申し訳ないという気持ちはあるが、流石にそこまでは背負えない
「おーい、エド! それはこっちに持ってきてくれ!」
「はーい!」
突然村の中に夜人形が出現するという騒動から一ヶ月。俺は壊れた村長の家を修理するのを手伝っていた。まあ手伝いといっても、職人ではない俺ができるのは木材を運んだり瓦礫を片付けたりという、いわば雑用だけなのだが。
「ありがとうございますエドさん。申し訳ありません、外部の方にこんなにも手伝っていただくなんて……」
「いえいえ、気にしないでください。俺がやりたくてやってることですから」
そんな俺に、村長のロハスが丁寧に御礼を伝えてくる。ちなみに最初は報酬を払うと言ってくれたのだが、俺はそれをキッパリと断った。これはあくまで善意であり、完全無欠の奉仕活動――
「にしても、本当に何故この場所に『魔王の力の残滓』などというものが満ちていたんでしょうねぇ。勇者様の調査でもわからなかったようですし……」
「ハッハッハ! 本当に何ででしょうねー?」
完全に善意であり、完全無欠の奉仕活動である。ただまあ、ほんの少しだけ思うところが無きにしも非ずなので、復興支援として金貨を寄付してある。これも最初は遠慮されたが、無事に珍しい薬草が見つかり、予想以上の収入になったからということでごり押したのだが……うむ、善意だからな、仕方ないのだ。
なお、レイホルト達は事件後一週間ほど村に滞在して「謎の力の正体」を調査していたが、その際に俺は一切顔を合わせていない。なので彼らが持っていた夜人形の欠片が何故か再生したという話はティア経由で聞いたのだが……うちのエルフさんからはもの凄いジト目で説明されたのは記憶に新しい。
いや、だって、なぁ? 偶々俺が長期滞在してた部屋を空けた時に偶々勇者がやってきて偶々同じ部屋に泊まり、偶々持っていた物騒な欠片が偶々俺の力を吸収したとか言われても、それこそ神にでも文句を言ってくれとしか言い様がないじゃん? 流石にここまでくると、お前が原因だと言われたところで「じゃあどうしろと?」としか言えねーしな。
なので善意だ。全ては善意であり、世界は善意が巡ることで成り立っているのだ。
「みなさーん! 食事の用意ができましたよー!」
「沢山作ったから、ドンドン食べてね!」
と、そこで村長の奥さんであるアンナさんを筆頭とした村のご婦人方が、昼食のために山盛りの料理を運んできてくれた。そこにはティアの姿も含まれており、一部の男性陣がこぞってその料理を手に取っていく。
「はい、エド。どうぞ」
「おう、ありがとう」
が、俺はそんなことしなくても、ちゃんとティアが持ってきてくれる。それを羨ましそうに見つめる視線が突き刺さるが、今更なので気にしない。ほう、今日のメニューは肉がたっぷり詰まったサンドイッチですか。
「相変わらず美味いな」
「ふふっ、よかった。それでエド、午後はマグナさんの家の方に行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
あの騒動で被害を受けたのは、意外にも二カ所だけ。この村長宅を除けば、マグナの家だけである。
どうしてマグナの家だけが夜人形に襲われたのか? もしや、よもや、ひょっとして。万が一の可能性で俺の打った武具が夜人形を引きつけた可能性もあるが……それとは一切関係なく、義理と人情のために手伝いに行くのだ。異論は認めない。
ということで、午後は場所を変えて似たような作業を続ける。ちなみにマグナの方には、お詫び……ゲフン、お見舞いとしてあの武具一式を正式に譲渡した。最初はとんでもない勢いで遠慮していたし、逆に実戦で傷つけてしまったから弁償するとまで言われたのだが、こっちも強引に押しつけた形だ。
ルナライトの相場は大分落ちているとはいえ、元々装飾品に使われるような金属なので、暴騰していたのが元に戻っても安物になるわけじゃない。あれを売れば家が数軒余裕で建つくらいの金にはなるのだが、どうやらマグナは記念に残す方向のようだ。ま、その辺は本人が良いようにすればいいだろう。
そうして俺達は、この村での最後の時を過ごす。作業を通じてマグナ達との仲も深まり、家族の食卓にも招かれるようになって……この村に滞在し始めて、もうすぐ九ヶ月。その日俺達は、遂にここを出て行くことにした。
