名剣を打てるからといって、家が直せるわけじゃない
「ちょっ、アンタ、いきなり何やってんだい! あーもう、汚いねぇ」
「ゲホッ、ゲホッ……何やってんだじゃねーよ! むしろそっちが何言ってんだよ!?」
母から飛び出た爆弾発言に、俺は思い切りむせながらも言い返す。だが母さんは意味が分からないという感じで俺の方を見てくる。
「何って、息子がこんな可愛い女の子を連れて家に帰ってきたら、普通はそうだって思うだろう? 違うかい?」
「いや、それは……」
常識の話で言うなら、母さんの判断は正しい。というか、それは俺だって懸念していたことだしな。だが……
「……おいティア。お前からも何か言ってくれよ」
「そうね……結婚式って、この村でやればいいの? それとも町に出て教会を借りればいいのかしら?」
「ふぁっ!?」
多分今、俺は人生で一番間抜けな声を出したと思う。楽しげに笑うティアの言葉が、何一つ理解できない。
「昔から娘は欲しかったけど、まさかこんなに可愛い子がエドのお嫁さんになってくれるなんてねぇ」
「あら、可愛いなんて照れちゃいます。ねえエド、私可愛いみたいよ?」
「おぅ……おぅ?」
「フフフ、その調子なら孫の顔もすぐに見られそうだねぇ」
「それは……どうでしょう? ねー、エド?」
「おぉぉぉぉ…………?」
俺の腕を取ったティアが、目をキラキラさせて見つめてくる。まったく思考が追いつかず、おぅおぅ言うだけの置物と化すこと数秒。不意にティアと母さんが、プッと吹き出して破顔した。
「ふっ、ククク……ごめんなさいエド、冗談よ、じょーだん!」
「あぇ? じょ、冗談?」
「そうそう。さっき調理場でおばさまをお手伝いした時に、エドをびっくりさせようって話になったの。だから……」
「アッハッハ! アタシとしては本当にそうだったら嬉しかったけど……まあアンタがティアちゃんみたいな美人を捕まえられるわけがないからねぇ」
「おま、お前らマジで……っ!」
「怒っちゃやーよ? ほら、笑って笑って」
「ははははは……」
頬をプニプニと突っついてくるティアに、俺は自制心を総動員して乾いた笑い声をあげる。二人きりなら泣いて謝るまで脇腹をくすぐってやるところなんだが、流石に母さんの前でそれをするわけにもいかない。
つまり、耐えるしかない。うぉぉ、この行き場のない感情を何処に持っていきゃいいんだ!? 壁か? 壁でも殴っときゃいいのか!?
「まったく、女の子の可愛い悪戯に腹を立ててるようじゃ、アンタもまだまだだねぇ」
「は? どっちも女の子なんて歳じゃ……」
「「何か言った?」」
「……いえ、何も」
声を揃えてジロリと睨まれれば、俺にはそれ以上何も口にできなかった。世の理不尽に俺の中の勇者の力が目覚めそうな気がしたが、浮かんだのは血の涙を流して「そのまま爆発しちまえ!」と叫ぶタルホの馬鹿面だったので、覚醒イベントはおあずけのようだ。
「はー、まあ息子をからかうのはこのくらいにして……それでエド、アンタ本当に何しに帰ってきたんだい? いつもは一月二月空けるのに、今回はまだ二週間だよ?」
「へ!? あ、いや、それは…………」
笑いきって満足したのか、目元の涙を拭いながら言う母さんの問いに、俺は答えに窮してしまう。ここに来たのはティアにそう言われたからで、明確な理由などないのだ。
どうする? いや別に「顔を見に来ただけ」って言えばいいだけのことなんだが、それがどうにも言いづらいというか。何だろう……何だこれ? コレは一体どういう感情なんだ?
