別に嫌ではないけれど、今までと違うのは落ち着かない
「むぅ……」
結局、当時の俺が何処に宿を取っていたかは最後まで思い出せなかった。なのでいつも通りに適当な宿を取ったのだが……これがどうにも落ち着かない。
「ねえエド、何でそんなにソワソワしてるの?」
「何でって言われると、自分でもわかんねーんだけどさぁ……でも何かこう、落ち着かねーんだよ」
何とはなしに部屋の中を歩き回る俺に、ベッドに座ったティアが不思議そうに見てくる。なお、これは明日以降の活動を話し合うためであり、ちゃんと部屋は二つ取ってある。
「どう言えばいいんだろうな……場違いっていうか、自分がここにいてもいいのかっていう、そんな感じ?」
「場違いって、普通にお金を払って借りた部屋よ? しかもこっちはエドの部屋だし」
「いやだって、ここって一人一泊銀貨一枚かかっただろ? 当時の俺が泊まるにはちょいと高すぎるんだよ」
今日の仕事の報酬は銀貨二枚。だが毎日ちょうどいい仕事があるわけでもないし、食事や武具の手入れ、消耗品の補充や万一の備えなんかを考えれば、銀貨一枚の宿は些か以上に割高だ。たまの贅沢としてなら泊まれないこともないが、どうせ金を使うなら寝るだけの宿より美味い飯を食いたいしな。
「うーん、言いたいことはわかるけど、でもそれはそれで変じゃない?」
「変? 何でだ?」
「だって、当時のエドがそうだったとしても、少なくとも私と一緒に旅をしている間は、ずっとこのくらいの宿に泊まってたじゃない。ならむしろこっちの方が『今の』エドにとっては普通じゃないの?」
「あっ……」
言われてみれば、そうだ。そもそも一周目の時ですら、勇者パーティにくっついて活動しているなら、安い木賃宿に泊まるなんてことは滅多になかった。つまり今俺が感じているのは「この世界にいたという設定の俺」の気持ちであり、実際に旅をしてきた俺の感覚とは大きく乖離しているのだ。
そしてそう認識した瞬間、俺の中にあった落ち着かない気持ちがあっという間に霧散した。今やここはごく普通の宿の一室であり、心をざわつかせる要素は何もない。
「ふーっ……何か落ち着いた」
「そう? ならいいけど……じゃあ、改めて今後の打ち合わせをしましょ」
「そうだな。じゃあ明日からの活動方針だが、まず一番問題になりそうなのが……」
「勇者と魔王よね」
ティアの言葉に、俺はコクリと頷く。ここが他の異世界と同じ法則で動いているなら、俺はこの世界の勇者パーティに入らなければならないわけだが、そもそもそこから問題がある。
「勇者も魔王も、話すら聞いたことねーんだよなぁ……そもそもこの世界に、今までの世界みたいな『魔王』は絶対にいねーはずだし」
一〇〇の異世界に蔓延る魔王は、神に一〇〇分割された俺の力の欠片。つまり数がピッタリなので、その例外たるこの世界に俺の力の欠片……既存の世界で言うところの「魔王」は、どうやっても存在し得ない。
「で、そうなると普通に考えると勇者もいないわけなんだが……まあ調べた方が早いよな」
考えたところで答えは出ないが、答えそのものを出す手段を俺は持っている。伸ばした右手の上に「失せ物狂いの羅針盤」を出現させ、この世界の勇者の場所を問えば、白い霧の中から現れたのは……毎日目にしているのにじっくりと見る機会は意外とない、黒目黒髪のしょぼくれた顔。
「……え、俺? マジで?」
手を伸ばしたままクルクルとその場で回ってみたが、現れた羅針はずっと俺の方を指し示し続けている。これは流石に疑う余地はないが……えぇ?
