にだよ」
唸るジグに、俺は思わず突っ込みを入れる。まあでも、これこそ俺達四人の日常……ん?
「……あれ?」
「どうしたのエド?」
「いや、俺達って、四人……だったような?」
ふと感じた違和感に、俺は思わず首を傾げる。すると事もあろうにタルホの奴が、思い切り怪訝そうな目を向けてくる。
「そうだぜ? 俺達四人とエドじゃねーか。それがどうかしたのか?」
「タルホ、今はティアさんもいるよ?」
「つか、二年も前から同じだってーのに、今更何言ってんだ?」
「ですね。そんなお茶目な先輩も素敵ですけど」
「あー、うん。悪い」
そんな仲間四人の言葉に、俺はポリポリと頭を掻いて謝罪する。だが胸の奥に浮かんだ違和感は、まるで魚の小骨でも飲み込んだように心の片隅に残るのだった。