「ああ、本当に行ってしまうんですね。分かってはいたことですけど」
「ティアさん、また遊びに来てね!」
そんな俺達を、マグナとルルカが村の入り口まで見送りに来てくれた。少しだけ寂しそうな顔をする二人に、まずはティアが別れを告げる。
「そうね、機会があったら……だけど。もし再会できたら、その時はまた楽しいお話を一杯聞かせてあげるわ」
「わーい! あーあ、エドさんがいなかったら、ティアさんにはお兄ちゃんのお嫁さんになってもらいたかったのになー」
「お、おいルルカ!?」
「ふふっ、冗談よ冗談。お兄ちゃんとティアさんじゃ、釣り合うわけないもの」
「ぐっ……」
悪戯っぽく笑うルルカに、マグナが猛烈に渋い顔になる。そんな兄の顔にケラケラと笑ってから、ルルカが今度は俺の方を見る。
「それともエドさんが、私のことお嫁にもらってくれる?」
「ははは、そいつは光栄だが、俺は開拓者……旅人だからな。悪いけど他を当たってくれ」
「ちぇっ、ざーんねん。でも気が変わったらいつでも村に来てね! 二人とも大歓迎だから!」
「ああ」
笑う俺を見て、ルルカが一歩後ろに下がる。代わりに声をかけてきたのはマグナだ。
「エドさん……正直今でもあの日の事はあんまり思い出せないんですけど……それでも自分達を助けてくれたのは、エドさんですよね?」
「おっと、何の話かわかりませんね?」
マグナの問いを、俺は適当にはぐらかす。それは今までにも何度か繰り返したやりとりで……だからマグナは今回も苦笑し、だがそれでも言葉を続けてくる。
「いいんです、自分が勝手にそう思ってるだけですから。それにこの鎧も……これのおかげで、自分は命を落とさずにすみました。それは父さんや妹が生き残ったことにも繋がります。だから……ありがとうございました」
「よしてください。マグナさん達が助かったのは、マグナさんが頑張ったからですよ。仮に俺が影響しているとしても、ほんのちょっとの手助けだけですって」
「そう、ですか……本当に、エドさんには敵いませんね」
サッパリとした顔で、マグナが空を見上げる。釣られて俺も見上げれば、快晴の空には太陽が眩しく輝いている。
「自分はこれからも家族と一緒に、平凡だけど幸せなこの日々を精一杯生きていきます。エドさん達も、どうかお元気で」
「ありがとうございます。マグナさん達も、お元気で」
「またねティアさん! エドさん!」
「またね、ルルカちゃん。マグナさん」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
頭に響いたその声に安堵しつつ、俺達は村を離れていく。大きく手を振ってくれていた二人の姿はすぐに見えなくなり、ここには俺とティアの二人だけ。
「そうだエド。ちょっと気になったんだけど」
「ん? 何だよ?」
「敵に襲われた日の夜に、マグナさんって勇者の力に目覚めてたのよね? なのにその後は全然そんな様子がなかったのは、何で?」
「んー? そうだなぁ」
俺の知る「勇者マグナ」の光の剣を今のマグナが使っていたところを、俺は確かに遠くから見た。が、見たのはその一度きりで、以後マグナが勇者の力を使ったことはない。一度試しに模擬戦の相手をしてもらったこともあったのだが、完全な素人……というか、普通の村人のままだった。
「存在してることと、見えることは違うって感じじゃねーかな? ほんのちょっと運命が重なっただけで、やっぱりこの世界の勇者はレイホルトだったってことだろ。いや、俺達的には違うけども」
もう一度、俺は空を見上げる。そこには眩しく太陽が輝いているが……その影にはちゃんと月もある。たとえ見えなかったとしても、そこには存在しているのだ。
「選ばれなかったレイホルトは、自分の意思と信念で勇者であることを貫いた。選ばれたマグナは、その力が夢と消えて凡人のまま生きている。
でもそれは不幸じゃねーだろ? ならそれで十分で、それが全てさ」
「……そうね。確かにその通りね」
かつて凡人であったはずの勇者と、かつて勇者であった凡人。どっちが太陽でどっちが月かなんて、ほんの些細な違いでしかない。
二人の勇者に、心からの敬意を。太陽と月の光に包まれながら、俺達は静かにこの世界を旅立っていった。