「……ハァ、まあ別にいいけどね。ここはアンタの家なんだ、別に理由なんかなくても、好きに帰ってきていいんだよ」
「そ、そっか。そうだよな……うん」
「でも、帰ってきたからには働いてもらうよ! アンタ達、今日は泊まっていくんだろう?」
「えっと……」
俺がチラリと視線を横に向ければ、素晴らしくいい笑顔を浮かべたティアの姿がある。
「勿論! いいわよねエド?」
「ああ、うん。ティアがいいならいいけど」
「なら部屋の準備をしないとね。食材も買い足さないと……」
「あ! それじゃあ私、お買い物行きます!」
「そうかい? なら村の人達への顔つなぎにもなるだろうし、お願いしようかねぇ。じゃあエド、アンタは屋根の修繕を頼めるかい?」
「屋根? いいぜ」
「それじゃ、二人とも頼むよ!」
「おう!」
「任せてください!」
母さんの頼みを、俺とティアは二つ返事で請け負う。そうしてティアが家を出て行くのを見送りつつ、俺は俺で部屋の隅に置かれていた道具を手に取り、屋根の上へと登っていった。
「ここか? あー、こりゃ割と傷んでるな」
建築の知識がなかろうと、家の修繕くらいなら何の問題もない。そう思って軽く腐りかけていた板を外してみれば、そこは思ったよりも老朽化が進んでいる。
「応急処置はできるけど……どうすっかなこれ?」
材料となる板は、僅かに三枚。とりあえず雨漏りがしなくなる程度の修繕なら足りるが、三年五年先を見据えるならば屋根の下を通っている梁にも少し手を入れたい。
だが、そうすると材料が足りない……というか、穴を塞ぐ板と屋根を支える梁じゃ、そもそも材料の種類が違うので流用もできない。
「うーん、金属ならともかく、木材じゃ『見様見真似の熟練工』で加工はできねーし、使う素材も『彷徨い人の宝物庫』の中身を適当に使うのはなぁ……」
鍛冶師と大工は、近いようで全く違う。単純に木を切るだけならどうにでもなるが、適当な知識で家を……ましてや自分の母親が住んでいる家を本格的に改修するのは安全性を考えればあり得ない。
それに何より、「彷徨い人の宝物庫」の中には梁に使えるような大きな木材は入っていない。近くの森に行って適当に切ってくることはできるが、それらは村の木こりが管理する財産でもあるので、勝手に切るのもなしだろう。
無論、更に奥……人の手が入っていないような場所まで踏み込んで木材を調達することも俺ならば可能だが、そこまでするくらいなら……
「そうだな。飯の時にでも話してみるか」
一つの答えを頭に浮かべ、俺はとりあえず手持ちの板でできる範囲の修繕を済ませた。そうして戻れば家では買い出しを終えたティアが母さんと一緒に料理をしていて、できあがったものを三人で食べながら、俺はその話を切り出す。
「……そうだ、母さん。屋根の修繕なんだけどさ。思ったよりも状態が悪くて、応急処置しかできなかったんだよ」
「あら、そうなのかい? 参ったねぇ。まあそれなりに古い家だから仕方ないけど」
この家は父さんと母さんが結婚する際に中古で購入したものなので、建てられてから五〇年くらいは経っているらしい。で、当然その間には何度も壊れたり駄目になったりした部分がでており、それはその都度修繕を施されることで家としての体裁を保っている。
が、結局は素人がその場しのぎの修繕をやっているだけなので、家としての寿命は割と限界が近い。無論数年で倒壊するとかってわけじゃないが、この先一〇年二〇年を安心かつ快適に暮らせるかと言えば、答えは当然否だ。
「だろ? で、俺思ったんだけど、その場しのぎの修繕ばっかりじゃなくて、そろそろ一度本職を呼んで、全体をしっかり直してもらうか……いっそ家の建て替えとかしたらどうかなって思うんだけど」
そんな家を、これからもちょこちょこ直しながら暮らしていくのは安全面でも費用面でも賢い選択とは言えない。ならばこその俺の提案に、しかし母さんは何とも言えない表情を浮かべる。
「建て替えって……アンタ、それに幾らかかるかわかってるのかい? そんなお金が何処に――」
「わかってるって。だから、ほら」
言って、俺は腰の鞄から金色に輝く硬貨を取り出す。チャリンチャリンと積み上げた黄金の山は、その数なんと三〇枚。
「このくらいありゃいけるだ――っ!?」
ドヤ顔でそう告げる俺の頭を、椅子を跳ね飛ばして立ち上がった母さんが突如として殴り飛ばしてきた。