「フフッ、勇者エドの誕生ね! 凄いじゃない!」
「凄い……のか? まるっきり何の実感もねーんだが……てか、何で俺が勇者なんだ?」
「さあ? でもこの世界の人から一人選べって言われたら、私でもエドを勇者にすると思うけど」
「むぅ。まあいいけど」
ごく短時間とはいえ、魔王でありながら勇者になった黒騎士という前例もあるし、俺が勇者であることには、一応ながら納得しておく。しかしそうなると……
「なら魔王は誰なんだ?」
次いで俺は「失せ物狂いの羅針盤」に、この世界の魔王の居場所を問いかける。すると再び白い霧が湧き上がり、そこに映し出されたのは……自分の顔よりよく見ている、ほにゃっとしたエルフのお嬢さんだ。
「へっ!? ティア!?」
「えっ、私!?」
「いやいや待て待て。何で俺が勇者でティアが魔王なんだ? 俺達二人からその役目を選ぶなら、どう考えたって逆だろ!?」
ティアは勇者アレクシスと共に魔王と戦った英雄の一人だし、俺に至ってはそのまま魔王だ。なのに何故俺が勇者でティアが魔王になるのか、その理由がサッパリわからない。
「くっそ、壊れてんのか!? そんなこと今まで一度も――」
「ふははははー! 魔王ルナリーティア、見参!」
「見参って……ティア、ふざけてる場合じゃねーんだぞ!?」
「何で? 私が魔王でエドが勇者だと、何か困ったことがあるの?」
「それは……………………何もねーな?」
問われてみれば、確かに困ったことは何もない。世界を出る条件が「魔王を倒すこと」とかだったら大問題だが、勇者パーティとして過ごすだけなら……うん?
「いや待て。俺が勇者の場合って、追放の条件はどうなるんだ?」
「さあ? 仲間も何も本人なんだから、普通にここで半年過ごせばいいだけじゃない? で、帰りたいと思ったら帰れるとか?」
「んなアホな……とも言えねーのか」
少なくとも、ティアを仲間判定にすることはできるし、ティアを追放したうえで手を繋いでいれば俺も帰れると思われる。あるいは仲間判定を俺の信条が決めているなら、ティアを深く信頼している以上今すぐにでも帰れるかも知れねーが……
「……………………」
「? どうしたのエド?」
「いや、今すぐ帰れるかどうかを、試すかどうか考えてるんだ。上手くいけばこのままこの世界を出られるだろうけど……」
「えっ!? それは駄目よ!」
俺の漏らした考えに、思いのほかティアが強く反対してくる。
「だって、まだこの世界に来たばっかりじゃない! せっかくエドの生まれた世界に来たんだから、もっと色々見て回りたいわ! エドのお友達とももっとお話したいし、それに……」
「それに?」
「エドのお家だって行ってみたいわ。この近くにあるんでしょ?」
「家!? まあ、あるけども……」
「なら、次の目的地はそこね! エドのご両親に挨拶しなくっちゃ!」
「えぇ……?」
もの凄くやる気で目を輝かせるティアに、俺は何ともしょぼくれた表情になる。するとそれを見たティアが、俺の方に顔を寄せてジッと目を見つめてくる。
「何よ、私のこと紹介するのが嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃねーけど……」
「なら、何が問題なの?」
「何がって。あー…………」
俺の頭の中に、母さんの記録が浮かんで消え……そして次に一般的な常識が浮かんでくる。若い男が同い年くらいに見える女性を自宅に招き、両親に紹介する理由なんて一つしかないわけで……
「フフッ。楽しみ! エドのお家ってどんなところかしら? お洒落とかした方がいい?」
「やめて下さい。普段着で! 普段と同じ冒険装束でよろしくお願いします」
「何でそんな丁寧口調なの? 普段着……あっ、冒険中だと使えない、凄くいい香りの香水があったはず! アレ使ってみようかしら?」
「勘弁して下さいルナリーティアさん! マジで! マジで普通でお願いします!」
悪そうな顔で楽しげに笑う魔王ティアに対し、勇者エドはどんな対抗策を思いつくのか? 何も出来ずに苦渋を舐めさせられる未来しか見えないぞ! 頑張れ勇者エド! 負けるな勇者エド!
「クックック、魔王ルナリーティアさんが、エドのお家を襲撃しちゃうわ! 頑張ってエスコートしてね、勇者様?」
「ぐぅぅ…………」
なお、俺の頭には自宅の床で力なく崩れ落ちる未来しか浮かばないのは、ここだけの話である。




