閑章:木箱一つ分の想い
今回は三人称です。ご注意下さい。
「はー、楽しかった……あれ?」
エドと深夜までの雑談を楽しんだルナリーティアだったが、自分の部屋に戻ろうというところで、ふと廊下の向こうから明かりが漏れていることに気づいた。そっとそちらに近づいてみると、そこではエドの母イルナが、一人静かにお茶を飲んでいる。
「おばさま?」
「ん? ああ、ティアちゃんかい。どうしたんだい、こんなに遅く?」
「エドとのお話が盛り上がっちゃいまして……おばさまはどうしたんですか?」
「アタシかい? アタシは……そうだね、ちょいと落ち込んでたってところかね」
疲れたような顔とその言い回しが、息子によく似ている。ルナリーティアの頭には一瞬そんな思いがよぎったが、それよりも言わなければならないことがある。
「落ち込む? あの、余計なことかも知れないですけど、エドは……」
「はは、わかってるよ。これでもアタシは母親だからね。あの子がちゃんとアタシの事を考えてあのお金を出したってことくらいは、よーくわかってるさ。そうじゃなくて……っと、余計な話だね」
「そんな! あの、おばさまがよかったら、お話を聞かせてもらっても構いませんか?」
「いいけど……こんな年寄りの話を聞いたって、面白いことなんて何もないよ?」
「そんなことないですよ! それに歳のことを言うなら、間違いなく私の方が年上でしょうし」
「ああ、そう言えばティアちゃんはエルフだもんねぇ……ま、聞きたいって言うなら、とめることもないさ。さ、どうぞ」
言って、イルナが自分の正面の席を勧める。ルナリーティアがストンとそこに腰を落とすと、イルナが徐にその口を開いた。
「あの子の父親……アランって言うんだけどね。アランも元は、あの子と同じ雑傭兵だったんだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「おや、エドから聞いてないのかい?」
「あー……エドはあんまりそういう話をしてくれなかったので」
「そうなのかい? それはちょっと意外だね」
ルナリーティアの言葉に、イルナが少し不思議そうに首を傾げる。実際にはエドは話をしなかったのではなく、話せるほどの思い出がエドの中に存在しなかったわけなのだが、それをイルナが知ることはない。
「この村に仕事にきたアランが、アタシを見て一目惚れしたみたいでね。そりゃあもう熱烈に口説かれたんだよ。でまあ、色々あって結婚することになって、そうなると根無し草ってわけにはいかないから、この家を中古で買って、エドが生まれて……毎日目が回るくらい忙しかったけど、その忙しさが何より幸せな日々だったよ」
「そうなんですか……それは確かに、幸せそうですね」
優しい微笑みを浮かべるイルナに、ルナリーティアが笑顔で相づちを打つ。だが幸せな話は、そこまでしか続かない。
「でも、一〇年前……あの子が一〇歳の時に、アランは仕事に出たっきり帰ってこなくなっちまったんだ。突然の行方不明……生きているのか死んでいるのか、未だにそれすらわからない形でね。まあ世間的には死んだことになってるけど」
「えっ!? その、探したりとかは……?」
ルナリーティアの言葉に、イルナは苦笑しながら首を横に振る。
「勿論、そうしたかったさ。でもいなくなったのは割と遠いところらしくて、探してもらうには結構な金がいるって言われたのさ。全財産をかき集めりゃ何とかなったんだろうけど……いなくなった父親を探すのに、子供を路頭に迷わせるのは違うだろう?」
「それは…………」
「ま、仕事中の失踪ってことで、幸いにしてギルドからは見舞金が出たし、アランもまあまあお金を貯めててくれたみたいでね。アタシも内職なんかをして、女手一つでエドを育ててきたわけだけど……
エドが一五歳になった時さ。今まで何も言わなかったのに、あの子ったら突然『俺も雑傭兵になる!』って言い出したんだよ。正直アタシとしてはもっと安全で安定した仕事をして欲しかったけど、あの子の決意は固くてねぇ。たとえいなくなったとしても、親子ってのは似るもんなんだと、最後には諦めて認めたのさ」
「あはは……そっか、エドはそうやって今の仕事を始めたんですね」
「そうだよ。と言っても、最初のうちは大分苦労してたみたいだよ。アランもそうだったけど、エドも特に才能があるとかじゃなかったみたいだからね。怪我をして帰ってくることもあったし、仕事が上手くいかなくてしょげてる時もあった。だからアタシは……」
そこで一旦言葉を切ると、イルナがそっと席を立ち、近くの棚から小さな木箱を持ってきてテーブルの上に置いた。錆の浮いた粗末な鍵を開けると、箱の中には沢山の銅貨とほんの少しの銀貨が詰まっている。
「おばさま、それは?」
「雑傭兵の仕事ってのは、危ないだろう? 長期間仕事を休んだり、何なら仕事を続けられなくなるような大怪我を負うことだってあるはずだ。だからもしそんなことがあったら、少しでもあの子の助けになれるようにって、日々の内職で稼いだお金のなかから、少しずつ貯めてたんだよ。
でも、あんなに金貨を稼げるようになってたって言うなら、こんなもの何の足しにもならないじゃないか。あの子の成長が嬉しかった反面、もうアタシにできることはないんだって思ったら、何だか無性に悲しくなっちゃってね……それで少し落ち込んでたのさ」
「そんな! そんなこと絶対ないです!」
肩を落としながら言うイルナの手を取り、ルナリーティアがまっすぐにその目を見つめながら言う。
「そりゃ確かに、今のエドは凄く強いし、お金だって稼げると思いますけど……でもおばさまにできないことがないなんて、そんなことありません! だって、こうして心配してくれる人がいるってだけで、それがどれだけ心強いか……っ!」
木箱の中身は、どう見ても金貨一枚分にすら満たないだろう。そして現実に人を助けるには、お金が必要だということも間違ってはいない。
だが、そこに込められた心が無駄だなどと、ルナリーティアは思わない。
「お金がなければできないことは、確かに沢山あります。でもお金なんかじゃどうにもならないことも、沢山あるんです! 私達はお金を稼げるからこそ、エドを思うおばさまの気持ちは、それよりずっと価値があるんです!
だから、そんなこと言わないでください! エドがエドでいられるのは、きっとそんなおばさまの想いがあるからなんです!」
「ティアちゃん……ありがとう」
そんなルナリーティアの手を、イルナがそっと握り返してくる。その温もりを感じながら、ルナリーティアはその胸に強く思う。
(ああ、この人は本当に……エドのお母さんなんだ)
エドの言葉を信じるならば、この人からエドが生まれたことなどあり得ない。それどころか今語って聞かせられた話全てが、誰かの書いた「設定」をなぞっただけのものなのだろう。
だが、たとえ全てが虚構でも、この世界が数日前に生まれたばかりの場所だったとしても……それでも今この瞬間、目の前の女性がエドの「母」であることを、ルナリーティアはこれっぽっちも疑う気になれなかった。
「ふぅ。さ、話はこのくらいにしておこうか。ごめんねティアちゃん、夜も遅いのにこんなに引き留めちゃって」
「いえ、そんな。私もおばさまとお話できて楽しかったです」
話の終わりを切り出すイルナに、ティアが手を離して席を立つ。するとイルナも一緒に席を立ち……改めてティアの正面に立った。
「ねえ、ティアちゃん」
「何ですか?」
「どうかエドを……あの子をよろしくお願いします」
万感の想いを込めて、深々とイルナが頭を下げる。そんなイルナの肩に手を添えて起こすと、ルナリーティアが満面の笑みを浮かべて答える。
「任せて下さい。これからも助けたり助けられたりしながら、最高の仲間としてずっとやっていきます!」
「あはは、やっぱり仲間なんだねぇ。まったく、孫の顔が見られるのはいつになるんだか」
「あはは……じゃ、おやすみなさい、おばさま」
「ええ、おやすみ」
冗談めかして言うイルナに苦笑いを浮かべつつ、ティアは就寝の挨拶をして背を向ける。その背後から小さく感謝の声が聞こえた気がするが、もう振り返ることもない。
そうして皆が寝静まりった家のなかには、いつまでもほのかな温もりが残り続けていた。




